18.二人のユーリ
連続投稿しています。2/2
翌日、何事もなかったかのようにユーリが赤道地下の研究室に現れた。
「ユーリ!」
「大丈夫なの?」
ジーニィとクリオネが出迎える。
「あ、うん。どうも詰めて研究しすぎたみたいで……。心配かけてごめんね」
「リマキナが『お大事に』だって」
「あ~、久しぶりにリマキナの映像見たけど、ちょっと大人っぽくなったんじゃない?」
「そうだろ? 俺もそう言ったんだけど、クリオネのやつ認めなくって」
にやにや笑うジーニィをクリオネが殴るマネをする。
「それはいいとして、ユーリ、昨日はごめんなさい。素直に聞けなくて。今、昨日言われたとこ直してたんだ。見てくれる?」
「へぇ、どれどれ……」
クリオネの隣でユーリはモニターを眺める。クリオネはどこを直したか説明し、円筒にリマキナが現れた。
「うん。いいね。同じタイミング。よく直したね」
ユーリがクリオネの頭をなでる。
「えへへ。頑張ったもん」
「ユーリ! こっちも見てくれよ。クリオネのやつ最近こそこそなんか作ってるなぁって思ったら、こんなモノ作ってたんだぜ?」
ジーニィが大きなモニターの前で呼びかけた。
「あ―――! ジーニィ、それはまだ、全然できてない」
「え? なになに?」
嬉しげにモニターを見るユーリの邪魔にならないように、ジーニィはクリオネの足止めをしている。
「あぁ、『RPGアース』。マリアに教えてもらったんだね」
すでにソースの中身を見始めているユーリに、クリオネはしどろもどろで言いつのる。
「去年まで詰めて教えてもらってたんだけど、最近はさっぱりだったからメールで催促したんだ。そしたらマメに返事返ってきて……って、だからユーリ、それはまだ完成してないんだってば、あんま見ないでよ~~」
クリオネの叫びもむなしく、ユーリはソースをチェックしていく。クリオネもジーニィから逃れるのをあきらめたらしく、おとなしく捕まっているとジーニィが離した。
「その……どうかな?」
おずおずと聞くクリオネに、ユーリは顔を輝かした。
「すごいよ、クリオネ! ここまでできていれば、特に言うことはないよ。完成が楽しみだ」
「嬉し~! オレ頑張る!」
踊り出したクリオネをユーリは眩しそうに見ている。ジーニィは静かに言った。
「ユーリ……。疲れてんの?」
「いや。なんで?」
「なんとなく。研究に息詰まってんのかなぁって、忙しいのに最近よくここに来るから」
苦笑するユーリ。
「あはは。まぁ、確かに息抜きに来てるけどね。それ以上に、やる気をもらってるよ」
「ならいいけど」
それからユーリは、ゲーム性を高めるにはウリをどこにするか、テーマはなにか明確に決めるようクリオネにアドバイスして研究室を後にした。
(ジーニィは鋭いなぁ。それとも僕がばればれな態度をとってるのかな? 今、研究に身が入らなくて困っていること、雰囲気に出てるとか)
部屋に戻るとモニターに向かいイスに座った。電源も入れ、研究途中のデータが現れても、キーボードを打つ気が沸いてこない。
「なんで……?」
キャスター付きのイスで移動しながら、ユーリはぼんやりと考える。
(ああ、これって母さんにみっともないから止めろって言われたなぁ。でも、楽しいんだよね)
きゅるきゅると音をたてて、ユーリはあっちへこっちへと移動する。
(変だ。僕は両親を邪魔に思ってたはずだ。僕に大きすぎる期待をかける両親、なにをしても認めてくれない両親、いなくなったら自由になると思ってた。なのに……なのになんで僕は今、自由じゃないんだ?)
