11.『バスケットボール』 11-1
街中から少し離れた路地に面したところに、3on3ができるバスケットコートがある。タンクトップを着て、短パンをはいて、わたしはしばしばプレーをする。バスケ小僧が大半だけれど、気合が入ったガチの若者も顔を出すことがある。
今日はガチが相手。それでもわたしは胸の前から放ったスリーポイントシュートを決め、時にはぴょーんと高く跳ねてダンクを決める。「容赦ねーよぉ、メイヤさんは」とこぼした相手に、「勝負なんだから当たり前じゃない」と微笑みを返す。プレーを続けるうちに、やがて鼓動が速まる。息が弾む。こういった感覚が、わたしは嫌いじゃない。
試合終了。談笑ののち、相手チームの面々が「バイバイ」と手を振りながら帰っていく。それを見送ってから、わたしは改めてペットボトルの水をごくごく飲んだ。中々引かない額の汗をスポーツタオルで拭う。いい運動になった。というか、毎日体を動かさないと気が済まない。ふくらはぎが張っていてなんとも心地いい。マゾっぽい話だ。
ふとコートを囲むフェンスのほうへと目を向ける。視線の先には男の子。時折、姿を見せる少年だ。今日も遠巻きにゲームを見守っていた。いつも混じりたそうな顔をしている彼は、常に車椅子に乗っている。名前はイタン。十五だという。年相応の見た目ではあるが、将来はイイ男になりそうな気がする。それくらい、目鼻立ちが整っている。
イタンの前で上半身を屈め、「やっほー」と声を掛けると、彼はたちまち、口を尖らせた。
「なんだよ、ほっとけよ。こっちのことなんかよ」
卑屈な感じでそう言ってしまうのも、わかる話だ。イタンは若気の至りに端を発したバイク事故のせいで、下半身をまるで動かせないのだから。
「でもバスケット、したいんじゃないの?」
「車椅子に乗ってる俺にはできねーじゃんかよ」
「そんなことない。できるよ」
イタンに前に出るよう促し、わたしは彼にバウンドパスを出した。
ボールを受け取ったイタンは、頭の上に両手をかざし、ゴール目がけてボールを放った。ボールはリングの手前で力なく失速し、ぽてんとコートに落ちた。途端、彼はうつむき、悲しい顔をする。
「やっぱダメじゃんかよ。やっぱ無理じゃんかよ。届きやしねーんだから」
「練習しようよ。付き合ってあげるから」
「そんなことしたって無駄だって。意味ないって」
「車椅子バスケっていう競技もあるのよ?」
「そんなの知ってる。でも、どうしたってダンクなんて決められねーんだ。だったらやってもむなしいだけじゃんかよ。メイヤは好きなように動けるんだ。俺の気持ちなんてわかりゃしねーよ」
「わたしのこと、上手だと思う?」
「誰よりも上手いよ。フェイントとかマジでイケてるし。切り込み方がハンパねーし。俺がカントクなら、間違いなくアイソレーションをやらせるよ」
「アイソレーションか。さすが、詳しいわね。だけどね? そんな運動神経抜群のわたしにだって、苦手なことはあるのよ?」
「なんだよ、それって」
「わたし、スキップができないの」
「はあ?」
「本当よ?」
「スキップって。あはははは。マジかよ、メイヤ。おまえ、そんなこともできないのかよ」
「うん。できないの」
「あんなに不規則なステップ踏んでカットインするのに、不思議なもんだな」
「わたしもそう思う」
「……あのな?」
「うん?」
「俺、実はさ、ここに来るたびにメイヤに声掛けてもらってさ、感謝してるんだ。車椅子に座って、コートの外で見てる俺のことなんて、誰も相手にしてくれなかったから……」
「ちょっと車椅子、おりてみよっか?」
「えっ」
「いいから代わって? 車椅子からの景色がどんなものか、見てみたいの」
「でも…」
わたしはイタンの両脇に、それぞれ両腕を差し入れた。彼は「や、やめろよ。メッチャ恥ずかしいから……」と、こぼす。でも、「ほら、掴まって?」と言うと、おずおずといった感じながらも、背に手を回してきた。抱きかかえてやって、コートに座らせる。
イタンは両手を後ろにつくと、苦笑を通り越して泣き出しそうな顔をした。
「情けねーだろ? ご覧の通り、俺の脚、ふにゃふにゃなんだ。力なんてまるで入らねーんだ。ションベンがしたいとか、そんな感覚もわからないんだぜ?」
「だからといって、ニンゲンとしての尊厳が損なわれるわけじゃない。イタン、わたしは貴方のことを、それほど不幸だとは思わないわ」
「……それ、多分、他のヤツに言われたら、メッチャ怒ってる」
「わたしは愛されているってことかしら」
「そんなおこがましいこと思っちゃいねーよ。ただ、なんてーのかな、うん、俺は、メイヤのことが好きだよ……」
「ありがとう」
わたしは車椅子を後方に進め、転がっているボールを左手ですくい上げた。顔を上げてゴールを見つめる。両手でシュート。見事に決まった。
「スゲー、スゲーっ!」
「ほらイタン、やろうと思えばできるのよ」
「でも、やっぱダンクは決められねーよなあ」
「ダンクしても外から決めても二点は二点」
「そうだけど……」
「できることから始めてみよう。きっと楽しいはずだから」
イタンを車椅子の上に戻すべく、改めて正面から抱き上げた。彼はわたしの背に両腕を巻き付け、ややあってから、耳元でぐすぐすと鼻を鳴らし始めた。
「キツいよ、情けねーよ。俺はなんで、こんなんなんだろうな……」
「過去は過去。だけど今はあって、未来もある。前を向きなさい、イタン」
「……ありがとう」
「どういたしまして」




