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翌日の昼間。ミン刑事と近所の喫茶店にて。
「ガキどもはウチの連中に引き渡したとのことだが、おまえ、ケガをしたらしいな」
「はい。一発、もらっちゃいました」
わたしは苦笑いを浮かべてから、ボルサリーノを取った。頭には包帯が巻かれている。ミン刑事は忌々しげな顔をして、大きな舌打ちをした。
「やっぱ、最近のガキどもは、やっていいことと悪いことの分別もつかねーらしいな」
「そうみたいですね」
「そんなヤツらがいずれ大人になって、この街を少なからず支えていくんだと考えると、嘆かわしい思いに駆られちまう」
「それでも、いつか更生するはずです。あるいは今回の一件で、大人しくなるかもしれませんよ?」
「だと、いいんだが」
「期待しましょう」
「ホームレスの連中からすれば、おまえは女神様に見えることだろうな」
「実際、そんなふうなことを言われました」
「おまえは綺麗だ」
「外見が、ですか?」
「それは無論のこと、心もだ。しかし、おまえのその清廉潔白さが、いつか命取りになりやしないかと危惧している」
「ミン刑事の心配性にも困ったものです」
「のっぴきならないことがあったら、ちゃんと言えよ?」
「たかが一探偵に過ぎないのに、わたしは間違いなく警察と癒着していますね」
「俺はそれでいいと思っている」
「ありがとうございます」
「いつも言っていることだが、礼には及ばん」
狭くて暗い路地。そんなところにあるダンボールハウスで形成された街を訪ねた。やっぱり両手には酒と弁当が入ったビニール袋。家がなく、常に空腹に苛まれ、事実、痩せ細った男性ばかりなのだけれど、彼らはがっついたりしない。「ありがたく頂戴するよ」と揃って言い、きちんと「いただきます」をしてから食べる。礼儀正しい。いつも思う。彼らはどれだけ困窮していようと、やはりニンゲンとしてのプライドを捨ててはいないのだと。
男性の一人が言う。
「メイヤちゃん、大丈夫かい? 角材で殴られたんだ。平気なわけがないだろう?」
「頭にもらったら結構、出血するんです。でも、それだけです。元気一杯ですよ。傷はもうかゆいくらいです」
「それにしても、いつもすまないね。この弁当はわしらにとって、紛れもなくご馳走だ。でも、いいのかい? こんなことにお金を使って。探偵ってのは、それほどまでに儲かるのかい?」
「案件次第ですね。でも、比較的、報酬は得ていますよ」
「だけど、本当にもったいない話だ。わしらのために物を買ってくれるなんて」
「先代が言っていたんです」
「先代?」
「ええ。お金は困っているヒトのために使うものだと教えられました」
「先代ってことは、亡くなってしまったのかい?」
「いいえ。どこかで生きているはずです。だから、先代という言い方は、ちょっとおかしいかもしれませんね」
わたしはいよいよ腰を地面に下ろして、酒宴に加わった。ニホン酒をちびちびとやる。彼らが昔就いていた仕事、奥様がいたこと、子がいたこと、そんな話題を聞かされた。「いい思い出だよ」と、とある男性は言った。
「こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれませんけれど」
そう言うと、わたしは男性らの注目を浴びた。
「前を向いて生きましょう。つらいことのほうが多いのが人生です。だけど、喜びもきっとあるはずなんです」
男性らは笑みを浮かべ、彼らを代表するようにして、初老の男性が言った。
「メイヤちゃんが言うことだ。誰も怒ったりしないよ。むしろ、わしらはその言葉で勇気付けられ、救われる」
「なら、良かったです」
わたしは満面の笑みをたたえたのだった。