きゅるきゅるとキャスターの音だけがずっと響いていた。
意識を失うことが多くなったユーリは、いい加減、自分の身体がおかしいことに気づき始めた。
もう見慣れてしまった病院のベッドでユーリはまた意識を取り戻した。
(忙しいって言ったって前ほどじゃない。それに最近は休んでいても身体がだるい……。もしかして、寿命? そうだ。両親ですら死んだのだから、僕に来ないはずがない。そうだよ。なんで気がつかなかったんだろう? 両親ほど長く生きることはできないってわかっていたのに)
ふぅとユーリは息をはく。
(でもじゃあ、このまま僕は死ぬのか。満たされない想いのまま、僕は死んでいくのか……)
ノックの音がした。
「はい? どうぞ」
部屋に入ってきたのはアンジュだった。天使のような少女は匂いのない小さな花束をかかえている。
「調子はどう?」
「だいぶいいよ。ただ、こんなに続くようじゃ、他の研究者に妬まれちゃうけどね。『病院が別荘なんだよな』って嫌み言われてるし」
すらすらと普段なら言えないぐちも、アンジュの前では素直に言える。アンジュはくすくす笑った。
「気にしない事よ。そうね、こう切り返したらどうかしら? 『別荘にいる白衣の天使が忘れられなくてね』」
ユーリの表情が明るくなる。
「そうだね。ここに来れば、かならずアンジュが来てくれるしね」
「まぁ、ありがとう」
エンジェルスマイルで答えると、アンジュは花を生け始めたようだ。カーテンの向こう側で、水の音とはさみの音が聞こえてくる。少し大きな声でユーリは言った。
「ねぇアンジュ」
「なあに?」
「僕はもうすぐ死ぬんだね」
「…………」
「わかってるんだ。寿命だよね。イエティにもらった命がもうすぐ無くなる。ただ、それだけだ」
アンジュはきれいに生けた花を机に置くと、ベッドに近づいてユーリの目を見て言った。
「ユーリ、あなたの願いはなあに? あなたはなにを望むの?」
「望み?」
「そうよ。あなたは二十歳の時言ったわ。『なにかが足りない』って。今もそれは同じなの? 『なにか』はわかった?」
(あの時は、頑張っても頑張っても両親が喜んでくれなくて、悲しかった。でも、もう、両親はいない。この願いがかなうことはない……)
考え込むユーリをアンジュは痛ましげな表情で見つめる。
「あなたはイエティに育てられた。だから、人間の感情がわかりにくいのかもしれない。今の想いがなんという感情なのかも、わからないのね」
「……アンジュにはわかるの?」
「ええ。でも言わない。あなたが自分で気づかないといけないから。また来るわ」
「アン……」
呆然としたユーリをおいてアンジュはするりと病室を後にした。
(イエティのように思考してみれば、カタチとしてわかるかもしれない)
取り残されたユーリは、目を閉じるとゆっくりと思考を広げていった。
両親が望む自分になろうと頑張る自分。
どんなに頑張っても認めてくれない両親。
両親を邪魔に思う自分。
死んだ両親。
自由になれない自分。
広げた思考の中に、いつも同じパターンがあった。燃えるような赤のパターン。
(これは……なんだ?)
見つめていると心が苦しい。涙が出そうになるのをユーリは必死にこらえる。やがていつか式が浮かんだように言葉が浮かんできた。
(ミトメテ、ソバニイテ、ユルシテ、ホメテ、ダキシメテ、アイシテ……)
「受け入れて欲しい……」
ユーリの脈が乱れた。息ができなくて喘ぐ。その様子を察知したアダマスは医師に連絡する。かけつけた医師たちはユーリを集中治療室へ連れていった。そして身内に連絡するように指示を出した。
連絡を受けたアンジュ、ジーニィ、クリオネ、リマキナ、マリアは集中治療室の前に集まった。
クリオネの言葉が廊下に響く。
「そんな……なんで? 元気だったじゃないか! なんでいきなり!」
「静かに、クリオネ。騒ぐのなら別室へ行ってもらうわ」
鋭いアンジュの言葉にクリオネは黙った。
「……元から体、悪かったの?」
「そうよ」
静かなリマキナの言葉にアンジュがうなずく。
「なら、なんで今まで研究を続けたの? もっと体にいい生き方だってできたのに」
治療中の印が消え、細く開いた扉から、医師が顔を見せた。
「アンジュさんおられますか? 中へどうぞ」
アンジュは治療室に入った。
強い薬品の匂い。ユーリをつなぐコードの数々。顔色を失ったユーリ。アンジュの見た目にも、ユーリがもう長くないことがわかった。
