これが魔力
あの後一日寝込んでしまったがその翌日からは毎日寝返りの練習をした。
一度感覚を掴むと楽に出来るようになって、今では寝返りは完璧に出来る。
私の挑戦はハイハイへと移った。
メイドたちが床を徹底的に掃除してカーペットを真っ直ぐに引き直すと、お母様が私をカーペットの上に下ろす。
仰向けに下ろされた私は手慣れた風に寝返りをしてうつ伏せになる。
手足に力を入れて体を持ち上げた。
まだ不安定でフラフラしているが高級っぽいカーペットのお陰で転がっても大丈夫。
いち、に、
よいしょ、んしょ、
ゆっくりゆっくり前に進む。
目指すはお姉様。
「がんばって、がんばって!」
お姉様も真剣に私の様子を見ている。
今日こそはお姉様のところまでいきたい。
その思いで前に進む。
自分の小さくて頼りなくてまだ肌の白い手がカーペットの上で体を支えているのを見ると、人間って、赤ちゃんって凄いなと改めて思った。
そんなことを思っていると、目の前にお姉様の服が見えた。
飛び込むように最後の一歩を踏み出す。
ぽすっ、とお姉様の膝の上に体が乗った。
びっくりしたお姉様が可愛い。
「すごい、すごい、アルフィすごい!」
「むきゃあ!きゃう、う!」
お姉様がぎゅーっとしてくれるのがすごく嬉しい。
お姉様までハイハイで行けた嬉しさも合わさって走り出したくなるほどだ。
「ね!ねねしゃ、しゅ、き!」
「わたしも!わたしもよ、だいすきよ、アルフィ!!」
「アルフィはとっても賢いのね!」
私の「好き」に喜ぶお姉様を少し羨ましそうに見ながら言うお母様。
言ってしまってからまだ早かったかと焦ったが、嬉しくてそんなことは気にならなかったようだ。
お母様の瞳は寝返りが出来たときみたいに潤んでいて、ハイハイが出来たことを喜んでくれているのが分かった。
「かぁか、ちゅき!」
もっと喜んでいんのが見たくて言うと、お姉様も一緒に抱きしめられた。
お姉様も嬉しそう。
あったかくて、あったかくて、前の、家族のあたたかいのを思い出して少し涙がでた。
あの3人が、もう泣いていないで笑っていてくれたらいいなと思う。
私のせいでそれが崩れたのだけれど、私は幸せですって伝えられたらいいな、そしたら笑ってくれるかなと願う。
「今日は素敵な日ね!誕生日にハイハイが出来るようになったのよ。離乳食も少しずつ食べられるようになってきたから、今日は少しいつもと違うものを用意させているのよ」
物思いにふけっていた私はその事実に驚いて目を見開いた。
今日が誕生日なら、私は今日1才になる。
1才でハイハイは遅すぎないか?
それにハイハイといっても座布団1枚ぶんを今やっとたどり着けた程度で、もうくたくただ。
唯でさえこの世界の幼児は成長が早いようなのに。
最近嬉しいことばかりですっかり失念していた。
流石に心配になってくる。
この世界では離乳期が前世よりも随分と早いようだったから、きっと体の成長も早いはずだ。
だから何か出来る度に皆があんなにも大袈裟に、こんなにも安心したように喜んでくれるんだろう。
出来るまで、心配しているのだろう。
一応成長してはいるがどこか悪いところでも有るのだろうか?
折角二人が嬉しそうにしているのに私の表情が曇ってしまう。
「あら、アルフィ?どうしたの?疲れてしまったのかしら……。お熱は……無いわね」
「おかあさま?アルフィどうしたの?ぐあい、わるいの?」
二人とも心配そうに私の様子を見る。
どこも具合が悪いわけではなく力なく首を横に振るとお母様が息を呑んで私を見た。
「嗚呼、ごめんなさい、アルフィ」
突然そんなことを言うお母様。
お母様は私が大方の言葉を理解していると本当の意味で気付いたのだ。
私が自分の体を不安に思っていると気付いたのだ。
お母様が悲しそう
私のせいだ
私が余計なこと考えたりしたから
私は幸せで、辛いことなんてないのに
みんなが幸せをくれるから辛いことなんてすぐに消えるのに
むしろ、私のせいでみんな悲しそう
そんなことお母様は知らない
きっとお母様は自分のせいだと悲しんでる
私はお母様を悲しませたいわけじゃない
「ごめんなさい、アルフィ……っ!泣かないで…」
ちがう
これはお母様の涙
お母様、悲しんでる
「どうしたの?おかあさま?アルフィ?」
ごめんなさい、お姉様
私がお母様を苦しめてる
どうしよう……
「かぁーか、ぃ、い、なぃ!」
何て言ったらいいんだろう?
どうすれば伝えられる?
