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19.2035年~光と闇1

 光があれば闇ができるように、見えないところでも世界は二分されていた。犯罪者や、保護された地球人の生活からドロップアウトした人々は、自らを示すアダマスを外すため、片耳をそり落とした。

 そんな人々が集まるのが、赤道付近だった。北極点・南極点付近には、それぞれノース・サウスがある。最大級の学校は、未来を夢見る子供が集まる濃い光の場所だ。そこから離れた、ノースとサウスの境目である赤道上壁付近には、あてのない人々が集まり、深い闇の場所となっていた。

 闇の中でも次第にルールが生まれ、独特な町を形成していった。

 今、昼なお薄暗い町には学者くずれが集まり、意外にもアカデミックな雰囲気が漂っていた。


「すみませーん」

 そんな暗い町、小汚い部屋の前で、女性が一人声を上げていた。

「すみません。いないの? あの~、もしもし?」

 ノックをしても返事がない。どうしようかと辺りを見まわすと、好奇の光をともした幾つもの目と合った。その中の一人が、いいじゃん入っちまえ、とジェスチャーする。

「そうよね、もしかしたら聞こえてないのかもしれないし……」

 女性はふぅと息をつくと、ぐいっと扉を開け中に入った。

 重い扉は女性が入ると自然に閉まった。真っ暗になる。暗さに目が慣れるまで、女性はしばらく待った。目が慣れてくると、廊下の先に下りの階段が見えた。

「地下?」

 つぶやくと、ゆっくりと足を進める。ことり、ことりと靴音を鳴らしながら、女性は降りていった。段々と明るくなる。どうやらもうすぐ明るい部屋があるらしい。女性は嬉しくなって足を早めた。

 部屋の灯りではなく、無数のモニターがあるから明るいのだと、モニターが見えた時点で気がついた。ややあって、その前に座っている男の後ろ姿が見えてきた。

「!」

 男には片耳がなかった。

 階段も終わり、女性は男の後ろに立った。それに気づかないのか、男は振り返りもしない。

「……クリオネ?」

 女性は小さな声で呼びかけた。

「クリオネでしょ? あちこち探したんだよ。やっと見つけてここまで来たんだ。ねぇ、帰ろうよ。私、家をもらったの。そこで一緒に暮らしましょ? ね? そこで研究すればいいじゃない」

 段々と声が大きくなっているのにリマキナは気づかず続ける。

「ねぇ、クリオネ! 帰ろうよぅ。こんなとこから出て、一緒に暮らそう? ね? お願い。私たち、二人っきりの兄妹じゃない。一緒にいようよ!」

「……帰ってくれ」

 ぽつりと、背中を向けたままクリオネが言った。

「帰ってくれ。ここにいるのは、クリオネなんて名前を持たないただの男だ。こんな所に女一人で来ちゃいけない。さぁ、早く帰るんだ」

「そんな……。私、必死に探したのよ! 本当に長い間かけて探したのよ……。やっと、やっと見つけたのに、帰れって言うの? クリオネ……せめて顔を見せてよ」

 リマキナは泣き出したけれど、クリオネは振り返らずに言った。

「クリオネは死んだ。そう思ってくれ。リマキナ、おまえの片割れは、もうどこにもいない」

「クリオネ……」

 涙を拭いたリマキナはあきらめたように階段を上り始めた。

「私ね、もうすぐ子供を産むの。そうしたら本当の家族になるのよ。私が欲しかった、家族になるのよ」

「待て!」

 クリオネが鋭い声を上げた。

「この部屋の隣に『光』がある。そこから直接帰れ。まったく……妊婦なのに無茶するなよ」

 リマキナは振り返ると階段下に来ていたクリオネに飛びつき抱きしめた。

「ほら、やっぱり優しいクリオネだ。会いたかった。会いたかったよ……」

 クリオネは七年前に姿を消していた。初めはアダマスのおかげでどこにいるのかわかっていたのだが、ある日その発信も途切れた。事故に巻き込まれたのではと心配して、リマキナはずっと諦めずに探し続けていたのだ。

 ようやく見つけた片割れにリマキナはすがりつく。クリオネの顔は頬もこけて殺伐としていて、妊婦独特のふっくらとしたリマキナと双子と言われてもすぐには頷けないくらい違っていた。

「どうしてなにも言わずにいなくなったの? どうしてアダマスを外したの? どうして……」

「オレはユーリが許せない。アダマスは邪魔だから外した。……さ、もう帰るんだ。二度とこんな所に来ちゃいけないよ」

 まだ話し足りないリマキナの手を引き、クリオネは無理やり隣の部屋に設置したコンソールへと連れていく。リマキナのアダマスにコードをつなぐ。

「とりあえず、サウスに送るから……後は町の『光』を利用してくれ」

「クリオ……」

 リナキナはかき消えた。モニター室からもれるちらちら光るモニターの明かりがクリオネを照らす。

「そうさ。オレはジーニィを殺したユーリが許せない!」

 八年前、ユーリが死んだあの時、ジーニィがユーリになると言ったことを、クリオネは信じていなかった。ユーリは病院で死んだのだから、すぐにニュースとして発表されると思っていた。しかし大々的に発表されたのは、ユーリが地球に迫る危機を救うため『地球保護システム』の開発を優先する、というものだった。

 すぐにクリオネは情報部としてジーニィに会いに行った。ジーニィはもうユーリの姿をとっていた。中身がジーニィだとわかっているクリオネでも驚くくらい、ユーリとしか思えない見事な姿だった。

「なんでお前がそこまでしなくちゃならないんだよ? そんなことしなくていいだろ! する必要なんてないよ!」

 呼び止められたジーニィはユーリの姿でにっこりと笑った。

「僕がしないなら誰がするんだい? 地球は今、危機的状況を迎えている。今することが大切なんだよ」

 ユーリの声を使って、ユーリの口調をまねて、しかも科学者としてのユーリの表情だった。そんなジーニィの対応に、クリオネは傷ついた。

(ユーリはジーニィを連れていった! そりゃオレはユーリにはかなわないけど、オレは、オレにはジーニィが必要だったのに! ジーニィにいて欲しかったのに……!)

 モニター室に戻る。正面のモニターにはクリオネが作った『アース』が映っている。クリオネが気に入っていたテスト期間中のRPG要素のみを強化したもので、現在実際に使われている『アース』とは違う。ゲーム性が高く『アース』と区別するため、クリオネは『フェイク』と呼んでいた。

 そいだ耳跡に、卵を細長くしたような機械をつける。そこからコードをマシンにつなぐと、アダマスがなくても『フェイク』に入れるのだ。

 そんな手間をかけるくらいならアダマスを外さなければ良かったのだが、赤道地下の研究室に入るコードを入れた時にアダマスを管理されたらしく、どこへ行くにも監視されているのがわかり、煩わしさから耳ごと切った。

 イスに深く座るとクリオネは睡眠状態になった。画面には出会った頃と同じくらいの幼いクリオネとジーニィがいる。

「今日はどこへ行く?」

 わくわくするクリオネにジーニィはにやりと笑う。

「そうだな……森へ行くかい?」

「いいね!」

 二人は小犬のように駆け出した。

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