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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス1.1

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82/312

教育実習

 翌日。ウェインは手首足首の重りを着けて、リュックに運動着を入れて。今日こそは新しい制服の注文を忘れないようにと心に刻んだ。

 今日は平日。エルと一緒に教育実習である。ウェインとエルは子供たちが学ぶ、幼少クラス……初歩的な魔法の授業に講師として出ているのだ。

 エルと職員室で落ち合い、正担当のビル先生との打ち合わせ後、教室へと行く。初等科の教室だ。

「しかしウェイン君、エリストア君、早く戻ってきて助かったよ。これなら今年、君たちも教員免許を得ることができるだろう」

「前半で稼げてましたからね」

「うん。まだカリキュラムには少し余裕があるわ」

 教室のドアを開けると、多数の子供(と言っても15歳前後)が立ち上がった。

「起立! 礼! 着席!」

「先生、今日もよろしくお願いします!」

「しまーす」

「ウェイン先生とエル先生、帰って来たんですね」

「ウェイン先生! 僕、この前、拡張詠唱法できましたよ!」

 一部を除き、真面目ではあるがザワつく教室。ウェインは手を叩いた。

「はいはーい。お喋りは後。まず今日の課題だけど……あ、その前に、先生たちがいない間に何か質問はあるかな?」

 すると一人の生徒が手を上げた。

「はい先生。魔力の調律は、ウェイン先生は何度か乱して最終的に纏めろってこの前言ってましたけど、他の先生はそんなこと言ってなかったんですが……」

 それは実戦経験が少ないためだ、とは言えない。各自でやり方も違うだろうし。

「まあ考え方は色々ある。だが魔法を使う際、いつも平静な心で使えるとは限らない。怪我人や病人を早く助けるため、走って行って白魔法をかけるシチュエーションを考えてみなさい。呼吸は上がり、魔力は乱れているはずだ。そこから魔力を調律するわけだから、むしろ最初は魔力をわざと乱した時点から開始するべきだ」

「なるほど。わかりました」

「他には?」


「はい。黒魔法と白魔法、初心者はどちらの道に進めばいいですか?」

「それはケースバイケース。本人の適正もあるし、やりたいことも違うだろう。医者になるなら白魔法に時間を割いておいたほうがいいけど、戦争で遠くから攻撃したい場合は黒魔法だ。だからどちらとも言えないが……将来、どうなるかわからない。初心者のうちは万遍なくやっておいて、むしろ純粋魔力や調律、基礎を鍛えておくといい。自分が何かをやりたくなった時、それらが生きる」

「わかりました」

「さて、他には?」

「はい。魔法使いにも、やっぱり体力は必須ですか? ウェインさんのように」

「必須かどうかはともかく、体力はやはりあったほうがいい。運動場で遊ぶ程度のことでもいいから、基礎体力をつけておくべき。デメリットはないんだからね。……皆、水泳と着衣水泳の授業は受けたかな?」

 顔を上げ、生徒たちを見回す。次々と手が上がった。

「25メートル泳げるようになりました!」

「着衣水泳で泳げます!」

「私はまだ泳げません……」

 ザワつく教室。ウェインは軽く片手を上げた。

「とりあえず今は努力だけでいいが、卒業までには泳げるようになっておいたほうがいい。これはあのアッシュが提言したことだぞ。レオン王国は海にも隣接し、北に港もある。しかし泳げないばかりに死ぬ人も多いと、学院に水泳授業が導入された。ただ……泳げるからと言って過信しないこと。人間、ちょっとでも不意に水を飲むと混乱して、普段は泳げる人でも溺れてしまう。大事なことは『危機意識』だ。よく覚えておくように」

