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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス
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アヤナの愚痴

 アヤナ・ワーリス・フランソワーズ。

 ウェインの第一の弟子である。

 ウェインと同じ17歳。長い黒髪を後ろで束ねている。整っていて透き通った顔立ちに、綺麗な声。中肉中背で、出るトコは出て細くあるべきとこは細い体型。立ち居振る舞いもしっかりしている。まあ要するに美人でスタイルもいい。対外的にはしっかりした態度も取るが、仲間うちでは砕けていて年相応……どころかかなり楽しい感じの少女だ。

 これはこれで、またエリストアと違った可愛さ・可憐さがあるのだから、女性という存在は不思議だ。


 彼女はレオン王国の貴族フランソワーズ家の四女。姫君にして、魔法学院本科生。

 魔法の腕前はそこそこ。黒魔法・白魔法のバランスは良いが、しかしギリギリ中級魔法は扱えないくらいの腕前。素質に恵まれたタイプではないので、能力がすぐに頭打ちになるのが彼女の悩みだ。

 フェンシングも学んでいて、大会で一度ウェインに勝ったこともある程度には腕は良い。運動神経も悪くはなく、体力も女性にしてはあるほうだ。

 活発で、よく言えば運動的。悪く言えばおてんば(名門の姫としては)。

 この『素材』をどう伸ばすのかも、ウェインの魔法学院における仕事になっていた。


 決して『逸材』ではない。フランソワーズ家は、王国でもかなりの名門ではあるがアヤナ姫は四女だ。さらに元・奴隷の子供だそうで、貴族として家での序列は高くないらしい。

 魔法学院側からすれば、貴族へのパイプ役としての意図だろう。さらには育成が成功すればそれでよし。もしウェインの育成が失敗しても痛くない、という程度の認識だろうか。


 さて。

 ディアと模擬戦をやった翌日。ウェインが職員室で書類と格闘しているとそのアヤナがやってきた。

 職員室は数人の教師やスタッフがいる。しかし……ウェインは教員ではなかったはずだが(まだ教員免許は取れていない)、いつの間にか席がある。不思議だ。

「あ、ウェインいた」

「ん? アヤナか?」

 彼女はいつもの、綺麗な黒髪ロング。それはウェインが好きな髪型・髪の色だった。とても綺麗。

 一度、アヤナに『その髪、何か手入れみたいなのしてるの?』と聞いたことがあったのだが、アヤナは肯いて『うん。でも普通だよ』くらいに返してきた。……ウェインにはそれがどういうことかは分からなかったが、詮索するのも悪いかなと思い、それ以上は聞いていない。


 そのアヤナは職員室の、空いていた席に腰を掛ける。やはり、割とお姫様っぽくない言葉遣いと行動だ。完全に普通の少女である。だが公の場では、彼女はとても凜としていることをウェインは知っていた。

 アヤナは少しむくれた感じで言ってくる・

「昨日来たらいなくて。また柔道とかボクシングに行ってたんでしょう。ウェインは私の担当教官……と言うか師匠なんだから、もう少し弟子に目をかけても良さそうなものだけど」

「アドバイスはしてるじゃないか。錬成と調律を基礎から学び直せって」

「昨日はやったわ。それに今さらって感じだし」

 アヤナは美人だし、声も透き通っているし、胸は大きいし、腰は細いし……もう外見だけならパーフェクトなのだが。あまり頑張りやさんではなかった。そしてちょっとポンコツ。

 貴族ではない砕けたフレンドリーな口調は、最初に出会った当時にウェインが「堅苦しいのは嫌い」とオーダーしたら速攻で今の状態になった。ON/OFF的な切り替えは抜群な模様。


 ウェインは言う。

「アヤナ。基礎がなってないと伸びしろがなくなるんだよ。ちなみに俺は毎日、寝る直前まで魔法の錬成と調律をやっているぞ。特に『調律』は安定して保てないと、魔法の連続使用に関わる」

 アヤナは肩をすくめた。

「そもそも魔法を連続で使用する場面って、ないでしょ」

「昨日、ボクシングの途中で何でもありの模擬戦になってな。初級魔法を連打することになった」

 アヤナは軽く片手を振る。

「いやいや、それってどんだけニッチなのよ。普通、魔法使いは味方に守られるんだから一発一発を強く打ったほうがいいじゃないの。それもできるだけ広範囲に。それで最終的には面制圧を目指す。そう教科書にも書いてあるわ」

