「おかあさま、
私は今日、この世界に生まれて初めて人をお祝いする日を迎えた。
家族の誕生日という大切な日である。
外に出ることがなく、また寝込む回数が多い上にその間の記憶が曖昧な私ははっきりと時間の流れが把握できていない。
“寝込んでいない日”のなかには、起きていられるが“ベッドから出られない”というのも含まれていて、時間の把握に意識を向ける余裕がほとんど無いせいでもある。
ベッドから出られる日の事だけ記すと、あたかも毎日ハイハイとか、掴まり立ちとか、歩く練習とかに勤しんでいたように聞こえるかもしれないがそんなことは無いのである。
というか不可能だ。
体調不良が通常運転の私だ。
寝ても起きてもまともに動けず、たまに体調がいい日になんとか練習をしているのだから、筋肉もつかないし体力もつかない。
もう色々どうしようもないのである。
毎日のことを記そうと思っても、丸一日意識がなかったとか、眠ったままだったとか、ベッドの上だったとか……。
記すことが無いのだから、どうしようもないのだ。
そんな自分の誕生日も分からない私が誰かの誕生日を把握できるはずもなく、そもそも誕生日に体調がいい保証なんてものもなく。
知らないうちに家族の誕生日を寝過ごしていた。
とかいう残念な私も今回は元気いっぱいお祝い日和だ。
今朝、お姉様が学校に行く前に、
「ねぇねぇアルフィ?今日は6月27日よ!何の日か知ってる?アルフィが元気なのは初めてだよね、お母様の誕生日!!」
「!?」
えっ!?お母様の誕生日!?
今日!?
という感じで今日がお母様の誕生日であることを知った。
でも、だがしかし、折角の誕生日なのにプレゼントが準備できていない!
お姉様は手紙を書いているみたいだ。
私も書きたいが、文字がまだひょろひょろで恥ずかしい……。
それに何かを買うことなんてもっと出来ない。
私にも出来ること…。
絵を描くとか?
いやそれもまだ無理だ。
部屋に誰もいないときにノートでこっそり練習していたりするが、前世で絵が好きだったこともあって年相応ではない絵柄なうえに、テクニックや自分なりの描き方を持っていても今の手がそれに付いてこられないせいで、人に見せられるような絵ではない。
例えるなら、右利きの人が初めて左手で絵を描いたみたいな感じだ。
器用すぎる人は例えにならないかもしれないが文字にしても利き手と反対の手で書くと思い通りに行かないのがわかると思う。
そんなこんなで絵は却下。
部屋の中になにか参考になるものがないか見回してみる。
有るのはベッドと、小さなテーブルと椅子、いつもお世話になっているクッションたち、ちょっとした本、縫いぐるみ、私一人では開けられないクローゼット、ノートなどを仕舞っている引き出し……。
何も思い付かなかった。
私は困り果て、今では見慣れた御貴族様宅にあるような高そうな壁紙の模様を目で辿る。
ベッドから出られなくて退屈しているときや苦しさを紛らわしたい時に何度も辿っているお陰で、複雑な模様も見分けることが出来るようになってしまった。
暫くすると窓枠に辿り着いた。
窓の外は青空が広がりその中に雲が心地良さげに浮かんでいる。
窓の近くに植えられている桃色の花を咲かせる木は今まさに満開で、淡くも鮮やかな桃色を見せてくれている。
調度お母様の誕生日の頃に満開になるそれが、まるでお母様をお祝いしているように見えた。
「そうだ、おはな…」
こんなところにプレゼントのネタがあったとは。
花なら、小さい子供がプレゼントにしても可笑しくはない筈だ。
それにずっと窓の外に見てきたこの木の花は私にとって特別でお気に入りだから、プレゼントにするにはもってこいだと思う。
「でも、どやって、」
どうやって採るのかがまた問題になってくる。
――――コンコンコン…ガチャ、
お母様だ。
ノックして入ってきたお母様の腕には私の小さな帽子が。
「今日はとっても天気がいいわ。お外へ行きましょう?お外と言ってもお庭だけれど、どうかしら」
「!おしょと!」
なんとタイミング良く外に出られることになった。
お天道様ありがとう!
お母様さすが!
勿論外にいく返事をして帽子を被せてもらった。
抱っこされて外に出ると、暖かな風が頬を撫でる。
日向ぼっこにピッタリな風だ。
しかし今日の目的は花を手に入れること。
お母様はちょうど私の部屋の窓に近い芝生に私を降ろした。
心でも読んでいるのだろうか。
ばれていたらプレゼントも嬉しさ半減するかもしれない。
気にしすぎだろうか?
