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天と蟲  作者: 黒崎一樹
1/4

蟲 1

 土曜の夜、俺は国道の天使になる。

無数の光の集団が、闇夜の国道を照らし、轟音を鳴り響かせ、車道を占拠し、爆走していく。その後ろからは、拡声器で「止まりなさい! 」とパトカーに乗車している新人警察官が、手に汗を握らせながらも、震えた声で怒号を浴びせていた。その新人の横には、風貌の厳ついベテランの警察官が落ち着いた様子で、腕を組ながらじっと黙り込んでいた。執拗に暴走族を取り締まろうとする警察を、ケツ持ちの俺は、果敢にパトカーの前へ行き愛車の単車を、空吹かししながら減速させパトカーの道を絶ちきる。

 

ケツ持ちとは、集団の最後尾に位置し、低速運転や蛇行運転などをし、前線の仲間を逃がす事である。俺にとってこの瞬間が、自分が一番生きていると実感できる時間であり、何よりも単車の運転技術には、誰にも劣る気がしなかったのだ。仲間を逃がした俺は、警察を振り切るために海岸線の国道を、一気にギアを上げていきアクセルを勢いよく開いた。

 

時速メーターの赤い針が、180を示し前傾姿勢の体を起こした、その先の風景は、視界が以上に狭くなったかの様な錯覚に陥り、自分を止められる人間は、この世にはいないのだろうなどと優越感に浸らせ、パトカーは俺のテールランプを見失った。

 

 新聞配達をしている還暦近いであろう白髪頭の男性が、古びたスーパーカブに股がりながら俺達を、蔑む様な目で見てくる。そいつだけではない、深夜から早朝までアルバイトをしているコンビニ店員もだ。俺たちを、まるで社会不適合者だと言わんばかりの視線で、まるで汚い汚物の塊の様に見てくるのだ。俺からすれば、その年齢でコンビニのアルバイトや新聞配達をしている人間だけには、見下されたくはなく、俺はお前達みたいな浮浪者みたいな人生は、送らないと強く心の中で言い聞かせる様にしていた。

 

 朝になる頃には、俺は自宅の築45年を迎えたアパートに、渋々帰宅する。六畳一間の狭い自宅では、母が一人だけ化粧台の鏡に映る自分の顔を見ながら赤い口紅を、優しく丁寧に塗り込んでいた。

 

母[久実子](38)は、俺の顔を見ると途端に眉間に皺を寄せながら、俺に怒りを現にし本当の親かの様に、説教じみた口調で室内に響き渡る位の声量で声を荒げた。

 

「こんな時間まで、何処へ言ってたのよ! 」

 

 すかさず俺は、母の顔を見ないまま台所の方へ足を運び、食器棚に陳列している埃の被ったコップを、1つ手に取り水道の蛇口をひねり、コップに水を注ぎ、自分の喉奥に物凄い早さで、飲み干し体内へと血液が循環していくかの様に浸透させた。

 

一息を尽かせた所で、ポケットの中に入れて置いたクシャクシャになったゴールデンバットを、手に取り残りわずか3本の中の、折れてはいない良い状態の1本を口に加え、台所に置いてあるマッチで、煙草に着火させ怒った様な態度で、俺は力強くマッチの箱を、テーブルに叩きつけた。

 

何故か、俺は、母の言動や仕草、行動などが気にくわなく母の顔を見る度に、虫酸がズキズキと激しく走る。まるで、母は母親としての役をお道化て演じているかの様に感じてしまい愛してもない息子よりも、愛人の男と会う事の方が大事に決まっている、だから俺も息子という役を母の前では、演じると決めているのだ。つまり17歳となった俺は、母に対しては殺気だった反抗期真っ只中の息子を演じて行く事を決めている。


そんな、俺は加えている煙草のフィルターを、上下の小臼歯を使い、人間の肉でも噛みちぎる位の強さで、噛み加えながら母に暴言を吐いた。

 

「うるせえな朝からよ。 俺は、俺の生きたいように生きるんだよ! 黙ってろや! 」

 

 俺は、そう言うと口に加えたゴールデンバットを、灰皿へ強く掻き消す様にして右手で、鎮火させた。母は、下にうつ向きながら暗い面持ちで、テーブルの隅をただただ一点を集中し見つめていた。そのまま、母は仕事に行ってくるとだけ告げ、何故だか悲しそうに小さく丸まった猫背の状態の後ろ姿を、隠すように家を出て行った。

 

そんな母の姿を、見ると俺は、腸が煮え繰りそうになり頭の中で、血が登り沸騰するかの様に、怒りが込み上げてくる。母は、巷では良い母としてを演じており、あの悲しそうな後ろ姿さえも、きっと演技なのであろう。そう言った風に俺は思い、母親という存在を蔑み、憎み嫌い、それと同時に親という者の存在意義を、いつの日からか何処かに、忘れてきてしまったのだ。

 

