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vsノワール

 地面に手をついたティアの視線の先で、銃口が冷たく光っていた。


 森の中から現れたノワール。その軽薄な態度の裏に潜む“異質さ”を、ティアの直感はすぐに察していた。あの目。ふざけたように笑いながら、どこか冷たい。


「悪いことは言わねぇ。そこの獣人共を、こっちに引き渡してくれねぇか?」


 ノワールが片手で銃を向けながら、軽く首を傾けて言う。


「お断りするわ」


 ティアは即座に拒絶した。

 ルゥナを庇うように一歩前へ出て、両腕を広げてノワールの前に立つ。


「美人を傷つけたくはないんだけどなぁ」


 ノワールは片手の銃を構えたまま、もう片方の手に持った銃で後頭部をガシガシとかいた。


「なあ……あんた、その獣人たちはもう奴隷商の“所有物”なんだぜ?その所有物を、あんたは奪おうとしてる。これは立派な違反じゃないのか?」


 男の言葉は、理屈としては正しい。

 少なくとも、この世界の法と秩序の上では。


 奴隷制度が黙認されているこの世界において、既に“所有”された存在を奪う行為は、形式上「犯罪」とみなされる。

 かつての常識で考えれば異常でも、ティアたちの行動は、法ではなく感情に従ったもの。

 それはこの世界では、ただの独善だ。けれど。


「それでも……助けを求めて来た子供を、見捨てるなんてできない!」


 ティアは強く言い放つ。拳を握りしめて、ノワールを真正面から見据えた。


「もう、知り合ってしまったのよ。名前を知って、心に触れて……それなのに、不幸になるのを黙って見てろなんて、そんなの無理!」

「……はあ。正義感がずいぶんとお強いことで」


 ノワールが呆れたように笑みを深め、肩をすくめる。


「ま、そういう奴から死ぬのが世の常ってやつだ。ご愁傷さま」


 ノワールが銃口をわずかに傾けた瞬間

 空気が震えた。

 次の瞬間、ノワールの足元が爆ぜた。砂塵と閃光が一気に弾け飛び、視界が真白に染まる。


「……っ、ちっ、誰だ!」


 ノワールが跳び退くと同時に、上空から声が降ってきた。


「ティア、遅れて悪い。加勢する!」


 低く引き締まった声とともに、一人の青年が空を裂いて降り立つ。黒衣に包まれたその身に、杖も詠唱もない。ただ一つ、指先に青白い魔力の残滓をまとわせていた。


「レイ……!」


 ティアの目に安堵が浮かぶ。


「加勢か。いいねぇ、面白くなってきた」


 ノワールの口元がさらに歪む。


「二対一ってのはフェアじゃねぇが……ま、遊び相手にはちょうどいいか」


 その瞬間、再び銃が閃き、同時にレイの足元が魔力で軋む。

 銃声と同時に、閃光が走った。


 レイの足元に放たれた弾丸は、魔力を帯びた炸裂弾。触れた瞬間、地面が爆ぜ、鋭い衝撃波が吹き上がる。


「っ……速い!」


 レイが瞬時に後方へ跳ねて避けると、同時にノワールが飛び込んでいた。地を蹴ったその速度は、視線で追うのが精一杯だ。


 銃を握ったまま肘で殴りかかる。

 その変則的な体術に、レイが魔力を纏った掌で受け流す。


「魔法と格闘、両立か!」


 レイが後退しながら指を鳴らすと、空間に歪みが走り、ノワールの背後に魔力の矢が数本出現する。


「甘いね」


 ノワールは銃口だけをくるりと背後に向けると、振り向きもせずに魔力弾を正確に撃ち落とした。

 その手際はまるで、戦場の只中で何百回と繰り返してきたかのような“慣れ”だった。

 だが、それだけでは終わらない。


「それはどうかしら」


 魔力弾に気を取られている一瞬の隙を突いて、ティアが放った石礫が飛ぶ。

 手に隠し持っていた小石を、弾丸のような勢いで飛ばした。

 ノワールは、それさえも見切ったかのように、体をくるりと捻ってかわした。

 その動きはまるで、大道芸のように軽やかだった。


「なかなかやるわね」


 ティアが一瞬の隙を縫って接近する。両手に短剣を構え、流れるような体捌きで斬りかかる。

 ノワールは軽やかに跳躍し、片方の銃を振るう。


「おっと、美人は近づくと危ないな」


 ティアの短剣とノワールの銃身がぶつかり、火花を散らす。まるで銃自体が近接武器のように扱われていた。

 次の瞬間、ティアの手元が光った。


「っ、これは……!」

「重ね掛けよ!」


 瞬時に詠唱したティアの魔法が短剣に重なり、魔力が刃を包む。放たれる一閃。

