ディアとの雑談
「ねえウェイン、この後少し時間ある?」
ディアの言葉に、ウェインは肯く。
「うん。少しならあるけど?」
「ちょっと話そうよ。今の模擬戦の話とかさ」
ウェインが有名になるにつれ、女性からのお誘いは多くなってきていた。出会って何もしていないならウェインは断っただろうが、模擬戦をやった仲だ。ウェインは頷いた。
「いいよ。じゃあ身支度してから集合な」
ウェインは水浴び場で汗を洗い流した。こういうときは水資源のあるラクスであることが嬉しい瞬間だ。水資源が戦争の原因になる国も、珍しくないのに。
「ふぅ」
魔法学院の制服はやや目立つが実戦的なことこの上ない。護身用のナイフを腰の後ろに差した。
その上にマントを羽織る。これは魔法学院のものではない普通の、しかもややボロいマントだ。魔法使いが魔法使いだと喧伝するのは、戦略・戦術上よろしくないため。
身支度を終え、ジムの入り口にてディアを待つ。女の支度は長いと相場は決まっているが、ディアはそこまでウェインを待たせなかった。
「やー。んじゃ、行こうか」
髪型も変わらずで、見た目はボクシングウェアから普通の洋服になったことぐらいか。活発的な服装ではある(ウェインはその服を何と呼ぶかの知識はなかったが)。
テキトーな感じの革の上下のジーンズをざっくり着込んでいる。いや上下ジーンズの人間もいるはずなのだが、彼女の着こなしというか何というか、やはり活発的だ。
彼女も後ろの腰にナイフを差して、後は手持ちのバッグを無造作に肩にかけている。
ディアは言った。
「ウェインはお酒行けるクチ? 酒場にでも行こうよ」
「大丈夫さ。任せるよ」
ボクシングジムを出て通りを何本か通り過ぎる。まだ夕方なため子供の声も多くする。平和だ。ラクスは平和で裕福な街なのだ。
「ここ、ここ。最近行きつけなの」
ディアが選んだ店は、大通りからやや離れた所にあり治安も悪い方に入る一帯だった。ただし値段が安いという最大級のメリットはある模様。
「こんちはー」
「おやディアちゃん、男連れとは珍しい」
「マスター。ま、そんな時もありますわな。とりあえずビール二杯ね。あと……運動の後には肉を取るべきだそうよ。そういうわけでマスター、お薦めの肉料理二つね」
このレオン王国では15歳で仮の成人扱いだ。飲酒や喫煙が行える。厳密に、法的には『仮成人』と呼ばれる期間。
意外と広い店内のカウンター席に、ディアとウェインは座った。時間が早いせいか、まだ客はあまりいない。ほどなくビールがそれぞれ出される。
ディアは嬉しそうに、うずうずしている。
「んじゃ、出会いを記念して、かんぱーい」
「かんぱーい」
ビールを口につける。運動で乾いている身体に染み入るようだ。
ディアはお酒が入って、さらに嬉しそうに言う(ただこの人は、いつも嬉しそうではある)。彼女は言った。
「ウェイン、体術凄かったね」
「そう?」
「前半、私も手加減してたけど。ハイキックを避けられたのは想定外だった」
「いやアレ、わりと偶然だった」
「魔法使いのくせに動きにキレがあるんで驚いたよ。アレだけ動ける魔法使いってそういないと思う。少なくとも私が見た中じゃ初」
「ありがとう」
ディアは少しポニーテールがしょんぼりしている。
「それにしても驚いたわぁ。魔法があんな速度で連射できるなんて」
「普通は連射すると威力まで落ちちゃうんで、やらない……と言うかやれない人が多いかな」
ディアの目が少し鋭くなる(顔はふにゃふにゃしたまま)。
「あとウェインって歩き回りながら魔法使ってたよね? ダッシュした時も。リングの中を、こう、無造作に歩いていって。私はあの時『消えた』とか『消え続けてる』って感覚だったんだけど」
「でも実際には目で追えて、そして追え続けていたはず」
「魔法って……あんなのできるの? 動きながらボール投げるようなもんでしょ。実戦で使えるん?」
ウェインは少し考えて……
「少し企業秘密なトコもあるけど……。元の命中力が高ければ、歩きながらでも走りながらでも撃てる。ただ全力ダッシュだと命中率も少し落ちるし、疲れるし、何より目立つ。だから俺は、魔法を撃つたびに少しずつ位置を変えるくらいの移動を多用してる」
「すげー! 惚れそう」
「他の魔法使いが、そういう訓練しないだけでしょ」
「でもさ。やっぱりウェインでも、単発なら止まった方がいいの?」
「もちろん。命中力の問題もあるし。遠くの目標を精密射撃するなら停止しないと無理だ」
「流石はウェイン、伝説の魔法使い『アッシュ』の生まれ変わりね」
「『生まれ変わり』じゃなく『再来』な」
「おぉう、ごめん。じゃあさ、じゃあさ。ウェインの魔法がめっちゃ速いのと連打できたのは?」
ウェインは肯く。
