惑いの闇
予告どおりアルフィ視点に戻ります
「だ、誰ですか?見えないよ、何処ですか?」
私は慌てて闇を見渡して言った。
闇は闇でしかない。
《あなたが私》
「へ?」
《私はあなた》
かつてボイスレコーダーを通して聞いた私の声を思い起こさせるような声が答える。
「ええと、私がもうひとりいるんですか?」
訳がわからず聞くと、何かがずいと近づく気配がした。
《私は貴女だ》
声は迫ってくるように重いのに、不安とか恐怖みたいには私を飲み込もうとはしない。
私のすぐ傍、隣に座っているような、座りたがっているような。
同じ高さにいるような。
《話すことが出来て嬉しい。会話ができたのは貴女が初めてだ》
本当に嬉しそうに声を震わせた。
私のよく知っている声だから、わかる。
でもこの声の重さは知らない。
うっかりすると押し潰されそうなのにそうならないのは、声の主がそうさせないようにしているから。
そんな気がする。
「私が初めて?あなたは私?私の体にあなたがいて、誰かに話しかけようとしたけど出来なかったってことですか?」
二重人格
そんな言葉が頭に浮かんだ。
私の知らぬ間に誰かに会っていたりしたんだろうか。
例えば熱を出して意識がなかったときとか。
その機会が数えきれないほどあることに体が震える。
《違う》
声がそう言ったから、一瞬で疑惑は掻き消された。
けれど声は新たな不安を寄越してくれた。
《私は貴女の前にも多くの人間になった。けれど何れも、私に呑まれて死んだ(・・・・・・・・・)》
《私は悲しかった。私の存在は彼等には重すぎた》
私は何処からともなく聞こえてくる声に耳を傾けていることしかできない。
夢物語を聞いているよう、そんな感覚。
けれど私が質問をしたわけでもないのに話し続ける、まるで気付いてくれと言っているようなその声は、私自身の心を思い出させた。
自分によく似た声が喋るからなのか、私は理解しようと必死になっていた。
《でも貴女は違う。貴女ならきっと…》
この声は、私であって、嘗ては他の人間だった。
これはよく分からない。
この声はひとりではないのか?
そう言えば、ほら、夜一(神様)という実例もあるじゃないか。
感覚を共有しているから「多くの」という言い方をしたのかもしれない。
けれど、私の前にも(・・・)というのが気になる。
一度にではなく、時の流れに沿っているような言い方だ。
ならば移り代われるのか。
この声は、なった(・・・)人を殺してきたことを悲しんでいる。
なった(・・・)とは?
もしその人が死ぬ度に移り代わるのだとしたら、とりつくと言う意味?
幽霊?
…そんなばかな……
とりつかれるのは怖い
……宿る、と考えるなら?
人は、宿主?
私は、宿主?
今の私にあって、嘗ての私にないモノ。
今の私の中にあって、私の身体を傷つけるモノ。
私を殺し得るモノ。
思い当たるのはただひとつ、魔力だ。
声の主と魔力とを結びつけると成る程、この声の重さは確かに私の中にあって虚弱な私を寝込むまで弱らせてくれる重さと同じだった。
「あなたは…魔力なんですか?」
私が闇に向かって言うと、重さが揺れた。
《分かってくれるか。やはり彼らとは違うな》
照れくさそうにまた揺れる。
その動作(?)が親しみやすく、気づけばなんの抵抗もなく話しかけていた。
「この世界の魔力は意思があるんですね。魔力と会話できるなんて知りませんでした」
《知らなくて当然だ》
魔力も返事をしてくれる。
嬉しくなる。
《私たちは皆とは違うから。その上私たちはまだ同化していない》
「違う?……どうか?」
闇のなかで誰も見ていないのに首を傾げると、魔力が苦笑したような気がした。
《不思議なことに貴女はもう、魔力(私)を制御するだけの精神力を持ち合わせている。それにも関わらず魔術が制御できていないだろう?》
「え?え、えと、はい…」
《それは私と貴女がまだ完全に融合していないからだ。身体に魔力が馴染んでいない》
前ぶれなく前世の記憶と関わる話を持ち出されて戸惑うが、話は進んでいく。
《私たちは個体が産まれて程なく、自然に身体に馴染むモノ。そして個体の自我や精神の発達と共に育っていく。しかし私は馴染んだせいで多くを殺めてしまった。私は他の皆(魔力)とは違うから》