 しかしノワールは銃をクロスさせてそれを受け止める。魔力で強化された銃身が、ぎりぎりのところで砕けずに耐えた。


「……二人とも、なかなかやるじゃないか。けど──」


 ノワールが片足を踏み込んだ瞬間、地面が沈むほどの圧力が走る。


「本気で殺しにゃ来てないんだろ?こっちは違うぜ」


 両腕を広げたノワールの銃口が同時に光を帯びる。魔法と連動した射撃。金色の弾丸が複数、弧を描きながらティアとレイを同時に狙っていた。


「あれは……やべぇ!逆層結界(リヴァース・レイヤー)!」


 レイが地面に手を突き、咄嗟に叫ぶ。

 次の瞬間、地面からせり上がるように青白い魔法陣が複数展開される。ティアとレイを囲むように立ち上がる光の壁。

 空間の層構造を「裏返す」ことで、あらゆる干渉を逆転・分散・逸らす高位の防御結界が形成された。


 金色の弾丸が結界にぶつかり、静かに停止する──かに見えた。

 停止した弾の尻部に小さな魔法陣が展開される。

 弾が、逆回転を始めた。


「……まずい!」


 レイが即座にティアに覆い被さる。

 同時に、結界が砕け、爆発が起きた。


 轟音。爆風。

 二人の身体は地面を擦りながら吹き飛ばされる。


「い、たた……っ」


 ティアが呻き声を漏らす。全身に擦り傷。耳鳴りで周囲の音が遠のいている。

 目を開けると、レイが自分を庇ったまま、動かなくなっていた。


「レイ!」


 ティアを庇って、レイの背中には焼け焦げたような傷痕が走っている。

 ティアは彼の身体を支え、震える声で叫ぶ。


「ティア、怪我はないか」

「怪我はないかって……私よりレイのほうが……!」


 息を荒げるティアに、レイがかすかに笑いながら答えた。


「……良かった。お前に怪我させたら、カイに怒られるからな」


 ティアにもたれたまま、冗談めかして笑うレイ。痛みに耐えながらも、その言葉には優しさがにじむ。


「冗談言ってる場合じゃないでしょ……」


 冗談を言う気力があることに、ティアは僅かに安堵しつつも、怒ったような声で続けた。


「バカ……なんで無茶するのよ……!」


 震える声。思わずこぼれる本音。

 レイは痛みに顔をしかめながらも、かすかに笑った。


「考えるよりも先に身体が動いてたんだよ」


 ティアは言葉を詰まらせた。胸が締めつけられる。

 そんな二人を眺めながら、ノワールはゆっくりと銃を回し、少し距離を取って笑う。


「はっ……まったく、見てらんねぇ茶番だな」


 ノワールの声には、嘲笑が滲んでいた。


「女を守るために自分がやられてちゃあ世話ないぜ。ヒーロー気取りもたいがいにしろよなぁ。お前が勝手に突っ込んで、勝手に倒れて、結局何が変わった?せいぜい、目の前の女の足手まといになったくらいだろうが」


 ティアの眉がわずかに動いた。


「男が倒れ、女が泣いて……それが“絆”とか言うのか?お笑いだな。そんなもん、戦場じゃただのノイズだ」


 ティアの肩が震えた。俯いたまま、かすれた声が漏れる。


「……黙りなさい」

「おや?怒ったか?それとも悔しいのか?お前のせいで、こいつが傷ついたって」


 ノワールは軽く銃口を傾けて、挑発するように笑った。


「なぁ、どうせならそんな雑魚放っといて、俺に乗り換えなよ。身体も腕も、比べもんにならねぇぜ?」


 ティアの背筋がピンと伸びた。


「……黙れって言ってるのが、聞こえなかったのッ!?」


 鋭く、怒声が響いた。ティアが顔を上げる。

 その瞳には、怒りと、何よりも──激情が燃えていた。


 空気が揺れる。風が唸り、地面に刻まれた光紋が淡く輝く。

 ティアの周囲に、見たことのない魔法陣が幾重にも展開された。

 両手に握る短剣の刃が、焔のような魔力に包まれて揺らめいている。


「ティア……?」


 レイが呻くように名前を呼ぶ。しかしティアは振り返らない。

 その瞳は、ノワールただ一人を射抜いていた。


「レイをバカにして、私たちを笑ったそのツケ……!」


 地面が砕ける。ティアが地を蹴り、閃光のようにノワールへと迫る。


「その身体に、刻み込んであげるッ!!」


 魔力が爆ぜる。音すら置き去りにして、ティアの姿が消える。

 残ったのは、猛獣のような殺気と、咆哮のような魔力のうねりだけだった。

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