「味方がいない時だって、そして自分が守る側になる時だってあるだろ。敵が大勢とか」

「んー。私、多分敵と戦わないからなぁ」

 アヤナはフランソワーズ家の貴族だ。将来は普通に結婚するのだろう。そのため、履歴書のような肩書きが欲しくて魔法学院に通っている。少なくとも、大多数の人間はそう見ている。


 ウェインは少し考え込んだ。

「まあ確かに戦闘能力と、アヤナの将来は関係ないよなぁ」

「自分で言っておいてなんだけど。そうなのよねぇ……」

「ところでアヤナ。単位は平気か?」

「あ、そのことなんだけど」

 アヤナは少し声を落とした。

「ちょっと『課外授業』の単位が足りないの。どうしたらいいかしら」

 魔法学院は、通常の授業の他に屋外での行動をも必須としている。

「そうだなぁ……カネはかかるけど、安全性の観点なら『冒険者』……ユリパだっけ? とピクニックに行くだけで単位は出るけど。どう?」

 危険を冒したくない学院生のために、そこそこ強い人たちが主催し引率して、少しだけ危険な場所の見回りを行う、ツアーのようなものがある。金銭的に多少値は張るが安全ではある。

「うーん。それって成績証明書にも書かれるわよね? フランソワーズ家として、あまり下手なことはしたくない。名誉的な意味で」


 それはそうだろう。色んな事情がある。貴族の立場なんてウェインに分かるはずもないが、何かしらで大変なんだろうなぁ……くらいは想像できた。

 ウェインは言う。

「じゃあ戦場視察がいいかな」

「戦場視察?」

「数週間前から。レオン王国と、東のニール王国との間で、国境線上でのいざこざが起きている。レオン王国はこれまで連戦連勝してるし、総力戦ってわけでもない。それを視察する依頼が来ていたはず。学生は後方で支援業務を行う。普通学校の軍事教練に近いが、魔法使いたちは前線に出ることはない。安全さで言えばこっちもいいかも」

「んー……私、普通学校に行ってたけど、普通学校の軍事教練は受けたことない」

 アヤナは貴族だ。教育は学校ではなく家庭教師なことが多いようだが。庶民派なお姫様である。


 そのアヤナは続ける。

「でも私、一応貴族だから軍隊の訓練は受けたし、レオン王国の軍籍と階級とかもあるわ。ほとんどが書類上のものだけど」

「そうか。じゃあなおさら実際の戦場を見るのもいい経験になると思う」

「ウェインもそう思う? 実はウェインを捜してる時にエルに会って、エルとも話したんだけど、彼女も『課外授業』の単位が足りないらしいのよね。で、色々と先生に戦場視察・後方支援の話をされて少し考えてる途中で」

「そうか、エルもか。……まあ手っ取り早いのは確かだ。何なら三人でニール王国との国境線まで行くか? 単位とは別に民間からも回復魔法使いを募集してたから、アヤナとエルなら歓迎されるだろう」

「回復魔法?」

「怪我した兵士の傷を癒やす。基本は後方で行われるから安全だ。乱戦になれば危険だが今回は国境での陣取り合戦だから魔法使いが前線に出されることはないはずだ」

「へぇ、いいわね。学院で基礎やってるより面白そう」

 アヤナの冒険心に火がついたようだ。

「面白いかどうかは知らんけど」

「ウェインがガードにいれば安心だし」


 ウェインは考えてから返す。

「なら行ってみるか、アヤナ? 今日中に書類出せば、明日か明後日には出発できる。数日後にはニール王国との国境線に到着するはずだ」

 ウェインも資格のための、『教育実習生としての』課外活動の単位が必要だった。

「あら。やけに急ぐのね」

「国境線上でのいざこざだからな。早く行かないと戦争が終わってしまう。あと俺が受け持っている授業もあまり休みたくはないし」

「そっか。じゃあ行ってみようかな。装備とかは後でウェインが見て確認してくれる?」

「いいよ。後はエルだが……」

 アヤナは頷いた。

「さっきはラウンジにいたわ」

「ありがとう。話をしてくるよ」

 立ち上がって、後ろを向いて。ウェインは職員室を出て行く。

 片手を上げるウェイン。アヤナも片手を上げた。


 その手を下ろしながら……

「ばーか」

 つい悪態をついた。


 アヤナにすれば、アヤナこそがウェインの一番弟子だ。一番に考えてくれてもいいのに。なのにウェインの興味は進路だのスポーツだのエルだのに向いている。

 アヤナはそれが少し面白くなかった。

 なんだかさっきも、少し嬉しそうだったし。

「……ばーか」




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