俺は、羽のない蟲なのだ。

 

巣からは、飛び立てないままの惨めな蟲なのだ。金が欲しい、車が欲しい、一人暮らしをしたい、何処か遠く離れた場所に母のいない様な場所に飛びたい。そう思い始めていた。俺の家の前を、一台の黒色のセダンが止まった。エンジンの駆動音からして、新車に違いないだろう。高い音のクラクションが、家の中まで響いてきた。窓から外を覗くと高橋先輩(20)であった。

 

高橋先輩とは、痩せ細った体に歯は何本か抜け落ちた。あまり交流は少ない唯一の先輩であった。俺は、残り少ないゴールデンバットを何日も洗ってはいないヨレヨレのジーンズのポケットに収め家を後にした。

 

正直、俺はあまり高橋先輩の事は好きではないのだ。自身の本当か嘘かも明確ではない武勇伝や二十歳にして友人もいない様な人だからだ。俺は、嫌な顔を見せまいと愛想ぶった半笑いのまま高橋先輩の乗車している車を二回程軽くノックした。

 

助手席の窓が、ゆっくりと降りた。高橋先輩は、俺と目を合わせたまま無表情の顔付きで、「まあ、乗れよ」と一言だけ静かに語った。俺は、「失礼します。 」と言い助手席へと乗車した。車は、発進し徐々に都心部の繁華街へと迎っていた。沈黙の異様な空気が、車内を包んだ。その重苦しい空気を、断ち切ろうと俺は自ら喋りかけた。

 

「高橋さん、久し振りですね。 最近何してたんですか? 」

「まあ、色々とな。」

 

 高橋先輩は、煙草を片手に大量の煙を、フロントガラスにめがけ吹きかけた。真っ白な珍しいフィルター付きの煙草であった。銘柄の表記部分には、[Seven Stars]とだけ書き記されていた。見た事はない銘柄であったので俺は、高橋先輩に話のネタになると思い話かけた。

 

「珍しい煙草ですね。 外国の物ですか? 」

「嫌、国産。 昨日、近所の煙草屋で新発売してたんだよ」

 

 俺からすればこんなにもどうでもよい話でも、沈黙を止めさせる種にはなっていた。

 

田舎の町を抜け、稲穂の踊る音色や鈴虫の鳴き声が聞こえなくなり、年中無休に稼働している電気信号の音へと変わった。そこには、大量の人が行き交い、人間という一種の動物が、夜の街を埋め尽くしていた。俺は、その光景を始めて目の辺りにし少しの不安と億劫さを覚えたのだ。自分のこれまで見ていた世界の視野を、少し広げるだけでこれ程までの初体験の様な事を、感じる事ができるのだ。

 

俺は、セダンの助手席の窓から身を乗りだし、街を徘徊しながら見回した。すると、運転席側の高橋先輩が、口に含んだ煙を鼻から垂れ流しながら不気味な笑みを見せながら俺に話しかけた。

 

「お前さ歳いくつやったっけ? 」

「確か、高橋さんの2つ下だったと思うから18です」

「そうか、ほなええ遊び教えたるわ」

 

そう言うと、高橋先輩は、懐から万冊の二束を俺に見せびらかしてきた。俺は、始めて見る札束を目にし口から一言も発せず。唖然としてしまった。

 

「この世の中、金で買えんもんはない。そやろ?大輔」

 

先輩は、ドラマの悪役の様に片側の頬を引きつらせた笑い顔で、俺に問いかけてきた。何より驚きだったのが俺の名前を覚えていてくれた事だ。

 

「そうですね」

 

俺は、曖昧な返答をした。

 

「この金で、女買うで。よう見とれや」

「えっ先輩、風俗行くんすか?」

「なんでや。風俗言うんは、愚民の性欲を掃き溜める所やほれよりもっとおもろい所連れてったるわ」

 

 楽しそうな高橋先輩を、俺は何処か見下していた。街灯の灯りが徐々になくなっていきセダンの車は、路地裏の狭い道を強引に走り出した。すると同じ様な民家が、列を作り建たずんでいた。軽く100件は超えていた程の多さで、一つ一つの民家に女性と思わしき名前が書かれた看板が掛けられていた。どの家の玄関も、開口状態であり中には綺麗な女性が、正座をし自らを輝かせるスポットライト代わりの光りを浴びせて商売をしているようにして待ち構えていた。どの女の人もこちらを直視しながら満足そうな笑みを浮かべながら右手を使い客を招くようなポーズをとっていた。だがその目は、決して笑ってはいなかった。あたかも笑っている風に見えて笑ってはいないのだ。まるでそれは舞台や歌舞伎に出てくるような役者の演技である。

一際離れた人気のない家の前に車を止めた。

 

「着いたで」

 