「………」
《けれど貴女も今までの彼らと何処か違う。いつまでたっても馴染めなかった。緩やかにしか馴染めない。……そのお陰でこんな私でも貴女を亡くさないでいられるのだろう》
ずん、と重さが増した。
何かを吐き出したみたいな…。
貴女はその分少しでも軽くなったのだろうか。
“こんな私でも”なんて、そんな自分を卑下するような言い方はやめようよ
そう思ったりしたが、私にもはも言葉にする資格はなさそうなのが何だか可笑しくて笑えた。
《力が欲しいか》
魔力が私の笑い声を遮った。
《私は貴女とひとつになりたい。力になりたい》
魔力の重さとは別に重くなった空気に、笑うのをやめた。
見えない目がわたしをじっとみている。
私は唾を呑み込んで言葉もなく頷いた。
「…………?」
暫く沈黙が続く。
「あ、あの?」
なにも分からない真っ暗闇の中での突然の沈黙が怖くて、傍にいる(・・)だろう存在を探しててを伸ばしてしまう。
何にも触れられなくて、でもそれは当然といえば当然で、それでも触れられると錯覚するほどに近く感じていたから…。
まさか私は今まで一人幻聴と会話していたのではないか、ただの妄想だったのではないかとも思えてくる。
伸ばした手を、慌てて引っ込めた。
考えてみると、そもそも私はどうしてこんな真っ暗闇にいるのだろうか。
“異世界”なのだから“普通”でないことがおこっても不思議ではない、と疑いもしなかった自分が怖い。
「ど、こ…なんで…」
自覚したとたんに全身がガタガタと震え出す。
「帰らないと、帰らなきゃ!お、お母様はっ………あぁっ!?」
私は焦って溢れた自分の声に驚いて、思わず口を押さえた。
自分の声があまりにも明瞭で、更には日本語で、アルフィリッタの声ではなかったのだ!
闇に包まれて見えない自分の手に、腕に、顔に、脚に手を這わせて、初めて自分が“あげは”であることに気づいた。
「え、どうして、なんで?…お母様、お母様!何処にいるの!?ね、ねえ!?嘘でしょ、全部夢だったの?まさか私、死んじゃったまま、ずっとここにいたの?いやっ!私は、ちゃんとお母様の子に産まれてっ……!」
意識して声を出しても日本語しか出てこない。
自分が何で、何を信じていいかも分からない。
「だ、だれかたすけて!!おかあさまぁ!おねぇさま!!よいちっ!…そうだ、よ、夜一、夜一はここにいるの?どこ?」
無意識に名前を呼んだことで、日本語であげはの姿で会話した夜一を思い出す。
夜一は私の死後、私が初めて出会った存在。
そして神様。
私をアルフィリッタとして新たな世界に送り出してくれた神様。
夜一が答えてくれたら、きっとすべては嘘じゃない。
「おねがい、夜一、夜一、よいち、よいちぃっ!!」
けれど私の願い叶わず、返事はない。
ただ、情けない私の声がするだけ。
そして、
「よい……――っうぐぅ!!!?」
すっかり頭から抜けて忘れていた“重み”が、私を押し潰すかのように迫ってきた。
「あっうぅ…なにっ!?や、ぐうぅぅっ!」
四方八方から絡み付くように乗し掛かってくる。
私がこの場所の異様さに気付いてしまったから?
私が魔力だと思っていたものは本当は全く別のモノで、私を呑み込もうとしているのか。
私を惑わす悪魔だったのか。
地獄に導く鬼だったのか。
こんなの夢じゃない
夢な訳ない
夢でなければこんなに苦しいはずがない!
でも、何処までが現実で何処からが夢か……分からない…
「い、いやっ…あ、あぁ……やめてぇ!」
抵抗したいのに、思うように身体を動かすことができない。
押し潰されそうなのに、何処からともなく襲ってくる圧力に無理矢理からだを支えられて踞ることもできない。
叫んでいるつもりの声も、小さく掠れて意味を持たない悲鳴でしかない。
ミシミシと全身が音を立てているような気さえする。
ともすれば気を失ってしまいそうな圧力に、この闇のなかで気を失うことは私の二度目の死に直結する、そう思った―――。
「ぃゃ、ぃゃいやぃゃぃゃ、やだよ、やだよぅ!……………ひぃっ、い、、じにだぐないぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!」
《あ、嗚呼っ!》
私の魂の叫びに、重みも声をあげて私から離れた。