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翌日の朝からミン刑事に呼び出された。場所は近所の喫茶店。彼は丸まったままのおしぼりで、ぽんぽんと額の汗を拭う。いつものことだ。
わたしの前にはアイスティーが、ミン刑事の前にはアイスコーヒーが運ばれてきた。
「公安の連中に、この度の事件に関する情報をすべて開示してもらった。いよいよ臨戦態勢が整ったよ」
「何か有益な情報は得られたんですか?」
「まず、犯人の名前がわかった。エディ・エバンスというらしい」
「そのエバンスが犯人だとして、どうやって彼に目星をつけたんですか?」
「この街で起きた四件以外の五件は隣町の『鈴麗路』で発生したんだが、やっこさんらは人海戦術での炙り出しに成功して、一度はエバンスを捕まえたんだよ。連続強姦殺人事件の犯人としてな」
「収監されたってことですか?」
「ああ。しかし、エバンスの野郎は刑務所から脱獄した」
「なるほど。話が見えてきました。要するに、収監前と脱獄後の犯行の手口がまったく同じだということですね? だから犯人だと絞り込むことができた」
「そういうことだ。エバンスが犯人であることは、まず間違いない。各事件とも残されていた指紋は同一のものだったし、それは逮捕時、収監時に採取した指紋とも一致している」
「ミン刑事をはじめとする、この街の警察のかたがたも、炙り出しをするつもりなんですか?」
「『鈴麗路』の同僚がとった手段は実に思い切ったものだ。そう簡単に真似はできん。まさか署をからっぽにするわけにもいかんしな。それでも可能な限りの人員を割くつもりではいるが」
「そもそもエバンスとは何者なんですか? 無差別かつ連続的に犯行を犯した以上、そんじょそこらの殺人鬼とは一線を画しているように思いますけれど」
「エバンスは元傭兵だそうだ。そして、これも公安から聞かされたことなんだが、どうやらやっこさんは”斜陽作戦”ってもんに関わっていたらしい」
「”斜陽作戦”?」
「その昔、中東で大きな戦争があっただろう?」
「ええ。今でも小競り合いは続いているようですけれど」
「その内容を知って、俺は思わず反吐を吐いちまったよ」
「どういう作戦だったんですか?」
「その国は当時、体制派が主流だった。いっぽうで、反体制派に雇われる傭兵も多くいた。そのうちの一人がエバンスだった。戦争が始まって一年が経過した頃だ。両者の戦力は拮抗するにまでになっていた。一進一退だったんだよ。そこで、状況を自らのほうへと傾けようと、反体制派の連中は打って出た」
「それが”斜陽作戦”だと?」
「そういうことだ」
「いったい、何をしたんですか?」
「まずは村々の連中と仲良くなるんだよ。この上なくな。悲惨なのはそのあとだ。ヤツらはな、気の知れた仲になった村人に地獄を強いたんだ。男どもは漏れなく拘束して、その前でやっこさんらの恋人や女房や娘を犯し付けた。その上で、村人全員を殺害した。老若男女、容赦なくだ。それからわざわざ十字架をこしらえて死体を吊るしたらしい。反体制派がどれだけ残虐なのかを知らしめることで体制派に揺さぶりをかけることが目的だったんだろうな。それだけエグい真似をされれば、ヒトは少なからず怯えることだろうし、敵対心も削がれるってもんだ」
「そんなのが作戦と言えるんですか?」
「俺だって憤っているわけだが、おまえの怖い顔はあまり見たくねーな」
「それで、エバンスはどうしてこの街に?」
「さあな。実は別にどこでも良かったんじゃないかね。今のエバンスの野郎は、極度のPTSD状態だろう。しかし、本人はそのことにまるで気付いていない。だから、行く先々で犯行を起こす」
「だったら、エバンスの行動に意味を見出すとすると……」
「ああ。ヤツの戦争はまだ終わっちゃいないのさ。だから、ヒトを殺める。殺め続ける」
「考えようによっては、悲しい話であるようにも聞こえます」
「だが、どうあれエバンスの野郎はゆるされない」
「写真はあるんですか?」
「勿論だ」
ミン刑事がバストアップの写真を手渡してきた。収監時に撮影されたものだろう。クルーカット。まるで生気が感じられない目付き。殺人を犯したことについて、なんの感情も抱いていないように見受けられる。不気味としか言いようがない。
「おまえは一般人だ。だから、エバンスの逮捕にあたって協力する必要はねー」
「確かにわたしは一般人です。それでも、警察からすれば貴重な戦力とも言えませんか?」
「否定出来ねーよ。そうでなくたって、結局おまえは首を突っ込んでくるだろうしな」
「参加します。パトロールしてみようと思います」
「いつも言っていることだが、無茶はするなよ」
「いつも通り、わかっています」