 静かに高橋先輩は、一言だけ言い残し車を降りた。その家は、所々に斑に錆びており通行人の一般人を寄せ付けないただならぬ重苦しい空気が漂っていた。俺は、車を降りると何かが自分の足を掴んでいるように家に入る事を躊躇わせた。その重くなった足を、大地に力強く踏みしめ一歩一歩とゆっくりと家に近づいて行った。家の中から、紫色のドレスを着た三十路位の女性が、眉間に皺を何重にも寄せた顔つきで現れた。高橋先輩は、その女の人に、100万の札束を無惨に渡した。女の人は、3番とだけ書かれた鍵を高橋先輩に託し、中に消えていった。家内の中は、男と女の乱れる喘ぎ声で埋め尽くされていた。

 

薄暗い中に、1人の奇妙な女の子が体を丸めたままうずくまっていた。その女の子には触れないまま俺と高橋先輩は、二階に繋がる階段を登っていった。2階には1番の部屋から5番の部屋まで用意されており廊下と部屋を古びた障子だけが遮らせており中の様子が丸見えの状態であった。たしかにここは普通の売春屋ではない事がすぐにわかった。

 

三番の部屋の前に辿り着くと高橋先輩は、汚い歯並びをちらつかせながら満面の笑みで、「ここや」と言い鍵を開け中に入った。

 

室内は、塗装屋の物置部屋の様な匂いがしていた。

そこには、遊女が一人薄暗い部屋の中の中央に背筋を天に向け正座をし理解し難い笑みで迎えていた。血が滲み出た様な赤黒いドレスを下着の履いてない生身の肉体に被らせ、何者かに切り刻まれた跡がある手足を包み隠さず表に出し、恥じらいは微塵も感じずこちらを猫の隠れ家の中に迷い混んだ溝鼠を見る妖艶な流し目で無言に惑わしてくる。それはまるで人間の皮を被った妖怪であった。

 

その赤い女は、透明なビニール袋の様な物を片手に俺達に、問いかけてきた。

 

「えらい、若い兄さんらがおいでなさったな。 一元さんは、お断りなはずやのに」


女は、またもお得意な不適な笑みでそう言い俺達に興味が湧いてきたのか続けて語りだした。

 

「お前さんら、人間の道から外れよう言うんか? ここは生半可な人間が来ていい場所ちゃうで。 この先からはな、外道が通る道や。 それでもヤルんかい?  」

 

赤い女の威圧的な態度に、俺は恐怖を感じた。横にいる高橋先輩ですらも足を震わせながら両膝を畳みの床へと耐えきれなくなり落下していく様にして落とした。額から生暖かい汗が、頬を下り落ち失禁しそうになった。高橋先輩は、四つん這いの状態になりながらも掠れた小さな声で女に言った。

 

「……ヤル」


女は、片手に持っていた。異臭が中で充満したビニール袋を、俺たち二人に渡し商売人の顔つきで言ってきた。

 

「毎度あり」

 

その一言を言い残した後、女は部屋の奥にある襖を豪快に開けた。そのなかには一人の少女がいた。赤い女は、その少女の結んだ髪を鷲掴みにしながら俺たちの前へと放り投げた。その少女は、泥で汚れた中学生の制服を着ており手足をきつく縄で締め上げられて口にはガムテープが巻かれ言葉は許されてない状態であった。

 

「○岡中学の生徒や、大事に可愛がってあげてや。 確か15歳で今年卒業やったはずやけどまあ好きにしておくんなし。」

 

高橋先輩は、異臭のするビニール袋を、肺一杯に吸い込ませ赤い女に最後に話しかけた。


「避妊具は?」

 

「そんなもんはいらん。お腹に赤子ができたら、商売価値は無くなるけんなそんときは、処分や。 家畜の牛や豚みたいにただそれだけや」

 

そう言い残し赤い女は部屋を後にしていった。

部屋の中では、高橋先輩の異常な位に乱れた動機音が鳴り響き服を勢いよく脱ぎ少女の上へと覆い被さった。先程まで、猫に怯えていた溝鼠の姿は一変とし男の欲の性が頂点に達し我を見失った獣の姿であった。

 

少女は、頑なに拒みながらも汚れたシワだらけの制服は、脱ぎ捨てられた。俺は、女の裸を見たのはこれが始めてであったのだが何とも言えないくらいに女の体とは気持ち悪いものであり、何よりも臭いのだ。男とは何かが違う。しかしその匂いに過敏に興奮する男もいるのだ。嫌、興奮するのが男という生き物なのかもしれない。すると突然、俺の頭の中をぐるぐると掻き乱してくるような嫌な気持ちに陥った。矛盾からなる堕落。何もかもがこの世の中は、理不尽の塊で覆われ嘘という名の皮を被せられている。

嗚咽しそうになる自分の口を、掌で力強く抑え俺はビニール袋の中の異臭を肺一杯に吸い込んだ。日本酒をやけ酒した悪酔いしたような気分になる、それと同時に先程の考え方を前向きに捉えるようになれたのだ。気持ちが良く、俺はその場で下半身を露出し獣になった。

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