そのままいつも通りぼーっとしてしまいそうになるのをぐっとこらえてゆっくり立ち上がる。
「あら、どうしたの?」
いつもの日向ぼっこをしない私を不思議に思ったのかお母様が声を掛けてきた。
チャンスだ。
「おはにゃ、きれいでしゅ!」
舌が動くのが遅くてうまく言えない…。
兎に角ヨタヨタ歩きで窓のそばの桃色の花の木に向かって歩く。
「あぁ、モココの花ね!まあ、なんて綺麗なの。今日は特別綺麗で可愛らしくみえるわ!」
後を着いてきたお母様が明るい声でそう言う。
モココというのか。
お母様の跳ねるような声からして、これは喜んで貰えるかもしれない。
後ろから、アルフィと一緒に見るとこんなに素敵だったなんて!とか何とか言っているのが聞こえる。
私もお母様と見られてとっても嬉しい。
この花をお母様の髪飾りに出来ればとってもお似合いで素敵だと思う。
ワクワクしながらモココの木に近づくと更なる問題が。
「たぁい(高い)…」
花に手が届かない。
前世で、公園を囲むように植えられていたツツジとは訳が違うのだ。
それによく考えたら、家にある木とはいえ、勝手に花を採ってしまうのは良くない。
ここまでかと伸ばした手を下ろしてしょんぼりしていると、上からプチリと音がした。
「ほら、どうぞ。…ふふっ、可愛い。そんなにしょんぼりしなくても、採ってあげるわ」
そう言って私の頬に優しくキスをして、モココの綺麗な花を一輪手渡してくれた。
「あーやぁと!(ありがと)」
…うっかり頬を染めてしまうほど素敵な微笑みでキスなんてされたら、弱っちい私の心臓がうっかり止まってしまうかと思った。
「うきゅー!」
「うふふっ」
私は自分の顔が熱くなっていくのが可笑しいほど感じられて、色々悶えながらお母様に抱きついた。
お母様は幸せそうに笑いながら抱き締め返してくれた。
そうこうしてお母様から貰ってしまったが、なんとか花を手に入れることが出来た。
どうやって渡そうか。
両手で大事に花を持ちながら考える。
折角もらったのにここで直ぐに、はいどうぞ、とかは可笑しい気がする。
ふと、視界の端に他の桃色が映った。
少しくすんだ桃色。
それは芝生の上に落ちて暫く経ったらしい花びらだった。
私は手の中の花に視線を戻した。
この花もあっという間に、今こうしている間にも、色が落ちていっているのだろうか。
このままだと折角もらったのに1日も持たずに台無しになってしまう。
こういうときはどうしたらいいのだろう?
時の魔術?
それとも治癒魔術をし続けて元気にする?
これは違う気がする。
空間魔術?
回りを囲って保護できるだろうか。
保護といったら結界?
でもそれは傷付かないだけで花自体は萎れてしまう。
萎れてしまうから、水魔術?
それでも花は生きているからいつかは枯れてしまう。
生きている……、妖精とかいないだろうか。
もし花一輪一輪にいるのなら、なにかと交換してずっとこのままの状態に出来るように頼めるかもしれない。
「よーしぇさーん…」
「?どうしたの?」
返事はお母様からだった。
恥ずかしい。
これは考えすぎたら駄目なのかもしれない。
大事な手紙に保存魔術をかけるとか、小説で読んだことが……。
原理は分からないが、私がこの花にどうなって欲しいかははっきりしているから魔術で何とかできるかもしれない。
思い付いたら即実行。
色が失われる前に。
「……むん…」
手触りや柔らかさはそのまま。
時を止めてカチコチにするわけではない。
素敵な思い出とお母様への想いをとじ込めて。
「ぬーん……」
部屋から見ていたときは気付かなかったがほのかな香りもする。
この香りもなくしたくない。
それからそれから……、とにかく枯れませんように!
「……」
「アルフィ?さっきからどうしたの?お花をじっとみて…。表情もころころ…何かいたのかしら?」
「できたでしゅ!」
「え?」
私にしては大きな声をあげてしまった。
お母様も吃驚している。
そういえばお母様の目の前で魔術を使ってしまった。
気づかれなかっだろうか。
「何が出来たの?」
覗きこんでくるお母様。
気づかれなかったようだ。
よかった。
「ないーしょ!しぃーぃ!」
私は大事に花を持ったまま、人差し指をたてて自分の唇にくっつけた。
プレゼントをこっそり用意するドキドキ感のお陰で元来子供っぽい私がさらに幼児っぽくなる。
「まあっ!アルフィったら私に秘密にするのね?どうしましょう、なんて可愛らしいの!これでは許してしまうわ!」
きゃあきゃあと嬉しそうにはしゃぐお母様。
これで、よかった、のだ、たぶん。
そういえば今回は呼吸も鼓動も乱れがない。
魔法が上手く制御出来たということなのだろうか。
「おかぁさま、おはなをおへやにおぃてきましゅ」
無事プレゼントを入手したからにはちゃんと渡せなければ意味がない。
折角体に異変が起きていないのだから、疲れて倒れることがないように早めに部屋に戻ってのんびりしたい。
「ふふっ、そうね。今日は少ししかいられなかったけれど素敵なものを見られたわ!胸がいっぱいよ。なんていい日なのかしら」
私の考えていることに気づいているのかいないのか。
お母様は私をそっと抱き上げると暫くモココの木を眺めてから庭を離れた。
読んでくださってありがとうございます!
お誕生回は三話くらいで完結すると思います、たぶん。