「はーい」

 生徒たちは声を出した。

「じゃ、他に質問がなければ、今日の課題に行くけど、大丈夫かな?」

 誰からも、異論は上がらない。


「あ、まず宿題が出ているはずだ。それを提出してください。後ろの席から前の席に回して」

 出ていた宿題を回収した。

「それじゃあ始めます。まず呪文とその詠唱、そして詠唱法の種類について。詠唱法の種類は、誰か知っている人いるかな?」

 一人の生徒が手を上げた。

「はい。ベーシック、スタンダード、アドバンスド、ファスト……このあたりが有名だと思います」

「うん。上出来だ。それぞれ基本・標準・拡張・高速の詠唱法として、これらが大半を占めている。もともと呪文は、長く、強く、意味と熱意のある言葉で詠唱した方が純度の高い魔法が生成されるけど、主に戦場ではそうはいかない。なので『型』に当てはめて、目的にあった詠唱法を選ぶことが多い。だから難易度は難しくなるけど、魔法の連射なんてことができるようになるわけだね。逆に工業製品の製造なんかでは、ゆっくりと、でも確実な詠唱法が用いられる。これはアルバイトしてる人は現場で習ったかもしれない」

「先生。今のとこもう一回お願いします」


「わかった。……ああ、今度はエル先生に教えてもらおうか」

「わ、私?」

「エルだって同じ実習生だろ。俺と同じことができなくてどうする」

 エルが内気で、あまり喋るのが苦手なことはわかっている。でも、だからこそ、こういう場で経験を積ませ、慣れさせ、克服させてやりたかった。

 ウェインとエルで根本的に違うところが一つある。それは師匠の有無だ。

 ウェインにはアスリー師匠がいた。だがエルには決まった師匠はいない。課題を出してもらい、提出するだけの形だったようだ。だからウェインは結構受け売りで話せるが、エルはただでさえ喋りが苦手なのに、あまり受け売りが使えない。少々可哀想で、ウェインは授業の進捗を拳を握り締め、緊張しながら見守っていた。

 いざとなったら正担当のビル先生もいるが、まだ彼はニコニコと笑って見守っているだけだ。……これは授業がうまく進んでいることを指す。

 そして今、結構長い間喋っているがエルもなんとかやっている。


「ですので、えーと本来、初球魔法・中級魔法に明確な区切りは存在しません。そこに込めるべき魔力の『器』として分類されます。もし初球魔法に、中級レベルの魔力を込めて撃ち出したなら、それは暴走するかもしれないし手元で暴発するかもしれません。大事なのは制御することです。自分の限界魔力と、体内に残っている魔力を把握して、いつでも最適な制御・調律をすることで暴走は食い止められます。……質問、ある人?」

 エルが周囲を見回した。生徒から手が上がる。

「はーいエル先生。初球魔法と中級魔法に明確な区切りはなくても、極大魔法、禁呪法は明確に区切られてますよね。それは何故ですか?」

「はい。一つは単純に法的な問題です。極大魔法を使うには使用許可が必要ですし、無断で使っちゃったなら、使った後に届けねばなりません。あまりにも大きな力なので、犯罪などに絡むと困るからです」

「禁呪法は?」

「こちらは、術者や周囲の人間、環境なんかに多大な影響を及ぼす魔法だから普通の魔法とは区別されてます。最も威力が高いとされてますが、そのぶん反動も凄いんですね。使用にはやはり届け出が必要になります」

「じゃあ悪魔召還とか、悪魔の邪法は?」

「これは、本来は他の魔法と同じように分類の一つなだけでした。しかし古来より悪魔に関係する研究や呪文はあまりうまくいかず、邪道視されてます。魔法学院では一部のみ研究が許可されてますが、無断で使ったり規定以上の研究を行うと犯罪になります」


 正担当のビル先生が、言った。

「はい、今日の授業も残り時間が少なくなってきました。ここまでの授業で何かわからないことはありますか?」

 生徒たちからは、特に何の反応もない。

「ではまた宿題を出しますよ。来週までにこのプリントをやってくるように。そうですね……あと残った時間は、ウェイン先生かエル先生に何か質問をしても構いません。二人とも、もう少しで教育実習が終わって皆さんとお別れになりますからね」

 『えー?』という、不満の声が至る所から聞こえてきた。

 ウェインは教壇の前に立つ。

「はいはーい。皆さん。もし私たちが教師になるなら、まずどこかの副担任になるだろうし、教師にならなくても魔法学院関係の何かをしているとは思います。魔法を続けていけば、きっとどこかで道が交わることもあるでしょう。だから最後のお別れってわけじゃないですよ」

