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消えたカラアゲの行方  作者: みりん
新しい『いばしょ』
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待ちに待ったカラアゲ

やっとです

やっとカラアゲに会えました

 お母様とお父様、お姉様そしてモニアとフルゥが見守るなかでお皿にいくつか盛り付けられたカラアゲを見つめる。

試作品ではなくて、短期間で改良を重ねに重ねられた今世初めてのカラアゲ。

その見た目に、懐かしさを覚える。

 色々な粉を試したのだろう。

カラアゲと言いながら、衣の見た目は天ぷらと素揚げと唐揚げ、そして謎の粒々に包まれている4種の『カラアゲ』が盛り付けられている。

一度に全部は食べられないことが悔しいくらいに美味しそうだ。

4種類も出来上がってしまったのは私の伝え方が下手だったからなのか、モニアとフルゥの発想が豊かだからかは分からない…いや恐らく両者だろうが、結果的に種類が豊富になれば私が食べられる可能性も上がるのだから嬉しい。


「いただきます」


 まずは天ぷらもどきから手をつける。

ナイフで切り分けてフォークで刺して一口かじると、サクッと軽い音が口の中に響く。

次いで油がじんわり口の中に広がった。

中身は柔らかい魚で臭みは少なく、ふわふわしている。


「おいし、です!さくっ、ふわ、です」

「白身魚を使いました。その衣は獣肉とは合わないようでしたので。魚には臭みを消す以外に下味をつけておりませんが、代わりにそちらの餡をお作りしました」


示された小皿には琥珀色の餡が盛り付けられていた。

スプーンで掬って天ぷらもどきに垂らしてもう一口食べてみる。


「!」


その色から鰹だし風を期待してみたところ、なんと期待通りだった。


「いつもと、ちがいます。さかなのスープ、ですか?」

「はい、その通りでございます!煮て干した魚と海草から出汁をとっております。海に面した地域ではよく使われているようです。ソースもご用意いたしましたが、餡の方があっさりして食べやすくなっております」


 鰹昆布だしの文化があるとは、嬉しいことを聞けた。

この家では洋風の料理が出されるため、どのくらい和風の食文化があるのかよく知らなかったのだ。

前世で出汁や餡は汁物や煮物、蒸し物にもよく使われていたから、似た料理がたくさんあるかもしれない。

出会うのが楽しみだ。

そこに揚げ物がないのは、それこそ文化の違いだと思おう。

 ソースでも食べてみようかと思ったが、こればかり食べると他のカラアゲが食べられなくなりそうなのでやめた。

切り分けたとはいえ食べかけなのだが、もう食べないなら私に頂戴とお姉様がソワソワしているので残りを差し出す。


「ん~っ!おいしい!面白いね、この、えっと…餡?」

「はい!」


 次は素揚げを食べてみる。

素揚は肉ではなく野菜で、芋のよう。

一口かじると、かりっもちっとして優しい甘味が口に広がる。

軽く振られた塩が芋の甘味を引き立てているようだ。


「もちもち、ほくほく、おいしいです!」

「肉ばかりでは変化がないので野菜を茹で…揚げて、みました。今回はご用意いたしませんでしたが葉菜も揚げることができますよ」


本当に色々と試作を重ねたようだ。

この世界の油の価値を全く知らないが、固形脂が主流らしく取り寄せるところから始めたはずだから、とても大変だっただろう。

私のためにそこまでしてくれたと思うと、嬉しさと戸惑いが同時におこる。


「こ、こんなに、たくさん…ありがと、ございます」

「アルフィお嬢様に健やかにお過ごしいただきたいのです。私たちも力になれるなんて…幸せなことでございます」

「何か問題があればお申し付けください。私たちにできる最善を尽くしてカラアゲを改良してまいります!」


 モニアとフルゥは負担に思っているような素振りは見せず寧ろ嬉しそうにしていて、私の存在が彼女たちの苦痛になっていないことに安堵する。

皆が私を愛していて、私が愛されていることは分かっているけれど、やはり自信がなくて信じきることができない。

また一人で思考に迷いこんでしまいそうになったところで、目の前に懐かしい唐揚げにそっくりなカラアゲが置かれた。


「こちらは固くなりにくい鶏肉で作ったものです。下味をつけてから揚げる方法で調理しました。少し身がしまって固くなってしまったので、酒に浸けることで軟らかく仕上げております」

