シークレット8‐1
カラン。
昴と麻子はカフェのドアを開けた。グラスを磨いていた情報屋「縁」のマスターが顔をあげる。
「ああ。桜井昴君と中田麻子さんだね」
穏やかな声。
二人に座るように促す。
ことり。
オレンジジュースを置く。
この子たちの負担を少しでも軽くしてあげたかった。こうして、頼られたことを嬉しく思う。
人の役に立ちたい。
支えたい。
そのために、この情報屋「縁」を始めたのだから。
「米田愛理についてだったね」
「はい」
「情報が入った。彼女は姉・米田幸美の「オリジナル」のクローンさ。両親が姉を殺している。不良品の「コピー」は殺してしまえと洗脳されているという話だ」
「ふざけるなよ!」
昴はオレンジジュースが入ったコップを乱暴に置いた。
クローンはクローンでも一人の人間だ。
皆正体を隠しながら、必死に食らいついて生きている。
その命を奪っていいわけではない。
殺していいわけではない。
洗脳されているからといって許されるわけではないだろう。
「昴、落ち着いて」
ここまで、怒っている昴を麻子は初めて見た。やはり、自分のことだからだろう。ならば、自分も強くならなければいけない。
昴と並ぶにはまだ幼すぎる。
彼に言ったらそれを含めてあさこだよと丸め込まれそうなきがするが。
「さた。坊ちゃん、嬢ちゃんはどうしたい?」
マスターは二本指を立てる。
一、 愛理を警察に突き出すか。
二、 洗脳をとき、話をするのか。
「これは麻子が決めるべきだと思う。麻子はどうしたい?」
「私は――」
思い出すのは愛理のねっとりとした爬虫類の瞳。
それだけで、ゾっとする。
鳥肌が立つ。
麻子に死んでほしいという無言の圧力。
生き残るのは自分よといった愛理の自信。
それに、耐えきれなかった。
麻子の感情の小さな変化。
そのことに、気が付いた昴はさすがといったところだろう。
「うん」
「警察に突き出すべきだと思う」
「僕も麻子の意見に賛同する」
「なら、ここに相談すればいい」
マスターが一枚の名刺を渡す。
クローン対策警察特別対策室
室長・川口琥珀
「ここは?」
「私の仲間がやっているクローンに関する何でも屋みたいなものです。私の仕事はここまでなので」
「ありがとうございます」
昴と麻子は頭を下げた。
「がんばって」
二人はマスターに見送られながら部屋を出た。
*
柴田マンション
三〇三号室
クローン対策警察特別対策室
柴田琥珀
「ここだ」
昴と麻子は顔を見合わせた。
ピンポン
インターホンを押す。
「はーい」
インターホンから聞こえてきたのはまだ若い女性の声。
「中田麻子と桜井昴です」
「話は聞いているわ」
どうぞと中に誘導する。部屋の中に不必要なものはなくすっきりとしていた。全体的に白や茶色で統一されている。クラッシックの音楽も流れている。相談者が話やすいように配慮がしてあるのだろう。
いかにも、相談室らしき場所だった。
琥珀が喉渇いたでしょうと麦茶を出してくれる。麻子と昴、琥珀が向き合うかたちで座る。
「川口琥珀よ」
「中田麻子です」
「桜井昴です」
琥珀は昴と麻子が緊張していることに気が付いているようだった。大丈夫よという意味を込めて彼女は笑う。その笑顔を見たからか、二人の肩から若干力が抜けた。
だが、入室した時からつながれた手が離れることはない。そんな様子を見ていた琥珀は大人びているように見えるが、まだまだ子供なのだと実感した。お互いの独占欲が強いだけでどこにでもいる中学生と同じだ。
そう思うと琥珀は安心をする。
「あの……警察の方ですか?」
昴が話かけてきた。
「そうよ。見るかしら?」
琥珀が警察手帳を広げる。
巡査部長・川口琥珀
昴と麻子は顔を見合わせた。警察手帳を見せたことにより信頼してもらえたらしい。
「私たちのような相談は珍しいのでしょうか?」
「クローンがクローンの相談をするなんて珍しいわ。でも、悪いことではないのよ」
マスターがパソコンに情報を送ってくれていたらしい。
仕事が早い。
頼んでみて正解だった。
「話を聞いてくれますか?」
「もちろん」
「えっと、桜井加奈の「コピー」であるあなたが、米田幸美の「オリジナル」に殺されかけたのよね?」
「その通りです」
「そなら、こうしましょう」
あなたたちが米田愛理に誘拐される。そこで、彼女が生まれた時から潜入している捜査官が取り押さえる。
そういう計画だ。
話をしていてかなり、頭の回転が速いなというのが麻子と昴の琥珀に関する第一印象だった。味方でよかった。敵になってしまえば強敵となっていただろう。
信頼をしているから、マスターも琥珀を紹介したのだ。彼女もそれに応えている。
評判もよかった。
創立してから四年とまだ若いが、相談者も増えてきていた。
「やってみます」
「まだ、中学生だもの。未来ある子供たちを守るのも私たちの仕事よ」
「よろしくお願いします」
昴と麻子が手を差し出す。
琥珀はその手を順番に握り返した。