わたしの、いろ
「うやぁうぅ!?」
「アルフィ!?」
ハイハイで部屋の中を動き回って楽しんでいた私は素っ頓狂な叫び声をあげた。
まさかそんな声が1歳児からでるなんて思いもしなかったのはお母様も同様だったようで慌てて側に来た。
側にいたメイドは(いつものように)お母様に先を越されて困ってしまっている。
「どうしたの?何か落ちていたのかしら」
カーペットに触れていた手や膝や足を小さな爪の先まで確認するというお母様のその過保護さにいつもなら呆れるのだが今回はそんな余裕はなかった。
「ん!んー!んなぁっ!」
自分のまだ短い髪の毛を引っ張って訴える。
この世界での白の言い方をまだ知らない私は、というかまだ1歳の私はそうするしかない。
そう、白なのだ。
カーペットを這って歩く私の視界に入った髪が白なのだ。
まさかストレスで1歳にして白髪!?
そんなにストレス感じた覚えないけど……
何度も熱が出たせい?
それとも記憶のせいとかっ?
お父様にもお母様にも白なんてない。
仲間はずれではないか。
でもこれが地毛だと思うと異世界らしくていい。
でも髪と同じように顔も違っていて1人だけ不細工だったりしたらどうしよう。
そんなことを考えると喜びたいような泣きたいようなよく分からない。
混乱してあうあう言いながらお母様にしがみつくと笑われてしまった。
「自分の髪が白くて驚いていたのね。アルフィの髪はとても綺麗よ。長くなるのが楽しみだわ!アイリも綺麗だと言っているのよ」
そう言ってお母様が笑いかけてくれるものだから嬉しくて、でも前世からそういう言葉に弱くてすっかり参ってしまった。
混乱が別の混乱にかわる。
うふふと微笑みながら頭を撫でるその手つきから私への愛がありありと感じられてどうしようもなく幸せになる。
きっと前世の母もこうしてくれていたのだと思うと、それをこうして知ることができて嬉しかった。
自分の顔が不細工だったらどうしようとか、そうだったら悲しいけどそうだとしてもお母様はこうして私を可愛がってくれることに変わりはないのだから、泣きたいなんて考えたのが恥ずかしくなった。
お母様とお父様とお姉様とメイドたちが、自意識過剰だとしても愛してくれる私を私が好きになればいいんだから。
落ち込むだろうがああこれが私だと受け入れたい。
好きになりたいんだから。
コンッコンッ
弾んだノック音に扉を見るとお姉様が入ってきた。
「おかあさま、おかあさま!見て!まっしろなお花があったの。アルフィにも見せたくて!…あれ、アルフィ?」
どうしてか頬と手を真っ赤にしたお姉様が、お母様にしがみついて撫でられている私を見てぽかんとする。
かわいい
いつも思うけど可愛い
「うきゃっ!ねっ!ねしゃま!!」
取り敢えず心配しなくていいよと元気な声をあげると手の中の花を思い出したようで笑顔になって駆けてきた。
「あらあら、アイリ。あなた上着もなしに外へ行ったの?こちらにおいで。暖めてあげるわ。ほら」
その言葉に顔をぱあっと綻ばせてお母様の胸に飛び込む。
もちろん私はそっと横に退いてお姉様に場所を譲る。
あんな終わり方をした私でも16年は生きた身だ。
自分の兄弟姉妹(私の場合は姉だったが)が親に構われているのを見ると幸せのなかに孤独を感じることをよく知っている。
私に限ってではないだろう。
とても寂しくて、悲しい。
それがいつしか嫉妬になって、人を妬むようになったり嫉妬心をもつ自分が醜いと思い嫌いになったりしてしまう。
そうなってしまうとどうしようもなく辛い。
辛くて、苦しくて……。
そんな思いをお姉様にさせたくない。
私がああなったのはその事のせいばかりではなかったが、間違ってもお姉様に「死にたい」だなんて思ってほしくない。
思わせたくない。
だから、そのためなら私はどんなに悲しくてもいいと思った。
ただでさえ熱を出してばかりで成長の遅い私は構ってもらってばかりなのだ。
私が生まれてからこの1年を考えるときっとお姉様は寂しい思いを沢山している。
なんだかその考え方自体が前世の私と同じで、どうも変わっていないような気もするがこればかりはどうしようもない気もする。
前世の私も今の私も私なのだ。
これは私がしたいことなのだ。
だからと言って私はまた壊れたいわけではないから私だって甘える。
お姉様が苦しい思いをしなければいいのだ。
私だって甘えたいんだから。
「おかあさま、あったかい!あっ、お花、お花」
強く掴みそうになって慌てながら花を差し出すお姉様。
その手に握られているのは雪のように白いふわふわの花。
種ではなくて花。
「まっ!このお花はどこにあったの?珍しいわね」
「お庭だよ。雪かとおもったらみどり色が見えたの。見にいったらお花だったんだ!いくつか、さいてたよ」
「まあ、いくつか?不思議だわ。この花はブランシュと言ってとっても珍しい花なのよ!冬にだけ土から茎が伸びて花が咲くの」
「へえ!」
話を聞きながら珍しいのは白い雪に隠れて見つけにくいからではないかとも思ったがなにも言わない。
というか年齢的に言えない。
「アルフィにぴったりだとおもったの。アルフィの白にぴったり!ね、アルフィ」
そう言って私の髪にその花をあててうっとりするお姉様。
そうだったそうだった!
髪の毛の話だった。
っていうかお姉様可愛い
ぎゅーしたい
ちゅーしたい
…ちがう、ちがうちがう
すっかり頭の隅に追いやられていたことを思い出して自分の髪を引っ張った。
「そうそう、ちょうどその話をしていたのよ。アルフィは髪が白いことを今まで知らなかったの。……そうだわ!ねえ、アイリ、私たちをこの花が咲いているところに案内してくれないかしら。折角だもの、3人で見に行きたいわ。今日はアルフィも元気だものね。それに外は雪だから大丈夫でしょう。アルフィ、お外に出てみたいでしょう?」
そと!そと!
「あいっ!い!きゃっ!おしょと!」
行く!
雪みたい!
お花みたい!
やっと外に出られると嬉しくて声をあげると二人ともびっくりした顔で私を見、そしてふたり顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
意味は分からなかったが何となく嬉しくて一緒になって笑う。
お外行こう、外 !
まだ言えないもどかしさを感じつつ這って扉に向かうとお母様に抱き上げられた。
「ふふっ。今は冬なのよ。お外はとっても寒いの。あたたかくして行かないと駄目よ。ほら、アイリも上着を羽織っていらっしゃい。手袋も忘れては駄目よ」
「はーい!」
元気よく返事をして部屋を出ていく。
「ああっ、アイヴォリーラ様!廊下を走ってはなりませんっ!こっ、転んでしまわれますっ」
ぱたぱたぱた……
長く続いているらしい廊下を元気よく駆けていくお姉様。
慌てて後を追うメイド。
お姉様の名前が分かった。
アイヴォリーラ
素敵な名前!
ふわふわもこもこの服に着替えさせられながら頭のなかで何度も何度もお姉様の名前を繰り返す。
難しそうだからこっそり練習していつかびっくりさせよう、なんて考えながら。
「おかあさま!じゅんびができました!」
さあ、一歳にして初の外だ。
初めての部屋の外だ。
扉が開く。
わくわく
廊下にわくわく
お家にわくわく
お外にわくわく
どくんどくんと緊張で強く脈打つ心臓の音を感じながらお母様に抱かれて部屋の外に出た。
読んでいただきありがとうございます!