黒の日記❬4月9日❭
旅に出て一日目。
まだたいした魔物には出会っていない。
この辺りはすでに騎士団やギルド員の面々がこまめに討伐しているはずだから、よほどの特殊なケースでもない限りここには危険な魔物は現れない。
ギルドは数えきれないほどの依頼を受注しているが、その多くがFランク。
荷物運びなどの街中で済むものや薬草摘みなどの簡単な、言ってしまえば子供でもできる仕事ばかりだ。
それはつまり、この街が平和であることを示している。
時たまAランクなどの高レベルな依頼も現れるが、そのどれもが街を離れたところや人の少ないところはばかり。
人材のいるところではきちんと安全に気を付けている証拠だ。国が善き治世をされていることがわかる。
魔物避けの香を焚くこともせず一夜を過ごそうと思ってしまうほどの平和加減だ。剣や魔法が鈍らなければよいのだが。
まぁ、狩りで使うこともあるだろうから、そう酷くなることはないと思うが。日々の鍛練も欠かしてはいないし。
とはいえ、王女が野宿に耐えられるとは少々意外であった。
第一王女がお転婆で、よく森に出ては武者修行をして護衛を困らせているという噂は本当なのかもしれん。
もしや、一番野宿に慣れていないのはわたしなのでは?
ジュダル殿は騎士としての仕事の一貫で野宿などは手慣れたものであろうし、ロイ殿に至っては元々森に住んでいたところを師と共に出てきたという。
……今度、ジュダル殿に野宿のイロハを教えてもらうこととしよう。
森に入ってもたいした魔物は出ずに、いまもこうして日記を書く余裕があるのだが、スライムには気を付けなければ。
彼らは基本温厚で人畜無害な生物だが、その実態は溶ける水のようなものだ。
誤ってスライムを踏んでしまった者が、同乗者の目の前で溶けて消えてしまったという事例もあるらしい。
水や森の木々に潜むことが多く、その影から出ないため、あまりそのような事故はないのだが……
彼らは、ひとたび敵と認識すれば骨まで溶かしきり栄養分とする。
その上、液状のため切り捨てることもできず、唯一の弱点である核はとても小さく捉えにくい。
絶対に手を出してはいけない筆頭の魔物だ。
危うく踏まないように、足元には気を付けて歩かねばならない。
腕試しにスライムを倒す人物が世界には何名かいるらしいが、さすがにまだそこまでの力量はない。
スライムに敵意を持たれたら一貫の終わりだ。気を付けなければ。
今日は平和な一日だった。
とはいえ、これからは今日よりも早く次の街に向かって旅を進めなければならない。
日記も飛び飛びになるやもしれん。
それでも、少しでも書ける体力が残っているといいが。
今日のような平和な一日は、これから先、ほとんど味わうことはできないだろう。
それでも、わたしは。
この身を犠牲にしてでも、他の民の平和を守る。




