アヤナの愚痴
アヤナ・ワーリス・フランソワーズ。ウェインの第一の弟子である。
ウェインと同じ17歳。長い黒髪を後ろで束ねている。美人でスタイルもいい。
フランクな物言いと、人懐っこい笑顔。老若男女、誰とでもすぐに仲良くなれる女の子。
彼女はレオン王国の貴族フランソワーズ家の四女にして、魔法学院本科生。
魔法の腕前はそこそこ。黒魔法・白魔法のバランスは良いが、中級魔法は扱えないくらいの腕前。そこまで素質に恵まれてるわけでもない。
一方でフェンシングは、小さな大会で一度だけウェインに勝ったこともある程に良い腕前。運動神経も体力もあるほうだ。
活発で、よく言えば運動的。悪く言えばおてんば(名門の姫としては)。
彼女のフランソワーズ家は、王国でもかなりの名門だ。アヤナ姫は四女で地位その他は高くはないらしいが、顔は利くそうだ。
魔法学院側からすれば、貴族へのパイプ役としての意図だろう。育成が成功すればそれでよし。失敗しても痛くない、という認識。
さて。
ディアと模擬戦をやった翌日。ウェインが職員室で書類と格闘していると、そのアヤナがやってきた。
「あ、ウェインいた……」
しかしウェインの隣に、エルが座って二人で一緒に書類作業してる……。
「いえウェイン。こっちは、これ参照の方がいいわよ」
「そう?」
「そうよ」
「でもエルは、いつもそっちを参照してないか?」
「……そう?」
「そうだってば」
「コストに重きを置いてるのかも」
一呼吸置いて、エルは言う。
「そう言えばウェイン。昨日のボクシングジムで、何かあったの?」
「え」
「ボクシングで……それも『当て感』練習じゃしないような怪我してる」
「怪我ってほどじゃないでしょ」
その時、アヤナが軽く手を挙げて声をかけてきた。
「ウェインー。用事、用事」
「ん? アヤナか?」
アヤナは空いていた席に腰を掛ける。一方でエルは少し驚く感じ。顔見知りなのに、対人関係が極めて苦手なのだ。
「おはよ、エル」
「あ、その……アヤナおはよう」
ウェインにアヤナは向き直る、
「用事、あったっけ?
「昨日来たらいなくて。また柔道とかボクシングに行ってたんでしょう。ウェインは私の担当教官なんだから、もう少し弟子に目をかけても良さそうなものだけど」
「アドバイスはしてるじゃないか。錬成と調律を基礎から学び直せって」
「昨日はやったわ。それに今さらって感じだし」
アヤナは美人だし、声も透き通っている。胸は大きいし、腰は細いし、おしりも大きいし……もう外見だけならパーフェクトなのだが。あまり頑張りやさんではなかった。そしてちょっとポンコツ。
黒髪ロング、と言うのはウェインの性癖にドストライクだ。しかし主張しすぎる胸はちょっと……と言う感じもある。控えめな胸が好きなのて。
当然のごとく、本来は礼儀作法も立ち居振る舞いも素晴らしいのだが。
貴族ではない砕けたフレンドリーな口調は、最初に出会った当時にウェインが『堅苦しいのは嫌い』とオーダーしたら速攻で今の状態になった。
ウェインは言う。
「アヤナ。基礎がなってないと伸びしろがなくなるんだよ。ちなみに俺は毎日、魔法の錬成と調律をやっているぞ。特に『調律』は安定して保てないと、魔法の連続使用に関わる」
その、ウェインは基礎を強く大事にしろと言う路線は、エルも聞いていた。
ウェインを敬愛しているモニカなど盲目的……なほどに基礎の研鑽を続けている。彼女なら、そろそろ『先』に進んでも良さそうだった。
しかしアヤナは肩をすくめる。
「そもそも魔法を連続で使用する場面って、ないでしょ」
「昨日、ボクシングの途中で何でもありの模擬戦になってな。初級魔法を連打することになった」
「いやいや、どんだけニッチなのよ。普通、魔法使いは味方に守られるんだから一発一発を強く打ったほうがいいじゃないの。それもできるだけ広範囲に。それで最終的には面制圧を目指す。そう教科書にも書いてあるわ」
「そりゃそうだけど。味方がいない時だって、自分が守る側になる時だってあるだろ。敵が大勢とか」
「んー。私、多分敵と戦わないからなぁ」
アヤナはフランソワーズ家の貴族だ。将来は結婚で箔をつけるために通っている側面もある。
だから『中級魔法』が欲しいのだ……とエルも痛いほど分かっていた。もし普通に『中級魔法』が使えれば、履歴書的には物凄いアドバンテージだろうから。
……でも普通の魔法使いは、次々に高レベルに行くのも分かる。
そうしないのは、愛らしい2番弟子のモニカくらいではなろうか? 彼女はウェインの教えに忠実で、犬っころみたいに可愛い。
ウェインはのんびり言う。
「確かに戦闘能力と、アヤナの将来は関係ないよなぁ」
その言葉にアヤナものんびり言う。
「んー。そうよねぇ……」
「そうだ。ところでアヤナ。卒業の単位は平気か?」
「あ、そのことなんだけど」
アヤナは少し声を落とした。
「ちょっと『課外授業』の単位が足りないの。どうしたらいいかしら」
魔法学院は、通常の授業の他に屋外での行動をも必須としている。
「そうだなぁ……カネはかかるけど、安全性の観点ならどこぞのギルドの人たちとピクニックに行くだけで単位は出るが、どうだ?」
危険を冒したくない学院生のために。色んな組合が主催し引率して、少しだけ危険な場所の見回りを行う、ツアーのようなものがある。ディアが言っていた『冒険者ギルド』も、下請けに出ていたはずだ。金銭的に多少値は張るが安全ではある。
