黒の日記❬4月10日❭
スライムに会ってしまった。
しかも、最悪の状況で。
今この日記を書けていることが信じられない。
生きてるって素晴らしいことなのだと再認識した。
さすがは魔王すら恐れる魔物。たかが旅を始めたばかりの勇者ごときが倒せる相手ではなかった。
ことの発端は朝、王女リア様の言った一言である。
「勇者様!水浴びをしましょう!」
……正直、この言葉さえなければと今でも思う。
一応、曲がりなりにでもわたしは女だ。生物学上。
だから、最低限の女子力というものは持っている。……と思いたい。
そんなわけで、わたしと王女様は水浴びをしようと川に行ったわけだ。
ロイ殿とジュダル殿には、申し訳ないが朝食の準備をしていただき、その間に水浴びをすることとなった。
魔王討伐の旅に選ばれたのだから、わたしと王女様は裸一貫であろうと戦えるほどの戦闘力はある。
だからこそ二人きりで川に向かおうと思うことができたわけだが。
今だからこそ思う。それは慢心だと。
すっかり油断し、森をなめ腐ったわたしたちは、川についた。
するとそこには、スライムがいたのだ。
川底一面びっしりと。
……スライムの餌は水分であり、水分があればほぼ無限増殖することをすっかり忘れていたわたしたちは、川に映るスライムの核の大群に、こう思った。
「入った瞬間に死ぬ」
と。
川に入る直前で気づけたのは行幸だった。
スライムのほとんどは透明であり、核のみがうっすらと白くなっている程度なのだ。
もしも少しでも川が濁っていて、スライムの核に気づけなかったら……。…………想像するのも恐ろしい。
とはいえ、気づけたのだから問題ない。スライムがいないところに移動しようと、わたしたちは上流に上がった。
下流に下がった。
スライムがいない場所なんてなかった。
スライムの活動時間帯が朝だということをすっかり忘れていたのだ。
びっちりとスライムで埋まった川を眺め、わたしたちは素直に諦めた。
そうして、野営地に戻ろうとした瞬間。
スライムが一斉に川から這い出てきて、森へと戻った。
当然、その間にいたわたしたちのすぐ隣を這っていって。
…………生きた心地がしなかった。
一歩、いや一ミリでも足を動かせば周りのスライムに一瞬で溶かされる。
そんな恐怖のなか、王女様は辞世の句を詠み始め、わたしは虚空を眺め始めた。
スライム一匹一匹の移動速度は速くとも、数が多く、すぐにはそのスライム地獄からは抜け出せなかった。
むしろ、抜け出そうとした瞬間に死んでいただろう。
ただひたすらスライムが消え去るのを待ち続け、一瞬が一生であるかのような恐怖を味わい続けたわたしたちは、スライムがいなくなった瞬間に野営地へと逃げ帰った。
途中にゴブリンを見たような気もするが、覚えていない。
気づいたらテントへと着いていて、朝食の準備をしていた二人は、驚いたように走って帰ってきたわたしたちを見ていた。
何があったのかと聞いてくる彼らに、わたしたちはこう答えることしか出来なかった。
「地獄がそこにあった」
……もう、スライムの活動時間帯である早朝に、水辺には寄らないことを心に誓った。
説明しよう!
スライムの活動時間帯は早朝4時から6時の日が昇る直前の時間帯である!
その時間帯はスライムが近くの水辺へと一斉に集まり、増殖、分裂する。
そして日が昇るとまた一斉に住み処へと戻るのだ!
ちなみにこれは狩人の間では有名な話であり、アリスが忘れていたのは本当に慢心としか言いようがないのである!




