かさの下から
「さあ、行こうか」
お父様の声を合図に門を開く。
滅多に一緒にいないお父様も今日は一緒だ。
一歩踏み出して、さらに数歩進んで4人全員が家を出たとき、初めて私にも外の景色が少しだけ見えた。
ちなみに、まともに歩くことができない私はベビーカー的なものに乗っている。
お姉様のお古だ。
そしてベビーカーの傘は下ろされていて、周りからは私のことが見えない。
つまり私は隙間から外を見ている状態なのだ。
みんな、不安なのだろう。
それにきっと、私をあまり刺激しないように考えてくれているのだ。
実際、いくら自分の容姿が好きだと言っても、私も人に見られることへの恐怖心が少なからずあるし、外の様子が見えると気になってじっとしていられないだろう。
そんな状態では目的地に着く頃には力尽きてしまいそうだ。
隙間から見える景色は雪に覆われていたときとはまるで違っていて、その上家の中の様子と広さを裏切るような古民家的な一軒家が並んでいる。
……私の家のあの長い廊下は一体何処へ…
古民家とは言っても、屋根に瓦が…とかではなくて、煉瓦造りの建物で、一般的(小さめ?)な二階建ての一軒家の3LDKといった感じだ。
中身は勿論3LDK よりずっと広いはずなのだが。
―――カタカタ…
ベビーカーが進み出す。
雪があったときには感じられなかった土や草花の香りが風にのって漂ってくる。
どんな花なのだろうかと想像するのは楽しい。
前世にあった花の香りと比べながらこの世界を感じた。
花の香り以外にも、今日の晩御飯の匂いだろうか。
時折、とても美味しそうで魅力的な匂いも漂ってきたりして、思わずワクワクして、不安も少し和らいだ。
暫くすると辺りが騒がしくなってきた。
嫌な喧騒ではなく、活気のある賑わいのような。
隙間から屋台のようなお店が見えるから、恐らく市場か広場の様なところに向かっているのだろう。
「カーナィッ!」
屋台(仮)の方から威勢のあるおばさんの声が聞こえてきた。
これは初めて聞く言葉だ。
回りでも似たような言葉が飛び交っているので「いらっしゃいっ!」と言ったのだろう。
「おや、…旦那!今日は奥さん、も一緒かい?まあ、アイリちゃんまで」
私の家族と話し方が若干違ったせいで一瞬何を言っているのか分からなかったが、それよりも何処か気まずげな空気が感じられるのが気になった。
町の誰にも姿を見せていない私のことを、色を、もう知っているからだろうか。
「今日は、その…」
「今日はこの村の皆さんに去年…いえ、もう二年になる、産まれた娘の話をしに来たのです」
戸惑いを隠せないおばさんの声に被せるように、凛としたお母様の声が響いた。
周りが一斉に静かになる。
私の心臓がドキリと嫌な音をたてた。
これはなんというか、あれだ。
かくれんぼをしていたら目前まで鬼が迫ってきて、じっと息を殺して隠れている感覚だ!
…勿論本当に息を止めたら、目的地につく頃には体調が最悪な状態になっているに違いないから、冗談でも息を止めたりなんてしない。
と言うか出来ない。
取り敢えず、私は私を隠すこの傘を上げられるまではじっとしていることに専念する。
そうこうしている間にも会話はぎこちなくも進んでいて。
「村の皆さんに聞いて頂きたいのです。広場に集まって下さいますよう、隣家のお方に伝えて頂けないでしょうか」
何時もよりも丁寧な口調で話すお母様に何かを感じ取ったのか、周りの人達はぎこちなくも分かったと頷く。
「え、あ、ああ。わかったよ。今すぐ伝えよう。大切な話なんだろう?」
「おい!皆、今日は一先ず店仕舞いだ!お、時間も良いくらいだ!今日は早く閉める日だったな。…それで今日か」
「ええ」
どうやら店仕舞いが早い日があるらしく、それに合わせてこの時間を選んだようだ。
「では、広場で待っている」
お父様の声でまた歩き出した。
数度同じような会話を繰り返した後、ベビーカーが止められた。
周りがざわついている。
市場を通っている間よりも声が多い。
どうやら広場についたようだ。
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