いつもの店で
久々の、いつもの店だ。
まずは6人全員、ビールを注文する。
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「おめでとー!」
ディアはコップ半分ほどを一気に飲んで、
「あー、沁みるわぁ……!」
と恍惚の笑顔を浮かべている。お酒が苦手なエルとモニカは、スローペースだ。
「えっと、筋肉をつけるためにはお肉かお魚を食べればいいんだっけ……?」
「まあざっくりいうとそうだよ、エル。でもバランスも大事で、特に普通の食生活をしていると炭水化物が過剰になる。安くて美味しいからな。だからそこを注意するんだ。肉中心だとビタミンとミネラルも不足するから野菜も摂るよう気をつけてな」
健康的(?)なレーンである。
ウェインは前に六人で集まってトレーニングしてたことを思い出して、言った。
「なあ皆。明日からどうするんだ? ちなみに俺は午前中は教育実習があって、午後は数日間くらいリハビリだ」
エルも言う。
「私も午前中は教育実習で、午後はリハビリじゃないけどウェインと一緒に下半身のトレーニング」
ディアはビールをおかわりしながら答える。
「私は特に用事はないわよ。まあレーンやアヤナのトレーニング相手だと思う」
「俺は剣の道場に行くのと、ディアやアヤナの模擬戦の相手かな」
「私は模擬戦いっぱいしたいけど……まあ数時間ね。貴族にも仕事があるって思い知らされた。手紙書いたりする、くだらないのばかりだけど」
モニカはビールを一口飲んでから、言った。
「私はしばらく座学ですかねー」
ウェインは少し寂しくなった。
「6人で旅に出れたことって、結構奇跡的だったんだな」
「なに、皆の意思が同じなら、また行けるさ。前回は仕事とかの途中でドタバタして、帰ってきてからもドタバタしてるけど。でもこの先、職業が旅人や冒険者になれば暇はいくらでもある」
この先、か。レーンとディアはもう縛りはないが、ウェインとエルはまず教育実習、そして教員試験に受からねばならない。モニカは座学。アヤナはもう卒業に必要な単位数は揃えていて、後は師匠のウェインからゴーサインが出れば卒業できる。
ウェインにとっても、この先の進路は大いに悩んでいることだった。魔法学院で働けば、学院の教員寮にもいられるし給料で近くに部屋を借りてもいい。だがどこかで就職するならば、基本的に魔法学院との縁は切れてしまう。
ウェインとすれば恩義のある魔法学院にいたいが……待てよ。アスリー師匠は旅に出ているのに学院に籍があるのだから(報酬はどうなっているのかは知らないが)、学院に在籍しながら旅をすることも可能なのではなかろうか。今度調べてみることにした。
ウェインはふと思って、言った。
「エルは将来……教員免許を取った後、どうするんだ? 魔法学院に残る? 民間に就職する?」
エルは呟くように返す。
「私も……外の世界をもう少し見てみたいな。ウェインと同じように」
「そっか。そういうのなんとかできないかって、学院に詳しいこと聞いてみるよ」
「本当? ありがとう!」
「いや、俺もエルといるの楽しいし。さて、モニカの座学の見通しはどんなもんだ?」
モニカは得意そうに答えた。
「これでも編入試験、かなり上位でしたからね。今までサボって来ましたけど今度から集中するんで、楽勝だと思います。ただ……例の特例措置は頑張らないと厳しいです」
「ま、焦らずな。お前には時間がまだまだある。仮成人の15歳まで二年もだ。学べることはたくさんあるはずだ」
「はい」
するとアヤナから声をかけられた。
「ウェイン。私の将来はどうなのよ」
そう言われてウェインは多少悩んだ挙句、打ち明けた。
「アヤナは俺がゴーサイン出せば卒業できるが、成績を見たらかなり『貴族用』に盛られてたぞ。魔力も低いが、訓練でまだ伸びると思うし、卒業はまだ早いと思ってる。あまりにも素人を卒業させちゃ、魔法学院の名誉にかかわる」
「うーん、あまり反論できないのが悔しいわね……」