アヤナは悩んでいる。
「んー。それって成績証明書にも書かれるわよね? フランソワーズ家として、あまり下手なことはしたくないのよね。履歴書的な、名誉的な意味で」
ウェインは肯いた。もともとの目的は『危険な場所に行って色々体験をする』なのに、『完全な安全を保ってから、危険な場所をツアー見学した』でも良くなっている。意味合いが逆だ。学院でも形骸化しているけれど。
……しかし履歴書的なのは普通の魔法使いにはどうでもいいのだが、アヤナの立ち位置を考えれば、そうさせたくはなかった。
「じゃあ『戦場視察』がいいかな」
「戦場視察?」
「数週間前から。レオン王国と、東のニール王国との間で、国境線上でのいざこざが起きている。レオン王国はこれまで連戦連勝してるし、総力戦ってわけでもない。それを視察する依頼が来ているんだ。学生は後方で支援業務を行う。『普通学校』の『軍事教練』に近いが、魔法使いたちは前線に出ることはない。安全さで言えばこっちもいいかも。響きは素敵だし」
「んー……私、『普通学校』に行ってたけど軍事教練は受けたことないわ」
アヤナは貴族だ。貴族なら教育は学校ではなく家庭教師なことが多いのだが。
エルは軍事教練から学院に来て、この若さで白魔法は学院最高峰なのだが、ウェインの陰に隠れてあまり目立ってない事情があった。
一方のアヤナは(何故か)嬉しそうな瞳をする。
「でも私、軍隊の訓練は受けたし。レオン王国の軍籍と階級とかもあるわ。ほとんどが書類上のものだけど」
「そうか。じゃあなおさら実際の戦場を見るのもいい経験になると思う」
「ウェインもそう思う? 実はこの前エルとも話したんだけど、エルも『課外授業』の単位が足りないらしいのよね」
エルはコクコクと頷く。
「私の場合は他の単位は全部あるし、『課外授業』はなくても困らないんだけど……やっぱり、学院の理念を考えると……って」
エルは極度の人見知りで、あまり他人と交流できない模様。だから師匠のもとについてない。
……。ウェインは『アッシュの再来』と言う二つ名がついている(実はアッシュさんのことは、あまり知らないが)。学院最高峰の黒魔法があるからだ。名前も売れてるし、今のレオン王国では人気者BEST10に入るのではなかろうか?
逆にエルは目立たない。彼女も彼女で、学院でも上澄み中の上澄みだ。しかし成績が良い……程度では、世間も評価しにくいはず。
そして極端なインドア派。体育の授業では止まっているサッカーボールを空振りしたり、遠投の試験では地面にボール叩きつける人種である。
さらにエルは『遠投の試験なのに、何故か数字がマイナスになった』と言う伝説も持っているらしい。
ともあれ、師匠のもとについておらず、同年代のウェインに隠れてしまったのは、不幸なことだろう
そのでアヤナは続ける。
「で、色々と他の先生に戦場視察・後方支援の話をされて少し考えてる途中で」
「そうか。アヤナもエルもか。……手っ取り早いのは確かだ。何なら三人でニール王国との国境線まで行くか? 単位とは別に民間からも回復魔法使いを募集してたから、アヤナとエルなら歓迎されるだろう」
「回復魔法? 怪我した兵士の傷を癒やしたり? 私のレベルでも大丈夫?」
「多分。民間に募集かけてるくらいだし。基本は後方で行われるから安全だ。乱戦になれば危険だが今回は国境での陣取り合戦だから魔法使いが前線に出されることはないはずだ」
「へぇ、いいわね。学院で基礎やってるより面白そう」
アヤナの冒険心に火がついたようだ。
「ねえ。エルはどう?」
「うん。どのみち単位になるなら……」
ウェインは大きく頷いた。
「なら行ってみるか、アヤナ? エル? 今日中に書類出せば、明後日には出発できる。数日後にはニール王国との国境線に到着するはずだ」
ウェインも資格のための、『教育実習生としての』課外活動の単位が必要だった。
「あら。やけに急ぐのね」
「国境線上でのいざこざだからな。早く行かないと戦争が終わってしまう。あと俺が受け持っている授業もあまり休みたくはないし」
「そっか。じゃあ行ってみようかな。装備とかは後でウェインが見て確認してくれる?」
「いいよ。後はエルだが……」
エルはこくこくする。でも不安そうだ。
「私。外行きの装備を知らないし、持ってないわ」
「じゃあメインはレンタルでいいだろう。なに、レオン王国の領土内だ。たいして必要はないさ」
「そうなの?」
「ああ」
エルは、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「良かった。私、ピクニックの装備もなくて……」
確かに。そんな人種ではないと思った。
ウェインは、アヤナに手をひらひらさせた。
「じゃあ、アヤナ。俺はとりあえず、エルのメインを揃える。アヤナも色々揃えて、それからエルに教えてやってくれないか?」
「いいわよ」
「じゃ、その時は頼んだ」
立ち上がって、片手を上げるウェイン。アヤナも片手を上げて、ひらひらさせた。
釣られるように、エルも手をひらひらさせる(実際に釣られたんだろうが)
アヤナはその手を下ろしながら……
「ばーか」
つい悪態をついた。
アヤナにすれば、アヤナこそがウェインの一番弟子だ。一番に考えてくれてもいいのに。なのにウェインの興味は進路だのスポーツだのエルだのに向いている。
アヤナはそれが少し面白くなかった。
「……ばーか」




