今後
アリス隊のミーティングスペース。ミュール中尉が言う。
「ウェイン中尉。『神』とか『魔王』が、『言語』に近いと言うのは……? いえ、レオン王国の、神様同士の殴り合いリーグ戦とかは別にして」
ウェインは肯く。
「はい。先程も言いましたが、それは言語の壁を越えて『共有』『されません』。必ず『言語』が先に来ます。その後に『神様』が来ます。この順番は変えようがありません」
「そうです……ね」
「私が、いわゆる『一神教の、唯一神』を受け入れにくいところは、そこです。例えば私より何代か前の、私の家族は、きっと善良だった。少なくとも私よりは善良であった……と思います。しかしそれでは、私より前の時代に生まれてきたという理由だけで、私の祖先は天国に行けない。つまり地獄行きだ。……そんな神様はあまりに無慈悲すぎる。そっちが来ないのに、こっちが地獄行きなのか。それは残酷で傲慢だ。そもそも全能の唯一神ならこっちの人間側の全員に、瞬時にテキトーに通信とかして何かすりゃいいのに」
ウェインは少し言葉を切った。『神』を決して貶したいわけではなかったので、少しおどけた感じにした。
「コレでは神様側が、何かしら人間の法律に引っかかるような気がします」
案の定というか、真っ先にディアがコッソリ言う。
「霊感商法?」
一方のエルは小首を傾げる。
「『預言者』が特殊で優遇ってことで……独占禁止法違反かな?」
アヤナは淡々と言う。
「通信の問題やら、生み出される『言語』やら。もう製造物責任法ではないかしら?」
そこにモニカは軽く肯く。
「労働基準法とか」
そしてアスリー師匠も目を閉じて肯いている。
「環境破壊法案とかもだな。……いや、こう言う時、これをテキトーに言えばまずハズレはない」
そんなウェイン隊に、少しアリス隊が横で言っている。ミュール中尉だ。
「アルテナ大尉。ここで何か発言できねば、聡明とされるアリス隊の名折れ。さあ、何か『神』が引き起こした何かの法律を!」
アルテナ大尉は少しオドオドしてから……。
「いっそ、民事でも行けるんじゃないかなー、と……」
「……」
ウェインは続けた。
「もともとが一つの『神』を抱き、その『神』を起源とし模範とされた『人間』だ。その人間が最も『神に近い』。それ以外は『そうでもない』。……こんな考えを頭の中で組み上げた時、私は一つの言葉が思いつきました」
一瞬、誰もが息を飲んだので、ウェインの声はよく通った。
「『優生思想』」
思った通りというか、ファルが片手を上げる。
「うぇいに、『ゆーせーしそー』って何? 学校で聞いたことある」
フェイも少し気を張っている。
「それって、人類が侵した危険思想……みたいに聞いたわ」
だがウェインは軽く両手を振る」
「別にそんなんじゃないよ」
モニカが瞳をくるくるさせる。
「あれ、そうなんですか? なんだかヤバげの考えみたいに聞きました」
「変な人たちが変に使っただけ」
エルが呟くように聞いてくる。
「『進化論』的には優生思想も溶け込んでいない……と聞いたことがあるけど、どうなの? 私は詳しく知らないわ」
「曲解ってのが主流みたい。優生思想では『進化論』を肯定できないらしいし。適所に対応する……と言うのが進化論だけれども」
ウェインは、ソフィア特務伍長に向き直り、彼女の目を見て言った。
「ソフィア特務伍長。我が友人レーン・スタイナーは、女性のおっぱいの大小により、『進化論』に一つの仮説を提示していました。……このことはレオン王国の公式文書に残しておいてください」
ソフィアはコクコク肯く。
一方でアスリーは言い放った。
「ウェイン。お前は鬼畜かよ」
ディアがウェインの目を見て質問する。
「ウェイン。『優生思想』って、結局ヤバいコトなんじゃ?」
ウェインは首を振る。
「例えば食物の品種改良がある。あれは優生思想」
「おぉっ」
