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天と蟲  作者: 黒崎一樹
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家畜 4

 夜、目をつむると開けた時には朝になる。俺が、就寝してる間にも世の中は、息をし稼働する。だとすれば自分のような人間一人が息をしなくても良いのではないかと思うことがある。今でも世の中の多くの人達が、生死を繰り返し地球は整った風に循環を行っていく。


 静かな夜から、朝のうるさい農機具のエンジン音で起きた。横に寝ていた天音の姿は消えており、慌てて上体を起こし、俺は天音の寝ていた敷布団に、手をあて温もりを感じた。どうやら先程まで寝ていたのであろう。枕からは、天音の髪の匂いである昨日使用したシャンプーの匂いがした。俺は、何故か少しホッとした。

 

一階に降りると、畑の方から農機の駆動音がするのでそこに歩み寄る事にした。物影に隠れ、こっそりと様子を伺った。その先には、お爺さんが広大な端の見えない土地相手に、一人でトラクターを操縦していた。まだ今は、早朝の5時だというのにこの人には労働基準法や残業など関係のないのだと思った。その反面、ここまで苦労して汗水垂らした仕事を、世の若者は理解しているのだろうか。俺は、理解はしてなかった。この光景を見るまでは、もしかすればお爺さんの息子もだ。偉大な人は、人が見ていない所でも何かしらの事はやっている。

 

何よりお爺さんは、御歳74という老体で、よくもここまでやるなと思った。きっと何かここまでやる意味があるのだと思い一度考える事にした。18歳の俺の頭の思考では、検討もつかない。だとすれば何かしらに依存をし自信を鼓舞しながら仕事をここまでやり続けているのだろう。それしか考えれない。薬物か女か博打か煙草や酒か。いったい何なのだろうか。それとも自身の老体に、ムチを使い傷め続ける事が気持ちのよいという決して理解しきれないものなのだろうか。

 

昨日、玄関先に表札が飾られているのを見た。それは何十年も使い続けられたであろうと思われる、自身が彫刻刀を使い木彫りをした[八幡]という文字であった。お爺さんは、どうも手が器用のようだ。トラクターに乗車していた八幡のお爺さんは、一度降車し牛舎の方へと足を運んだ。どうやらここは農業と畜産の両立で、成り立っているのだろう。俺も、その後を隠れるようにして追い様子を伺った。

 

すると大きな建物が見え、その大きさとは約600㎡という面積の牛舎で、およそ80頭ぐらいの牛が飼育される面積であった。しかし中には牛の姿は、一頭も見えず、ただひたすら牛舎の中にある糞尿を掃除、処理しているお爺さんの姿だけであり、牛群は放牧しているようであった。遠くから見てもわかる位、牛はでかく群れをなし草原を駆け巡っていた。お爺さんは、牛を囲いの中に収めようと、牛達を誘き寄せ牛舎に戻した。しかし不思議そうに考え事を、お爺さんはしており何度も牛を点呼していら仕草を見せた。どうやら牛が足りないのだろう。

 

俺の後ろを、何かがつついてきた。驚いた俺は、後ろを振り向くとそこには褐色の毛に角がある大きな牛がいた。始めて俺は、牛を間近で見たのだがここまで大きいとは思わなかった。あまりの怖さに俺は、情けない声で悲鳴を上げ、地面へと勢いよく尻餅をついた。俺の悲鳴に気づいたお爺さんが、慌ててこちらに走って来るのがわかった。牛はこちらをじっと見つめてくる。なんだろうかこの恐怖は、牛の大きく黒く光る瞳は、俺の心を読み取っている感じがして怖いのだ。

 

俺の悲鳴に気づき、お婆さんも家屋の中から慌てて顔だけを出し、こちらの様子を驚いた顔で見てきた。お爺さんは、牛の首元を優しく撫でながら、「なんや兄ちゃん、牛怖いんか? 」と聞いてきた。俺は、首を縦に振りながら頷き、あまりの驚きで言葉が出なかった。するとお爺さんは、そんな俺の顔を見て笑い俺を担ぎ立たせた。俺の腰についた土を払いだし、嬉しそうに聞いてきた。

 

「さっきから隠れてジロジロと。 なんや農家に興味でも湧いたんか?」

「嫌、始めて見たものでして」

「ほか、兄ちゃん。 都会の人間か。 どや?田舎いうんは? 」

「素朴……で何もありませんね」

「ほうか。でもな田舎には田舎のええとこがある。どや?ここで働いてみんか?」

 

