27-2
翌日の八時半頃、まだ開院前の『フェイ・クリニック』を訪れると、玄関の戸を激しくノックしている男と出くわした。
「やめなさい。迷惑でしょう?」
わたしは表より続く階段の下からそう言った。男が振り返り、見下ろしてきた。確かに目鼻立ちが整っている。中性的な顔立ちだ。背丈もある。見栄えのする男であることは間違いない。
「誰かな? 貴女は」
わたしは階段をのぼりながら、「誰でもいいでしょう、そんなこと」と答えた。「とにかく戸をノックするのはやめなさい。フェイ先生だって怯えるくらいはするのよ?」と続けた。
「怯える? 貴女はおかしなことを言うんだね」
「どうしてそう言えるの?」
「フェイはまだ、僕のことを愛してしているからだよ」
「だったら、どうして彼女は顔を見せないんでしょうね」
「照れているのさ」
わたしはふるふるとかぶりを振った。そんなこと、あるはずがない。自己中心的の加減にもほどがある。フェイ先生は、少し遠回しではあったけれど、マオさんのことが好きだと言った。彼女が今、愛しているニンゲンがいるとするなら、それは彼なのだ。
男はまだドアをノックする。ガンガンガンガンとノックする。わたしは玄関前の踊り場まで至り、彼の後頭部に銃を突き付けた。
「静かにしろって言っているのよ。わからないのかしら」
男は戸を叩くことをやめない。「なあ、フェイ。聞こえているんだろう? ちょっと会ってくれないかな?」などと宣う。
わたしは「だから、やめなさいよ」と言いつつ、男に強く銃口をこすり付けた。彼の動きが止まる。その隙に懐を探る。銃を携えていた。それを抜き出し、階段の下へとぽーんと放り捨てた。
「言うことを聞かないと、いい加減、撃つわよ?」
「どうして撃つんだい? 僕とフェイとは愛し合っているというのに」
「彼女はそう思っていないわ」
「それは錯覚さ。彼女は僕に抱かれたんだ。抱かれたんだよ」
「それって大昔の話でしょう? そんな男がどうしてここを訪ねてきたの? 最近、女にフラれでもした?」
「そんなことはどうだっていい」
「良くないわよ。それにね、昔、付き合った女が今でも自分のことを好きだって考えるなんて、大間違い」
「とにかくフェイに会いたいだけなんだ」
「うるうさいって言っているのよ」
がちゃりという音。玄関の戸が開けられた。「……入れ」と短くフェイ先生。「やあ、やっと開けてくれたね!」と男が歓喜の声を上げる。
「フェイ先生」
「いいんだ、メイヤ。何もおまえからことを構える必要はない。銃をおさめて、入ってくれ」
「でも」
「本当にいいんだ」
先を行くフェイ先生が、診察室で回転椅子に座った。わたしは男の後に続く。彼は患者用の丸椅子に座り、「また会ってくれて嬉しいよ」と言った。
「わかってくれないか、クガイ。わたしはもう、おまえには興味がないんだ」
「嘘だよ、そんなの。僕たちは愛し合っているはずじゃないか」
「愛し合っていたんだよ。すでに過去形だ」
「他に好きな男でもできたのかい?」
「好きな男だとは言わない。だけど、やっこさんは私を変えてくれた」
「だったら、いいよ。そんなヤツ、僕が殺してやるから」
「おまえごときに殺せるような男じゃない」
「おまえごとき?」
クガイとやらは大きく笑った。
「君は僕をナメているよ。君のためなら、僕はなんだってするし、なんだって出来るんだ」
「だから、不可能なんだよ、おまえには」
「だ、そうよ、クガイさん」
改めて、わたしはクガイ氏の後頭部に銃を突き付けた。煙草に火を点け、ふーっと細く煙を吐き出したフェイ先生である。
「なあ、クガイ」
「なんだい?」
「私はもう、おまえの隣にいることは嫌なんだ。お断りなんだ」
「それはちょっとした気の迷いだよ」
デスクの引き出しから取り出した銃を、フェイ先生は自らのこめかみに当てた。
「フェイ先生っ」
「騒ぐな、メイヤ。私がクガイにしてやれる償いは、もうこれしかない」
「でしたら、どうしてわたしに依頼を寄越したんですか」
「さあな。私が最期に起こした行動を見届けて欲しかったのかもしれないな」
「最期だなんて言わないでください」
「困るよ、フェイ。それは困る。僕達は一心同体なんだから」
「だからもう、それは違うんだ」
「違わない。違うもんか!」
クガイがフェイ先生に襲い掛かろうとしたところで、わたしは彼の後頭部を撃った。弾は貫通しなかった。頭蓋骨で止まったらしい。
クガイはフェイ先生の眼前で崩れ落ち、どっと横倒しになったのだった。