「よい牛肉を育てる……とかも『優生思想』だけど、もっと、ぶっ飛んでるのは競走馬だろう。かなり先祖まで遡るし」
アヤナは何度か肯いた。
「そうね。血統書あるし。馬も交配考えるし」
ウェインも肯いた。
「結局は、やり方だと思う」
そう言ってから、少し声を落とす。
「ただ、つまり。その『やり方』を間違えた時。かなり酷いことがあるかもしれません」
声を落としてしまったのが、逆にマズかったのか。全員が無言でウェインの方を向いた。
そこでウェインは軽く肯いた。そして続ける。
「これで、その『神』が一人だけであり、皆がそれを望んでいるなら、いいことです」
さらに続ける。
「それなら、その『神』は『最高神』です。それなら恐らく、人間は『神様の形を似せた』とか『神様の意思で造られた』とかの解釈になる。それなら、本当にいいんです。でも異国の『神』や亜人の『神』なんかで『神』がバラけてしまっていたら。例えば容姿が少し違うだけでも仲間内から、『お前らはどうでもいい存在』とか、『お前の身体は誰にも祝福されてない』とか、そんな感じの言葉が飛んでも、おかしくはないと思います」
エミア少尉が軽く叫ぶ。
「そんな! ウェイン中尉、レオン王国国民は、そんなこと言いません! 宗教体系だって異なりますし」
「……エミア少尉。それですよ。もしそこで『優生思想』が出たらどうなるでしょう。もし母親が、自分たちとは肌の色が違う褐色の人種を産んだ時。母親から、父親から、そして村人から。あまり好意を向けてもらえないでしょう。いえ嫌われるでしょう。なんなら『自分たちとは異なってるヘンな人間だから、いじめていい』……と排除されても」
エミア少尉は首を振る。
「ウェイン中尉。それは違います。レオン王国は高度に教育されて、多様な価値観を持ち、そして文化的です! 幾多の『亜人』をも味方につけ、魔法を使いこなし、家庭にも財政的なゆとりもあります。そんな国の民が、どうして、どうしてそんな卑劣なことをするでしょうか!? そんなのわからない! やる理由もないです!」
エミア少尉。この人は……確か以前、誰かに『ウェインに気がある』とまで言われた。それをどこまで信じるかはともかく。やはり、わざわざ嫌われたくはない。
なのでウェインは少し抑えた声で、ファルの方に手を向けた。
「そこに似た境遇の女の子がいるので、少し聞い……」
と、そこでギョッとした。
周囲の全員も完全に動きが止まった。
……ファル・マイネトが。うずくまって泣いていたから。
「ぅう、う、あ、あ、あ、……ああ、ああ……!」
地面にしゃがみこみ、震えて。嗚咽を殺そうともせず。しかし、それでも震えて。
「あ、ぅあ、あ、あっ、あ……!」
泣いている……その場の全員が、それはわかった。それがウェインが言ってた『概念』のせいだと。
一人の少女が、泣いていた。
しかし正直、誰も、ファルのことをよく知らない。出会ったばかりだし、過去のことは詳しくはない。彼女の普段のキャラではない……とは思っていたが。
ウェインは、自分では何もできないだろうな……とある意味では達観していた。当然だ。自分もファルのことをよく知らない。昔、村で少し仲良くなった程度の認識だったからだ。
だが片膝を付いて、彼女を軽くハグすると。
ファルがウェインの首に、思い切り抱きついてきた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃんだ! お兄ちゃん! お帰りなさい! お兄ちゃん!」
「ファル……お前?」
「お兄ちゃんだけだもん! 私の味方だったのって、お兄ちゃんだけだったもん!」
「ファル……」
「いつも、私が悪いから否定されるんだ! いつも、自分に価値がないから誰にも必要とされないんだ! ずっと一人だったし、ずっと皆の顔色をうかがって! それでもみんな信じられない! 信じられるのはお兄ちゃんだけだもん!」
嗚咽と、軽い叫び声と、鳴き声と。