お爺さんの言葉で、俺は一瞬時が止まったようになってしまった。これまで何かに頼られる事がなかった俺を、この人は俺を欲しているのだと感じ驚いてしまった。

 

お婆さんが、俺の方を微笑みながらこちらを見てくる。俺は、少しだけ良く考えた。どうせこのままあてのない旅を続けて行くのならここに残り天音と隠れていようと。そして決心した。お爺さんの顔を、熱い眼差しで直視し、頭を下げ、「是非、やらせてください! 」とお願いした。

 

 住み込みで働く事になった。天音には、俺が考えていることを説明し、ここで働いていく事への承諾を得た。天音は、そんな俺の様子を見てなんだか嬉しそうにし、頑張れというジェスチャーで俺を励ました。最近、天音との会話が減ってきた気がする。俺は、天音の考える事は中々読めず、いつも俺の前では無理をしている感じがしていた。ふと思った。真夏というのに天音は、長袖を着ているのだ。可笑しな子だなと思い、俺はその事には触れずに何故か急に天音を後ろから抱き締めた。何故なのかは分からない。自分が何故こんな淫らな行為に及んだのかも全て。

 

ただ抱き締めていたかった。天音が何処か遠い所に行き俺から離れていく気がするのだ。そこからくる儚い独占欲が俺を苦しめてくる。もっと長く、これからもずっと一緒にいたいのだ。そう思いながら俺は、抱き締めた腕の力を緩める事はなく、このまま一緒の生体になれと願うようにした。こちらを振り向かない天音の顔は、一体どんな表情になっていたのかは俺には予想もできなかった。ただただ無言の空気が部屋を数分間包んでいっただけであった。

 

 次の日の朝、まだあたりは日が登ってはおらず早朝の4時に起床した。こんな早くに起きたのは始めてで外の風景は、夜とまったく変わらなく、昨晩お爺さんが前まで履いていていらなくなった長靴を貰えることになった。何年も履き続けていたと思われるクタクタになった長靴を、慣れない手つきで履き、俺は牛舎の方へと向かった。

 

まずは、牛への餌やりから始まる。眠たい目を擦り大きな欠伸(あくび)をしながら、牛一頭一頭に繊細かつ軽快に、餌を与えていく。餌は、乾燥させたイネ科の草を与えるのだが、これがまた意外にも肉体労働であり、足腰に負担が思ったよりかかるのだ。

 

ここの牛舎では、市場で買ってきた子牛を約30ヵ月にも渡って肥育(ひいく)させ出荷となる。肥育とは、牛を規定値の体重までに太らせる事だ。これから更に、この牛達が大きくなるのかと想像するとゾッとする。それを、食用にした人間も鬼にしか思えなかった。

 

餌を、全てやり終われば次に放牧の時間が、やってくる。俺は、柵を上げ牛を牧場に連れていった。一番に俺の最も嫌いな作業はこの後である。牛の居なくなった牛舎の掃除だ。何とも言えない匂いがしており、糞や尿などがあちらこちらに飛び散り返しているのだ。まるでそれは、糞の島だ。長靴やズボンには、糞がかかっており、洗って匂いや汚れは落ちるのだろうかとただそれだけが心配であった。

 

放牧の時間が終わり、牛舎に引き戻した俺は、次の作業に取りかかる。牛の体に、猪の毛で作られた固いブラシで優しく撫でてやることだ。ここで、放牧で牛に付いた寄生虫などの有害な物を落としていく。1つだけ思った事があった。牛とは、こんなにも図体はデカイのに繊細な生き物だと。

 

それから夕方を過ぎた頃、二度目の餌を与える。朝方とはまた違う餌を与えており、麦やトウモロコシなどの穀物やビタミン剤が入った栄養価の高い配合飼料を与えるのだ。なんとも贅沢な家畜だとも思えたのだが家畜を扱う畜産者は、家畜以下なのかもしれないとも思えてしまった。ざっと1日を、終えたのだが。なんとも大変な肉体労働だ。俺の、体が持つかが心配である。普段使わない筋肉を、使っておりかなりの疲労感が溜まっており俺を布団の中へと睡魔が吸い込ませようとしてくる。だがまだ1日は、終わってない風呂に入りご飯を食べなければならない。

 

ふと思った。まるで俺は、人間のような暮らしをしているなと。

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