「出力を速度に回して、あと魔法は『高速詠唱法』を使う。幾つかの条件が揃えば、短時間で準備から発動までできる」
「それって高位の魔法使いなら誰でもできる?」
ウェインは軽く否定した。
「いや、誰でもは無理だな。速さを取ると火力が出なくなるから。むしろ、あまり実用的ではない、とされるくらい」
「ふーん……」
ディアがビールに口をつけながら言った。
「えっと。実はさぁ『スタイナー流格闘技』についてなんだけど」
ディアはそこで一度言葉を切った。
「憶えてる?」
「あぁ、憶えてる。いい流派だと思うよ。俺の魔法の連打に対して、その門下生は一歩も退かなかった」
「実はアレ、本業は剣とか弓の武器を使った戦術なのよ」
「へぇ……そのわりには素手で戦えていたな」
ディアもコクコクと頷く。
「素手の時バージョンもあってね。それで試してみたんだ。それでさ、アレに、魔法の対処とか魔法そのものを組み込もうと思ってるのよ。ウェインはどう思う?」
シンプルな肉料理がカウンターに二つ出された。ウェインもディアもそれを口に運ぶ。
「いいと思う。『魔法』の対処がある格闘技は少なかったし」
肉料理が美味しい。ウェインは続けた。
「実はディアがやってた『魔法パリィ』は、魔法使いにとっては厄介だ。大きな魔法を多少なりとも受け流されたら、戦況が逆転するかもしれない」
「やっぱり? それを聞きたかったんだ。私さ、この国に来て相棒と一緒にこのレオン王国で、いわゆる『冒険者』としてやってこうと思ってるんだけど」
いわゆる『冒険者』。簡易な戦闘を含む、雑務をこなす人々だ。軍隊や警察が動かないような小さな出来事から、調査、見回りなども行う。
『いわゆる』なのは、レオン王国では多くの土地を人間が把握しているので、もう既に冒険の概念などは消えているから。ただの名残である。
「あそこってもう、レオン王国じゃあまりスリリングじゃないと聞いたぞ」
一応『ギルド』なるものはあるのだが、ウェインは興味もなかったので行ったことはなかった。
「でもそれって食べていけるの? 大きい力なら軍隊だし。小さい事件はカネの面で実入りがよくないと思う」
「いあぁ。他に食べていける仕事がないでごわす」
(え? 方言? 本気? なにかのジョーク?)とか思うウェインだったが。ディアは言う。
「ま。この国でやることもあるかも、なので。ツナギとしてって感じ」
「ふぅん」
ディアは話題を変えた。
「あとさー、ウェイン。私の魔法、さっきのレベルでも通用する?」
「もちろんだよ。ディアなら多分、かなり高位の魔法使い相手でも通用すると思う」
「にゃはは☆ お墨付きは嬉しい」
「むしろ俺の方が聞きたい。こっちは今ショートソードに転向中だが」
ディアがぽやーんとする。
「『転向』? もとは何なの?」
「フェンシング。腕はそこそこあると思う」
するとディアは首をひねった。
「んー、ウェインのフェンシングの間合いに入れる人ってだけで限られちゃうと思うけどね。乱戦も……そうなる前の時点で対処されそうだし」
そして続ける。
「でも私の視点からすると。フェンシング相手なら、目と喉だけ守って、刺されてもいいやって捨て身で突撃することを考えるかも。だから転向自体はいいと思うよ」
「そうか」
「ねえ。『スタイナー流格闘術』の創始者、私の義理の兄さんなんだけど、レーンって言うの。彼なら的確なアドバイスができるかもしれないわ。ショートソード巧いし」
「おぉ。アドバイスしてくれるのか?」
「代わりに魔法関係のことも教えてくれるなら、双方にとってメリットじゃん?」
「そうだな。話を通しておいて欲しい」
ディアはコクンと頷いた。もう互いに出された肉料理は片づけている。
ウェインは残ったビールを飲み干した。ディアが言う。
「わかったわ。あの人まだこの国に来てないんで、それからだね」
「そうなのか」
「部屋がまだ決まってないけど、落ち着いたら、私達から一度ウェインに会いに行くよ。魔法学院に行けば会えるんでしょ?」
「ああ。その場では忙しいかもしれんが、夕方以降や夜になら大抵ヒマになる」
ディアは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ約束ね。互いにアドバイスするの」
「ああ」
「絶対だよー☆」
赤茶けたディアのポニーテールが嬉しそうにしていた。
ディアは今日これから国外にいる仲間と合流しに行くというので、その酒場ではビール一杯と肉料理、そしてつまみ一皿で別れることになる。
ディア・スタイナー。
彼女はパンチもキックも、魔法も。色々と扱える優秀な人だったけど。
とても気さくで。
そして『ふにゃふにゃして楽しそうな人』と分類していた。