こんな顔、させたくないのに
分からない
こわい
にげたい…
――――どくん
「っ!?あ、アルフィっ!?だめよ!落ち着いて!!アルフィ!」
「えっ?おかあさま?」
「アイリ、あなたたちもここから離れなさい。危険よ!」
「えっ、な、なに?」
「「奥様!?」」
「結界は張るけれど、これだけの量の魔力を押さえきれるかっ」
あぁ、これが魔力なのか
膨大な何か(魔力)が体のなかで渦巻いて暴れて、外に出ようとしてる
これが外に出たら、お母様たちを傷つける?
それは駄目
傷ついて無くなるのは私だけでいいっ!
「えっ!?な、どういうこと?ま、まさかっ!だめよアルフィ!止めなさいっ!!!!」
「おかあさま?こんどはなぁに?アルフィ?」
だって、こわい
お母様たちを傷つけたくはない
お母様が悲しむの見たくない
お母様を悲しませたくない
私を見るたびに苦しいなんていやだ
もう逃げたいっ!
「えふっ」
からだが痛くなって、喉に生暖かいものがあがってきた。
喉が塞がれて呼吸が詰まる。
「え?アルフィ?おかあさま、これは何?なんで?アルフィどうしたの?」
「あ、ああぁ、いや、だめよ!どうしてっ!?」
どうしてって、だって、私のせいで……
「いやよ!そんなこと、私たちは望んでいないわっ!!だ、だめ、それ以上は死んでしまうわ!!!!!!ゃ、いやっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
その声は、絶望に染まっていた。
悲しませたくない
悲しませたくない
悲しませたくない
悲しませたくない
悲しませたくない
悲しませたく
悲しませたくない?
私が死んだらお母様はもう悲しまなくてすむ?
悲しまなくてすむ?
ちがう
お母様はきっと自分を責める
お姉様も悲しむ
お父様も
メイドたちだって
私がいて、悲しいことばかりだった?
私がなにか出来たとき、皆笑ってた
幸せだった
私が、いたから、幸せだった?
(私は変わりたい)
って、私、言った
あのとき、夜一に言った
このまま逃げたら変わってない
家族を悲しめるのだって、変わってない
わたし、まちがえた
「けほけほっ、ぅ、……かぁ、なぃ、…ない…」
私を抱きしめるお母様が震えた。
腕を緩めて私を見る。
「アルフィ?」
確かめるように、私がいることを確かめるように言う。
「あぁ、よかった…!アルフィ!もう、こんなこと、二度としては駄目よ!!」
私は間違えなかった。
今度は戻ってこれた。
「私の大切なアルフィ。身体中が痛いでしょう?すぐに直してあげるわ」
そう言って私の体に手をそえると淡く光って痛みが消えた。
そして私の口から流れた赤を服の袖で優しく拭う。
更に私の背中をさすって喉に残っていた血を吐かせた。
そして側で立ち尽くしていたメイドに水を持ってくるように言った。
「もう大丈夫よ、アルフィ。ほら、アイリもいらっしゃい。アルフィはもう、どこにもいかない。大丈夫よ」
「お、おかあさま……アルフィっ!!」
お母様と、疲れてくったりした私に抱きついたお姉様は泣いていた。震えていた。
お姉様だってまだ子供なのに、私はお姉様にとんでもなく重いものを背負わせてしまうところだった。
お姉様のふわふわなほっぺたに頬擦りすると、笑ってくれた。
いつの間にか駆け付けていたお父様も笑ってくれた。
お母様も。
その瞳は涙で潤んでいた。
「めー、、、にゃぃ、」
ごめんなさい、ごめんなさい
私をこんなに大切にしてくれているのに
私はこんなに愛されているのに
恩を仇で返すような
悲しみのなかに突き落とすような
最低なことをしようとした
謝っているのだと気づいたお父様とお母様が一層強く抱きしめた。
「私たちが気づかなければならなかったのだ。アルフィが謝ることはないよ」
「早く気づいて不安を拭ってあげられれば良かったのよ」
「いなくなっちゃいやよ、アルフィ!」
大切で大好きな家族の言葉に私は決意した。
もう二度と自分から死のうとしたりしない。
たとえ死が近づいたとしても家族のために抗い続ける。
そして私が、家族を守ろう。
「「「誕生日おめでとう、アルフィ!」」」
「きゃうっ!」
私の初めての誕生日。
みんなは笑顔になった。
***
ねぇ夜一、私のことみてる?
私、少しだけ変われたよ。
ギリギリのところまでいっちゃったけど、間違えなかったよ。
間違いじゃなかったと思いたい。
私、まだ、変われる気がするよ。
私、まだ、いきてるよ。
ありがとう。
私を選んでくれて。
私、まだ、生きてくよ。
2014/9/3
お母様→おかあさま
アイリが急に賢くなってた。
いくら成長が早い世界とはいえ、ここで「お母様」はいきなりすぎるかな、と。