「ねえ先生」

「うん?」

「ウェイン先生とエル先生の手首についてるのって、何ですか? ペアルック?」

 あぁ……外しておけばよかったかもしれない。

「えっとね。先生はこの前の旅で怪我しちゃって、そのリハビリのための重りだよ」

 途端に、一斉に声が上がった。

「先生怪我したの!?」

「って、もしかして戦ったの!?」

「聞きたい、その話聞きたい!」


 あー。やってしまった。生徒は大人しくさせておくのが基本。査定に響かなければいいけれど。

 ウェインは少し考え、言った。

「ちょっと秘密のことが多いんだけど、なんと、先生たちは旅の帰りにあの『アリス隊』に護衛してもらってラクスに帰ってきたんだ」

「アリス隊!? 凄いー」

「でも私が将来軍隊に入るなら、レオン王国軍じゃなくラクス防衛軍に入りたいな」

「アリス隊だけは特別だよー」


 と、丁度、授業終了を知らせる鐘の音が鳴った。

 ピタッと、ざわつきが収まる。……流石は魔法学院だ。

「はい、それでは今日の授業を終了します」

「起立! 礼! ありがとうございました!」

「ありがとうございましたー」

 ウェインとエルは生徒たちに軽く手を振ると、教室から外の廊下に出た。

 二人、大きく息を吐きだす。自覚しているよりは色々と緊張した。

 同じく教室を出てきたビル先生が二人に声をかけてきた。

「うんうん。相変わらず上出来だよ、二人とも」

「あまり細かいことができたとは思えませんが……」

「それは当然だ。最初からうまくできる人がいたら私の仕事がなくなる。教えていくうちに、こちらも教わることがあるものさ」

 ……アスリー師匠の言葉がダブる。

「それじゃあ職員室に戻ってミーティングと、この前の宿題の答え合わせをやろうか」

「はい」

「わかりました」

 三人は職員室へ行く。三人なので、ブースを使わせてもらった。

 ウェインとエルは、簡単にこの前の宿題の答え合わせをする。記述は色々だ。教科書的なことが書いてある子、独創的なことが書いてある子、自分の経験が書いてある子など様々。だが魔法の術式の問題では、見当違いのことを書いてある子はいなかった。みんな上出来である。

 二人でビル先生に見せる。

「なかなかいいんじゃないですかね。面白い子がいっぱいいる。将来伸びそうだ」

「うん、ウェイン君、その感覚は大切だ。大事にしなさい」

「はい」

 ビル先生は宿題に一通り目を通すと、ノートに色々と記載していく。ウェインもエルもビル先生に提出する予定のノートに、所見などを書いた。

 ビル先生はこちらを見てくる。

「しかしどうかな、二人とも。教員になる気はあるのかね? その気になれば次の学期から副担任として推薦できるが」

 ウェインは軽く首を振った。

「すいません。今はまだ、資格を取るだけでいいです」

「今は、というと今後教員になる予定は?」

「わかりません。ただ、今の私には足りないものが多すぎる。まだ人に物を教える立場にはとても立てません。今はまた旅がしたいと思ってます。旅を通じて、色々なことを学んで……。その後なら、教える立場に回るかもしれませんね」

 その言葉に、エルも同調の肯きをした。

「そうか……まああのアスリーの弟子だ。似てきてもおかしくないだろうね」

「そうだビル先生。アスリー師匠って、旅してるのに学院に籍がありますよね? あれって、何か独自のシステムがあるんですか?」

「ああ。もとはあのアッシュが提言して、最近ではあまり使われなくなった制度だよ。各地の情報収集を通じて己を高め、また各地の人々に魔法を教えるんだ。でも今は旅費なども基本的に出なくなってしまったので、すっかり廃れてしまったが。一時期はそれなりに各地に魔法を伝えた人たちも多かったようだよ」

「その制度って、私も使えますかね?」

「それは私にはわからないな。アーク先生か、古参の誰かにでも聞いてみるといい」

「はい」

 ちょっと、ウェインは心が動かされた。

「それでは次の授業のミーティングだ。残る授業もあと僅かになるので……」


 ビル先生とのミーテイングも、普段よりは上の空のウェインだった。



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