「でもアヤナは剣でも成長したらしいじゃないか。今度模擬戦やろうな。あとこれまで気づかなかったが、アヤナは索敵魔法とかに秀でている。そこらへんのサポート魔法を伸ばせれば、学院の卒業生としても王国騎士としても、恥じない人物になれると思うよ」
「伸びしろ、あり?」
「アリアリさ。むしろアヤナは普段から努力を怠っている。真面目にやれば、そこそこの魔法使いにはなれる素質はあるんだ」
彼女は貴族で、ハングリー精神に欠けるせいだろうか。いや、貴族でも鍛錬を怠らない人は大勢いる。これはアヤナの特性だろう。
また、アヤナには20歳を目途に結婚というイベントが控えているということも考えなくてはならないかもしれない。どんなに魔法学院で頑張ろうが、後は嫁いで子を産み育て家を守るだけだ。そうなればもう学んだ魔法など使いはしない。魔法そのものというよりも、学院の卒業生という肩書きが欲しいのも理解できる。
一方のレーンとディアは、まあレーンが数々の女性問題を引き起こしそうなのは懸念だが、もうラクスに部屋まで借りている。当面はラクスで活動したいとのことだ。
戦士として、またスカウトとしてのレーンやディアの能力は申し分ない。できればウェインは、まだまだ彼らとチームを組んでいたかった。
そう言えば。
そのレーンを圧倒した、ブレーナーのことが脳裏によぎった。
「なあ皆。ろくに反省会もできなかったけど、ブレーナーたちについてどう思う?」
ディアは即答する。
「異常でしょ。レーンと、アリス隊の支援があっても止まらない。もう世界で五本の指に入るくらいの戦士じゃないかしら」
アヤナが言った。
「あの戦いの時、途中までウェインの指揮は私に全方位索敵だったじゃない? 私も火力支援に回ったほうが良かったんじゃないかしら」
「いや、結果的に相手が二人だったからよかったが、あそこで後ろから一人でも二人でも敵に襲われたら、俺たちは挟まれる。前衛が足りなくなるんだ。背後の警戒は必要だよ。もし発見できれば、モニカで対処できるからな。……もっとも、クロスボウか何かで索敵魔法の範囲外から遠距離で狙われてたら、かなり危ない状況ではあったけれども」
ディアは両手を広げる。
「人数差は15対2でしょ? しかもこっちには黒魔法・白魔法・剣術のスペシャリストがいた。それをたった二人で襲ってきて……レオン王国歩兵3名、アリス隊4名がやられた。アリス隊は屋内戦主体だからショートソードと革鎧なのは装備で劣るけど、護衛の歩兵は槍に楯、チェーンメイルまで装備してた。それがあっさりと抜かれたからね……。レーンにも結構深い一撃が入れられたし」
レーンがポツリと言う。
「圧倒的だったな。俺も技術面ではブレーナーには全然かなわなかった。『瞬活』の『ホワイトフィールド』を使って先読みした。それでも俺の鎧が革鎧で軽装で、スピードがあったぶん、細かく間合いを外せることができた程度だ。こちらからの打ち込みは、大抵捌かれてカウンターになったよ」
ブレーナーはレーンに負けない長身で、フィジカルにも優れている。スピードは着ていた鎧で落ちていただろうが……。
「パワーはどうだった? 単純な、力」
「互角ぐらいだが、ブレーナーのほうが多少上だったかもしれない」
レーンが白兵戦の分野でここまで相手を褒めることは、極めて珍しい。
「もし次に戦うことがあったら……ウェインは最低でも上級魔法、できれば極大上級魔法をブレーナーに命中させることが必須だろう。準備に時間がかかるのはわかるが、エルが俺に防御魔法をかけてくれて、俺が防御に徹すれば、なんとなかるかもしれない。……それもやってみなくちゃわからないがな」
ウェインがあの時レーンに指示を出したのは『ディレイ』、相手の進軍を遅らせることだった。レーンだってその時点で防御的に振舞っていたはずだが。
エルが言う。
「アイカ、だっけ。もう一人の女の人。あっちのほうは?」
ディアはひらひら手を振った。
