おたんじょうび
部屋には、本当はしなくても大丈夫なのだが水の上に浮かばせた花がある。
先程までお母様もこの部屋にいて、一緒にみていたが、何やらすることがあるらしく部屋を出ていった。
「そのまんまより、つつんだほがいいでしゅかにょ」
ぷかぷか浮いている花をつつきながら呟く。
プレゼントと言えば「ラッピングは御利用ですか」等と店に行く度に聞かれたものだ。
花を紙で包んでも魔法を掛けたから潰れることは無いが見た目は残念になりそう。
となれば、箱が一番いいだろう。
箱は作らなくては無いから紙で作る。
糊やテープがこの世界にあるか知らないし持っていないので折るのが一番良さそうだ。
折り紙は久しぶりだが大丈夫だろうか。
お菓子の包み紙なぞ持っていないから、ノートを破らせてもらう。
紙がもったいないが、これもプレゼントのためだ。
早速文房具をしまっている引き出しからノートを引っ張り出してなにも書いていないページを探す。
…探さなくても裏表紙を捲ればあった。
この世界でも紙は普及しているのか、質は劣るものの紙製品がそこそこある。
絵本も紙だし、買ってくれるノートも紙だ。
私が覚えている折り方には、鞄のような形や持ち手付きの籠、お菓子を入れてテーブルに出せるような器、新聞紙で折るとゴミ箱や小物立てにも使えるような箱、シンプルな立方体で一応蓋がある箱、蓋と箱が一つに繋がっている箱などがある。
どうせならプレゼントが見えないようにして、開けるときのわくわく感を作りたい。
そうすると持ち手付きは難しい。
器型は蓋ができない。
色々考えた結果、立方体の一応蓋があるタイプの折り方を少し変えて、箱と蓋を別々に作ることにした。
繋がっているタイプも捨てがたかったが、少し(今の私ではかなり)難しいので断念した。
幸い花の大きさは然程大きくないからノートは2ページ分で足りそうだ。
折り目をつけてさらにもう1ページちぎった。
今回選んだ折り方は、市販の折り紙のような正方形から作る。
ノートは長方形なのでまず正方形に切るところから始めなければならない。
折り紙を斜めに折るときのように縦の辺と横の辺を重ねるようにして折って三角を作り、余った所は切り取る。
ハサミは持っていないから折り目をしっかりつけて破っていく。
慎重に、慎重に。
少しでもずれると変な方向に破れて紙を台無しにしていしまう。
「ぬー……。ぬぁっ!?あ、あぶにゃい…」
小さな手で紙を押さえるのは思ったより難しい。
破っている途中で右手が紙の上を滑ってしまった。
「ま、まだだいしょーぶでしゅ」
その後も何度か滑りつつ、なんとか二枚とも正方形に切ることが出来た。
作り方はとても簡単で、ハサミや糊は必要ない。
見映えを良くしたり頑丈にしようとしなければ折るだけでも大丈夫なのだ。
考えた人はすごい。
そして紙も。
今、紙には斜めの折り目がひとつ付いているので、一旦開いてもう一本対角線に折り目をつける。
再度開いて今度は縦横に折り目をつける。
またまた開いて、四つ角を中心に重なるように折る。
一回り小さい四角形になった。
今度は開かずに、縦横に走っている折り目に辺が重なるように折って折り目をつけて……
「あたまのなかで、せちゅめい、つかれましゅ」
…ということで無心に折っていく。
ひとつ出来たら、もう一枚の紙で、先のより一回り小さく少し深い箱を折る。
同じサイズの紙で、途中の折り幅を変えるだけで出来てしまうのだから素晴らしい。
「できましゅた!」
…普段ボロを出さないように極力しゃべらないようにしている(つもり)せいか、一人のときの独り言が前世よりも増えた気がしてならない。
出来上がった箱に蓋をしてみた。
…味気がない。
考えるまでもなくノートはカラフルではないから仕方がないのだが、ただの箱になってしまった。
箱を作ったのだから当然だ。
でも私はプレゼントボックスを作りたかった。
箱の色はどうしようもないので、最初に切り取った紙で飾り付けをしてみる。
もちろん糊はない。
どうにかして色をつけようと考えていたら、赤色鉛筆を持っていることを思い出した。
この部屋に色鉛筆セットは無いが、それならある。
引き出しから取り出してきて切れ端に色を塗る。
斑なく塗れたら幅一センチ弱の長い帯状のものを二本切り出す。
この二本の帯でリボンを作るのだ。
輪っかにして蓋が開かないように箱を輪に通せば飾りにもなるし留め具にもなる。
十字に交差させれば立派な飾りになるだろう。
一本は普通の輪っかにして見えないところで適当に折ったり引っ掛けたりして止め、もう一本は両端を斜めに破り、箱に合うように輪っかを作って余った両端を捻ってリボンの代わりにして止めた。
うん、なかなか可愛くなった。
この輪っかは直接箱に固定しているわけではないので、簡単に抜くことができる。
今日の夕食のときに持っていくまでは外して、何時でも花を入れられるようにしておかなくてはいけない。
もしお母様が戻ってきたときに既に水の上から花がなくなっていたら怪しまれる…というより勘違いして悲しまれるかもしれない。
あっという間に捨てられてしまった、とか。
何も言わずにしょんぼりするお母様の姿が目に浮かぶ。
取り合えずプレゼントの準備は一通り出来たのでノートやら赤鉛筆やら何やら、箱作りに使ったものを片付けた。
プレゼントボックスも引き出しにそっと仕舞い込んだ。
片付けながら、途中でお母様が入ってきてしまった場合のことを考えていなかったことに気づいた。
いけない。
前世からの注意散漫なところをどうにか直さなければ。
前世に関するボロもそうだが、折角のサプライズを台無しにするところだった。
今回は途中でお母様に気付かれることもなく片付けをし終えることができたが、ここから夕食まで乗りきれるのかとても不安だ。
「おかぁさま、おかさま…んん」
思い道理に言えない。
「お・か・あ・さ・ま」
言えた!
突然何をしだしたかというと、名前を呼ぶ練習だ。
あまりにも暇すぎて発声練習しかすることがないとか、そんなことはない。
ただ、“誕生日おめでとう”を名前を呼んで言いたい。
私にとって初めての誕生日で、初めてお母様におめでとうと言える。
失敗する訳にはいかない。
これはお母様のためでもあり、自分のためでもあるのだ。
迷惑かけて、心配かけてばかりな私がお祝いという晴れやかな行事でお母様を幸せにできる、かもしれないというのは、私がお母様の重荷になるばかりでないと思えることなのだ。
愛されてもいいと思えることなのだ。
「おかあさま、」
だって
「おかあさま、お、おた・ん、じょお、うび」
だって私は
「おかあさま、おたんじょ、うび…おめぇ…え、ぅれ、れ、」
だって私は、お母様の……――