「なあに、ユーリ?」
アンジュがベッドによりそうと、ユーリは苦しい息の中から言葉を紡いだ。
「アンジュ……わかったんだ。僕が、なにを求めていたのか、なにが足りなかったのか、わかったんだ」
「教えてくれる?」
「僕は、ずっと愛されたかったんだ。両親に認めて欲しいんじゃなくて、ただ、受け入れて欲しかったんだよ。そのために、そのためだけに、僕は数々の研究をしたんだ。次こそはきっと、次こそはって、いつも思ってたんだ」
ユーリはせき込んだ。
その手をアンジュは強く握る。
「……アンジュ。僕の夢を聞いてくれる?」
「もちろんよ」
「君が好きだ。君と結婚して、君との間にできた子供と、地球を守る研究をしたい。そして、いつかのようなパーティを開くんだ……。僕とアンジュ、子供、そしてジーニィやクリオネ、リマキナ、マリアがいて、笑ってるんだ」
「ユーリ、私のことが好きなの?」
「うん……変だよね。こんなに歳が離れているのに、どうしてか、アンジュといると安らげるんだ。アンジュが欲しい。ごめん、今更こんなこと言って」
研究に大半の時間を費やし『自分の望み』がわからなくなっていたユーリは、死に直面した今、自分の気持ちがやっとわかったのだ。
「嬉しいわ。……でもね、私はアンジュじゃないのよ」
「え?」
「子供も作れない。それでも私が欲しい?」
穏やかに微笑むアンジュはいつものアンジュにしか見えない。ユーリはうなずいた。
「うん。僕が好きになったのは今のアンジュだよ。アンジュじゃなくたって、かまわない。一緒にいたい。まだ……死にたくないよ」
「わかったわ」
アンジュはそっとユーリのアダマスに手を伸ばした。
「!」
ユーリの容態が急変する。
医師が外にいたみんなを招き入れた。
ユーリは穏やかな顔をしていたが、もう意識が途切れかかっているようだった。
「ジーニィ、クリオネ、君たちの活躍を期待してる……。リマキナ、君の願いも叶いますように……。マリア、大変だろうけど研究頼む……。アンジュ……ありがとう。これで、僕は、自由に…………」
そうして、二十一世紀最大の天才科学者ユークリッドは永眠したのだった。
すぐに医師がユーリの身体を別室に運び出した。ユーリは天才だったので色々と調べられるのだろう。
しばらく時が止まったように、みんなそのまま動けないでいた。
ややあって、涙を流しながらマリアとリマキナが部屋を出た。
廊下で泣きじゃくるリマキナ。
「どうしよう? ユーリが死ぬなんて、クリオネが可哀想……」
「大丈夫よ。きっと乗り越えられるわ。クリオネだもの」
リマキナをなぐさめながら、マリアは別のことを考えていた。
(現存の地球人すべてを調べたのに見つからないのは、まさかもう死んでいるから……? ミスズはもういないの?)
治療室ではまだ呆然とするジーニィとクリオネが残っている。
「ジーニィ」
アンジュの声はかたかった。
「私、ユーリから頼まれ事をしたの。だから、もう、一緒にはいられないわ」
「え……?」
流れる涙をそのままにジーニィは、ぼんやりした顔でアンジュを見た。
「たぶん、もう会えない。元気でね」
「アンジュ?」
アンジュはジーニィを抱きしめて囁いた。
「私たちはずっとあなたを愛しているわ。さよならユーリ」
「!!」
出ていくアンジュを目を見開いて見送るジーニィに、クリオネが泣きながら言った。
「いったいなんだってゆうんだ? こんな時こそ双子なんだから一緒にいて欲しいのに。なんで」
「まさか……!」
もやが晴れたような目でジーニィはつぶやいた。
「ジーニィ?」
「いや、そうか。それならつじつまが合う。気づかなかった」
「どうしたんだよ、ジーニィ?」
頭を押さえるジーニィを、クリオネが心配そうにのぞき込む。
「クリオネ……聞いてくれるかい? まだ俺もはっきりとはわかってないんだけど」
「いいよ」
イスに座ったジーニィにならい、クリオネもイスに座る。
「俺の家族が事故にあったって話したよな?」
「ちらっとはね」
「俺を除く、父さん、母さん、アンジュの三人は、交通事故にあった。そこで母さんは死んで、父さんとアンジュはなんとか生き残った……と思ってた」
「現にそうじゃないか。親父さんは研究を続けているし、アンジュはさっきまで」
寂しそうにジーニィは笑った。