「いや、あっちも達人よ。ほんと私の上位互換。スカウトだから取り回しのしやすいショートソードを使っているんだろうけど、もしロングソードを使えば大抵の兵士はその剣術の前でやられるんじゃない? それにウェインの魔法を妨害したり回復魔法を使ったりしてたから、本当に厄介。場合によっちゃアイカを先に倒したほうが良さそうだけど、多分中級魔法ぐらいじゃかなり防がれて一撃じゃ倒せないと思うわ」
モニカが言う。
「もしファントムとブレーナーが繋がっていたら、一体どうすれば対処できるんでしょうかね?」
「本気で……三人相手に、一個中隊で倒せるかどうかってレベルかもしれないぞ……。ファントムの『爆炎の弓矢』は俺より上の威力なんだから」
「固まってたらやられるし、バラけたらブレーナーが来るわけか……」
皆は大きく、ため息をついた。
その時、またもモニカが声を出す。
「待ち伏せとか誘い込み限定になりますが、なんでしたっけ、アレ。前からと横からと同時に魔法を撃つ戦術……」
「おお、よく知ってるなモニカ。『十字砲火』だ。前にも後ろにも、右にも左にも逃げられないから、巧く連携できればかなりの攻撃力になる」
「ウェインさんが正面として、どこか横に私が隠れてれば、私だって時間をかければ上級魔法を使えます。それで同時に攻撃すれば……」
「うん。一案だと思うよ。だがモニカに割く防衛力がないから、もしブレーナーたちがモニカを狙って突っ込んで来たらモニカは自力で逃げなくてはならない。ちょっとリスキーだね」
「あのブレーナー相手にノーリスクは無理じゃないスか? だからどこかで連携訓練……ああ、私は座学があるから練習できないッス……」
「対策しようにも突破口がないよな」
結局この時点では、ウェインの極大爆発魔法『爆炎の弓矢』をどうにかブレーナーに叩きつけることぐらいの案が出ただけで、終わった。
夕食も終わり、また皆でお風呂に行こうという流れになった。
「あー、この前のキャンペーン、もう終わってるじゃーん」
「ん? どしたディア?」
「街の小さなお風呂屋さんを巡って、スタンプもらうと豪華粗品のはずだったのに。旅に出てたから期限が過ぎちゃった」
「ああ……そう。じゃあ公衆浴場でいいか?」
「いいよ」
ダンベルの入ったリュックを背負い、ふと気づいたが、手首と足首の重りを食事中も外していなかった。いい鍛錬になっただろうか。
一方のエルも苦労してリュックを背負っている。彼女の体重からして、あれはかなり重いはずだ。
「エル、大丈夫か?」
「ええ、平気よ」
全員で公衆浴場に着く。ウェインは今日リハビリで随分汗をかいたので、身体を洗えて満足だった。
ふと気づくと、胸を触った時の痛みがあまり感じなくなっている。肋骨に入っていたヒビが治ってきたのだろうか。明日にでもエルに確認してもらおう。
入浴を終えて、ウェインは服を着た。アンダーシャツに汗が染みている。本当に失敗した……替えの制服は少ないのに。今日も注文するのを忘れてしまったし。
ともあれ。手首と足首に重りを着けて、重いリュックを背負う。
いつも入浴の遅い女性陣を待つために、ウェインとレーンは椅子に腰かけた。
「どうだいウェイン、リハビリのほうは」
「うん。まあ順調だよ。階段を下りるのがまだ少し怖いんだけど、段々とスムーズになった。あと二、三日くらいでバランスとかは戻ると思う。それと筋力はさほど落ちてなかったね。俺の寝た切りは確か三日で、後は少しだけど歩いてたし」
「一緒にトレーニングしてるエルは足腰の強化?」
「そうだね。俺のリハビリが終わったら、階段でダッシュも試してみるよ。短距離で速いほうが戦場では役立つ」
「そうだな」
「それにしてもレーン。本当に、対ブレーナーの考えは他にないのか?」
レーンはため息をつく。
「アレは本気で化け物クラスだったからな……。勝算があるとすれば、相手の女スカウトのアイカ。それと俺とディアのスカウト技術。どっちが先に、敵を発見するかで状況は大きく変わると思う」
「おーい。こっち、お風呂出たよー」
女湯の入り口を見ると、ディアがぶんぶんと腕を振っていた。




