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消えたカラアゲの行方  作者: みりん
新しい『いばしょ』
34/51

あなたのこと

 突然重圧から解放された体が支えを失って頽れた。



《すまないっ、すまない、すまなかったっ!》


貴女が私の周りで叫ぶのが感じられたが、先の苦痛が思い出されて体が強ばる。

とはいっても有り得ないほどの重圧に曝された体では手をついて後退ることも出来ない。


「あ、あな、あなた…わた、っ、こっ、ころ!?」


もう混乱しきってきて、息も切れ切れのままに言葉を投げた。



あなたは、わたしをころすの?



《ちがう!》


悲鳴のような声に肩が跳ねた。


《私は、私は!ころ…たい筈がない!!私はただっ、あなたの力になりたい!それだけ……なのに…》


萎れるように小さく掠れていく声に、どうしていいかわからなくなる。

つい先程死を突きつけられた筈なのに、心が揺さぶられる。

私と同じ声をしているから、その声で感情がわかってしまう。


「ご、ごめんなさい…」


私の口からはそんな言葉がこぼれた。

何が正しいのか何もわからないまま、私は考えなければならない衝動に駆られた。


あの沈黙の意味。

あの圧力の意味。

私の力になりたいと言いながら、私を苦しめた意味。

私を殺したい筈がないと、声を掠れさせた意味。


どうして、どうして、どうして、どうして、どうして…………?



 考えて考えて、ああ私が悪いのだと思い至った。

貴女は私の声に応えようとしただけ。

私を殺したい筈がない。

だって悲しかったのに。

私と話せることをあんなにも喜んでいたのに。

私まで嬉しくなるくらい、気持ちが伝わってきたのに。

あまりの恐怖に、殺意と取り違えていた。


どんな思いで、どんな覚悟で私に溶け込もうとしたのか。

今まで意思の疎通ができなかった分、こうして魔力の圧力(恐怖)にさらされた体(私)の心を初めて突き付けられた衝撃はとてつもないものだろう。

私にははかり知れない。


「ごめんなさい」


 もう何が正しいのかなんて、どうでもいい気がしてくる。


 貴女は私を殺してしまうかもしれない恐怖に立ち向かって、私のために私と融合しようと覚悟をしただろうに、私は?

覚悟なんて欠片もなかった。

力を欲するだけ欲して自分勝手に望んで。

対価も無しにただ誰かから「はいどうぞ」と渡されるのを指をくわえて待っていた。


なんて、勝手な。


「ごめんなさい。私の勝手で傷つけた。覚悟もできていないのに、貴女にばかり覚悟をさせました。私だけ逃げ出して貴女を傷つけました。ごめんなさい。貴女は何も悪くないのに、貴女に酷いことを言いました」


私はもう、自分が情けなくて、どうしようもないと思ってしまう自分が嫌で、震えながら言い訳をする。

それしかできない自分はなんて弱いんだろう。ずるいんだろう。


《い、いいや、別に、いいんだ。私だって加減ができなかった。…すまない、すまない。苦しかったろう》


別にいいんだ、なんて嘘だろう。

声が震えているじゃないか。


《本当に、危なかったのだ。貴女は謝るべきではない。奇跡みたいなものなのだ、私が貴女を、こ、ろさないでいられたのは。今までは途中で止められたこともなかったのだから……。貴女が生きていてくれるから…貴女を殺さないでいられたから…謝らないでくれ》


そ、それは…

そんなに危なかったのか


《まだ早かったのだろう。暫くは別々でいよう。そうでないと私は今度こそあなたを殺してしまうかもしれない。それだけは嫌だ。とはいえ、不安定なままも危険だが……》


私が自分を嫌いになったり命の危機を知らされて呆然としている間にも、魔力は私のことを考えてくれている。

私を大切に思ってくれているのが伝わってきた。


「ごめん、なさい」


謝らないでと言われてもどうしても謝らないと、気がすまない。

自己満足、そういうことなんだろう。

エゴ、なんだろう。

そうしてしまうことも、謝りたかった。


《だから謝らないでくれと……いや、まあ、》


謝る者の態度とはいえないような、背を丸るめて縮こまった姿勢でいる私の背を、そっと、そぉっと魔力が撫でた。


「ぁ、」


実際は相変わらず実体があるわけではなく、手で撫でたときのように優しく圧力が掛。


そのだけ(・・)がとても難しいことは、伝わってくる震えでわかっている。


もう、寂しくない。

ちょっと、というか大分夜一の行方が気になるが、不安はなくなっていた。

寂しくない。


「ひっく…」


ほろ、涙がこぼれてくる。


「う゛ぅー」


なんだろう、これは、久しぶりの心の発作なのだろうか。

だからこんなにも自分の弱さが苦しいのだろうか。

こんなにも寂しくなったり、こんなにもほっとするのだろうか。


「ありがと…」


魔力がそばにいてくれなかったら負けてしまっていたかもしれない。


《ありがとう》


言葉がかえってきた。

この言葉は私に力をくれる。


ほら、こんな私でも生きていることを許された気がした。

またひとり、私が生きていることを許してくれる。


《それはきっと私の涙だろうさ》


魔力が突然そんなことを言う。


「あなたの?」

《私の。貴女を傷つけてしまう、でも貴女は私を受け入れようと悩み、私を想ってくれる。苦しくて、怖くて、それでも貴女の想いが嬉しくて諦められないのだ。その心の揺れが、涙を流せない私の代わりに貴女に涙を流させたのだろう》

「……」


私は涙が伝う頬に両手を沿わせた。


「あなたの…」


あつい。


《わたしの》


あったかい。


「ふふふ、……ぐすっ」






「あなたは、お人好しですね」


 泣き止んで落ち着いた頃、いたたまれなくなって言った。


《何を言い出すと思えば。お人好しは貴女だろう、…殺されかけたのに、あっさり許してしまったではないか》


それはその、


「だ、だってそれは、あなたはちゃんと止めてくれましたもん」

《もん………。ぬぅ、まあ、そうだがな》

「そうでしょう?」


口をもごもご、からだをもぞもぞさせながら言っているように見えて、なんだか愛らしい。

くすくすと笑ってしまいながら言うと、魔力が呆れたようにため息をついた。


《ああ、そろそろ起きたほうが良い》

「へ?」


 思い出したようにそう言われた。


《もう充分に長居しているが、これ以上この空間にいるのは良くない。起きられなくなってしまう》


起きるということは、ここは夢の中なのだろうか?

空間=夢の中、とは聞こえない気がするが。

何はともあれ、この真っ暗な空間から帰れと言うことらしい。


「はい」


返事をしながらも、もう少し一緒にいたいと思ってしまう。

やっと涙が止まったばかりなのにもう帰れなんて、つれない。


《貴女は食べることが好きらしいから、早く戻って食べないときっと萎れてしまうよ》

「え、なに、知ってたの?です?」


私が目を覚ませば離ればなれになると思うと、もう少し、もう少しと願ってしまう。


《さあ、ほら、行かないと》


気づけば闇が霞んでいた。

空から光が射すように明るい。


「は、はい」


渋る私を貴女は笑う。

そして光を避けるように、すいと下がる。


「あっ、まって!待ってください、また会えますよね!?」


伸ばした手は空を掻いて透き通っていた。


闇が笑う。


《私はあなた。あなたは私》

「まっ――」



《大丈夫。いつでも側にいる》




 耳元で、わたしの声がした。



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