「わぁ!」


さすが我が家のメイドたち、酒につけて軟らかくするのは肉料理の基本だった。

この世界でも調理の科学はほとんど違いはないのだろう。


「い、いただきます!」


揚げたてのカラアゲはサクッと軽い音がした。

鶏肉は軟らかくしっとりしていて全然パサつかない。

ああ、懐かしい味だ。

塩コショウがベースのシンプルなカラアゲだが、だからこそ素材の味が生きていて美味しい。

しつこくない程度の油で、噛めば噛むほど口の中に味が広がっていく。


「ん、っく、」


喉がひく、と震えて視界が潤む。


お母さん


とても懐かしい名前を呼びたくなった。

おいしくて、おいしくて、でも切なくなる。

心配をかけたくなくて必死にこらえていると、だんだん苦しくなってきてしまった。


「泣いてしまうほど美味しかったのね」

「ぅ、」


とうとう涙がこぼれ落ちてしまった私の背中を撫でる手があった。

お母様。

お母様の手だ。


「ぉかあ、さまっ…」


お母様の前で、私が自分で手放したお母さんのことを想って泣くなんて、私は悪い娘だ。

会いたいと思うのは止められないけれど、アルフィにはアルフィを愛してくれるお母様がいるというのに。

私にはお母様がいるのに。


「大丈夫よ。大丈夫。アルフィはいい子ね」


なんでそんなことを言うのだろう。

こんな私がいい子であるはずがないのに。

困難していると、お姉様が私の手を握った。


「アルフィってば、がまんしなくていいんだよ?苦しくなっちゃうでしょ?」

「ひっく、ぇ、でも…」

「んー、冷めちゃうともったいないから、アイリが食べちゃおうかな。とっても美味しいんでしょ?泣いちゃうくらい」


お姉様はカラアゲをひょいと摘まむと、そのまま頬張った。


「ん~!!すごい!おいしいね!アルフィが思い付いたんでしょ?すごいなぁ、アルフィは」

「あうっ」


目をキラキラさせて腕をブンブン、興奮を全身で表現してみせ、私に抱きついた。

頭が揺さぶられてクラッとしたが、それよりもお姉様の温もりに全身を包まれて力が抜けた。


私は悪い子なのに、お姉様はすごいと言ってくれた。

お母さんに教えてもらった料理を褒めてくれた。


お母さん、すごいって言ってもらえたよ!


伝えたくて、でも会えない。

苦しいけど、寂しいけど…嬉しかった。

お母さんとの記憶を、私ごと包みこんで受け入れてもらえたように感じたから。

私のお母さんを受け入れてもらえたように感じたから。


「あり、がと」

「うんうん、もう少し食べる?」


お姉様が差し出してくれたひと欠けのカラアゲをぱくりと頬張る。

やっぱり懐かしい味がして、今度は嬉しい味がした。


「おいしい、です!」


お姉様が涙を拭ってくれる。

心なしか元気が湧いてきたような気がした。


「私にも、くれないか?なんとも酒に合いそうないい匂いで…」


お母様のとなりで静かに私たちを見ていたお父様が、カラアゲと私を交互に見ながらそう言ってきた。

突然で少し驚いたけれど、本当に美味しそうにゴクリと喉を鳴らしているお父様がなんだか面白い。


「はい、どうぞ、おとうさま!」


あーん、と言って差し出すと、お父様は目を丸くしたあと嬉しそうにふにゃっと笑った。

普段忙しそうにしていて一緒にいることが少ないお父様とは、あまり遊んだりしない。

そもそも遊べるような体ではないけれど、今みたいにあーんして食べることも滅多にないから嬉しいのだろう。

私もうれしい。


「おお…美味しいな。美味しいぞ。んん、ほらジュリもひとつ貰ったらどうだ?」

「ふふっ。ディー、私は食べたことがあるのですよ。モニアとフルゥの試作を一緒に試食していましたの」


よほど美味しかったのか、嬉しかったのか、お父様は私に、お母様にもあーんするように仕草で伝えてきたが、お母様からの返事は予想していなかったものだった。

お父様が衝撃を受けている。


「なっ!私も呼んでくれれば喜んで食べたというのに…」

「ごめんなさい…夢中になって、呼ぶことが頭になかったわ…」


謝りながらも笑うお母様。

ふたりの会話が温かくて、体も心も落ち着いてきた。



 お父様とお母様のイチャイチャを見つつ少し休憩して、最後のカラアゲをいただく。

謎の粒々でできた衣のカラアゲだ。


「これは…?」

「こちらは具材を複数使って作りました。具がやわらかいため、外の衣を固くしてみようと思いまして…」


具がやわらかいという意味がよく分からなかったが、とりあえず半分に切ってみることにする。


「えっ…『ハンバー…』、『コロッケ』?んん?」


 切り口は思わず懐かしい名前が飛び出すような見た目をしていた。

謎の粒々が謎過ぎるが。

揚げハンバーグというべきか…中の具は肉と野菜のハンバーグのようだ。

おそるおそる一口食べると、脂っこい肉汁と揚げ油が口のなかで混ざって溢れそうになる。


「ぅ、こ、これは、すこし、あぶらがつよくて…」


 急に眉間の辺りにズキズキと重い痛みがおこる。

これは前世でもよくあった、同じものを食べ過ぎたときや油分の多いクリームを食べたときに感じる痛みだ。


「~~っうぅ…」


刺すような痛みの方がまだいいと思えるくらいに気持ちの悪い痛みかたで、うずくまって呻いてしまう。

周りは私に謝ったり何やら準備していたり、バタバタと慌ただしくなった。


「アルフィ、何があったの?話せるかしら?」


お母様は背中をゆっくりとさすってくれるが、残念ながら頭部が気持ち悪いので揺れて苦しい。


「あぶら、おおすぎて、あたまいたいです…」


声に出した途端に余計に痛いような気がしてきて、眩暈までしてきてしまった。


「あ……」


 そんなこんなで、せっかくのいい感じに終わりそうだったカラアゲ試食会は私が気を失うことで突然に幕を閉じたのだった。




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