「どうやら違うらしい。よく考えると、俺はあの事故以来、父さんの姿を見ていないんだ。通信やメールや映像で見たから誤魔化されてたけど、そんなのどうとでもできる」
「じゃあ幽霊だとでも?」
「いや、研究の進み具合を見ても、親父はいる。だけど一度も会ってないのって変じゃないか? 脳だけどこかにあるのか……?」
「はぁ?」
想像しにくい話に、クリオネの頭がついていかない。
「あと、アンジュ。アンジュがしっかりしたのも、やっぱり事故の後だ。いきなり大人びたようになった。それを俺は事故のせいだと思ってたけど」
「違うのか?」
「母さんだ」
「はぁ!?」
さらに変になる話に、クリオネはジーニィがユーリの死のショックでおかしくなったのかと思った。
「お袋さんなら、なにもアンジュの身体じゃなくてもいいじゃないか」
「きっとなにか理由があったんだろう。もしかしたらアンジュは即死だけど身体がきれいにのこってて、反対に母さんの身体はボロボロだったとか」
「でも、ただ単にアンジュが事故のショックを受けただけかもしれないよ?」
「だって俺の名前を呼んだんだ」
「そんなのいつも呼んでるじゃないか」
「クリオネ、俺は今日から『ユークリッド博士』になるよ」
いきなり飛んだ話にもはや声も出ず、クリオネはジーニィを見つめた。
「『覆面天才科学者ユーリ』の存在はまだ地球に必要だろう? だから、これからは俺がユーリになるよ」
「別に『落魄の天才科学者ジーニィ』でもいいんじゃないの?」
「いや、違うね。ユーリの存在が必要だ。今、ユーリが死んだことがわかったら、地球のみんなはどう思うよ?」
「ショックだろうね」
「そうだろ? だからユーリには生きていてもらわなくちゃいけない」
「だからって」
「だって! 俺のせいだから。ユーリが死んだのは俺のせいなんだよ」
思わず眉をよせてジーニィを見つめるクリオネ。
「ジーニィ、ユーリに毒でも盛ったのか?」
「まさか」
「研究の邪魔でもしたのか?」
「いいや。俺はね、ユーリが元々身体が弱いの知ってたんだ。初めてユーリに会ったとき、聞いたんだよ」
「それのどこが」
「それなのに、俺はその研究をしなかった。俺は俺の研究しかしたくなかったんだ」
「……それは自然なことじゃないの?」
ジーニィは真顔でクリオネを見つめた。
「俺が研究していればユーリの身体が治ったとしてもそう言える?」
クリオネの表情からジーニィは目をそらした。
「俺なら言えない。俺には時間があった。少なくとも二年はあったんだ。俺ほどの天才なら、きっとなにか見つけられたはずだ! なのに……俺はなにもしなかった」
「だからって」
「俺の気がすまないんだよ! 家族の事故でなにもできなかった悲しみを十二分に知っていたはずなのに、同じ過ちをしてしまう自分が許せないんだ!」
「……」
「もう、ユーリもアンジュも、取り返しがつかないんだよ」
「冷静に考えてよ。ユーリになるったって、名前も違うし」
「俺の名前はユーリだ」
「はぁ?」
クリオネは今日何度目かの驚愕の声を上げた。
「いつか本名を教えて欲しいって言ってたよな? 俺の本名はユーリ=エウクレイデス。ユーリの本名は樹璃=A=ユークリッド。言葉の違いはあるけれどスペルは同じなんだよ。天才科学者と一緒って嫌だろ? しかも向こうが先だしさ。だから俺はずっとジーニィを名乗ってたんだ」
奇妙な符号だった。クリオネも見えない大きな力を感じた。
「今を限りにジーニィは死んだ。だからクリオネ、もし出会っても、俺をジーニィとは呼ばないでくれ。俺はもうユーリだから」
部屋を出ていくジーニィをクリオネは呼び止めた。
「いくら名前が同じでも、歳や容姿はどうしようもないだろ?」
「どうにでもなるさ。なんのための『無線記憶投影装置』だい?」
扉は閉まり、クリオネだけが部屋に残された。
「……オレはそんなことのためにあの機械を作ったんじゃないぞ!」
この日、天才科学者ユークリッドは死んだのだけど、それは表沙汰になることはなかった。
ただ、ノースから元気な少年と美しい少女が消えたのだった。それは『サウスに引っ越した』というもっともらしい噂のおかげで、騒ぎになることもなく、生徒の間に少しの寂しさを残しただけだった。
この年、ユーリは大々的に地球の危機を発表し、危機回避の研究を優先して進めることを宣言した。