急なファルの『豹変』に誰もが驚いていたが。
ウェインは少し……冷静だった。
やはり。そもそもファルとはたいした仲ではない。そりゃ会えば挨拶や会話もしただろうが、別にベッタリの親友というわけではなかった。
しかしファルは一方的にウェインを好いている。そもそもアリス隊の基地まで出向いてきたほどの人間だ。……長年の気持ちの支えとしては、かなり一方的だ。
ハッと、思う。
特に確信はなかったのだが……いや確信していた。
ゆっくりファルの、左側の袖をまくる。
その左手首に、ズタズタの刃の傷跡が幾つもついていた。
「ばか」
「ごめんなさい、お兄ちゃん。ごめんなさい……!」
ファルはウェインの首に抱きついたままだ。顔を上げず、延々と謝罪をしている。
誰も動けないその現場で、軽くアスリーが前へ進んだ。いつもの声色ではなくトーンが抑えられている。
「ウェイン。そういう子には……」
「わかっています、師匠。あまり踏み込みはしません」
自傷行為に限らず、色々と社会的によろしくないことを繰り返す人がいる。それへの対応は民間人では難しいらしい。
ウェインにはわからなかったが、精神科とか心療内科とかへ連れて行くべきだろう。
そこで、少し重いトーンで。ウェインはファルに聞いてみた。
「ファル。お前、なんか麻薬やってるか?」
ファルは泣きながら肯いた。
「はいお兄ちゃん、ごめんなさい……」
「種類と量は?」
「マリファナを。少しだけ……」
「売ったり買ったり転売したりは?」
「マフィアから買うけど、転売できるほどおカネはないよ……。ごめんなさいお兄ちゃん」
「常習的に何か使ってるとかは?」
「毎日頭が痛いから、毎日痛み止めを」
顔を伏せたままのファルだ。
「今日もか?」
「今日は……凄くいっぱい」
「なんで」
「……」
軽く首を振って拒絶するファルだ。アスリーがウェインの肩を叩く。
「ウェイン。ファルの今後は、またの話にしよう」
「そう……ですね。わかりました」
するとエルが軽く片手を上げた。
「紹介状なら書けるわ。この中では、私が最も『強い』紹介状が書けると思う」
ウェインは少しの笑顔でエルに返した。
「ありがとうエル」
それからウェインの首に抱きついているファル。彼女の背中をぽんぽん叩いてやる。
「ファル。俺は少しだけ、お前の協力ができる」
「お兄ちゃん……!」
「とりあえずは一緒にグロリア村に行くぞ。実家の支援を可能な限り受けろ。他にも、必要なら入院の承諾も必要になるかもしれない。色々と許可を、取れるだけ取る」
ファルは少し顔を上げる。
「お兄ちゃん、私、大丈夫だから……」
「それは俺でなく医者が判断する。分かったな?」
ファルはコクンと肯いた。ウェインが立ち上がると、ゆっくり抱擁を解いてくる。
「お兄ちゃん……その、私、ちょっとトイレ行ってくるね……」
エミア少尉が言う。
「ファルさん。誰か人を付けますか?」
「平気。……私、やっぱりお兄ちゃんのことが大好き!」
涙を拭きながら、一旦、部屋を退出するファル。
ソフィア特務伍長が、事務的に呟いた。
「申し訳ありません。記録するのを忘れていました」
ディアが、にゃは☆とか笑っていた。
ウェインも軽く笑った。
「アルテナ大尉。アリス隊は良い訓練をされているようで」
「いえいえ……揉み消すのが上手いだけかもしれません」
ウェインは言う。
「さて、と。うっかり『言語』からのほうの話題をしちゃったけど。『悪魔』……少なくとも『ファントム』に対する、俺の考え。これを言おうと思う。……アスリー師匠も、コレが本命だったんでしょ?」
アスリーも肯く。
「うん。ここらへんは、どうしてもさ。ウェインと『ファントム』が戦った時のことがあるから」
「分かってますよ師匠。では、まず……」
ウェインはあまり重くならないよう注意し、言った。
「今後、多分。各地で悪魔が多く出没するようになります」




