戦場の獣たち
獣の咆哮が響き、雷鳴のような衝撃音が広場を満たす。
ゼルクが低く唸り、毛並みに血を飛び散らせながら賊の一人に噛み付いた。牙が鎧を貫き、男の悲鳴が空にこだまする。すかさず横から別の敵が斧を振るうが、ゼルクは素早く飛び退き、四つ足の構えから跳躍する。
「遅ぇんだよ……ッ!」
空中から喉元めがけて突撃し、敵を地面に叩きつける。骨が砕ける音とともに、男は動かなくなった。
一方、雷を纏う虎──ライガが唸り声を上げると、周囲に帯電した空気が弾けた。
「まとめて、引き裂いてやる!」
敵兵三人が囲むようにして迫るも、ライガは地面を踏み砕く勢いで突進。一本の爪が稲妻の軌跡を描き、斜めに斬り払う。
「──雷牙裂爪ッ!」
雷と共に閃光が走り、三人は防ぐ間もなく吹き飛ばされた。雷撃を受けた体がしびれ、立ち上がることさえままならない。
その雷鳴に重なるように、さらに重く太い咆哮が轟く。
「ウオオオオオオオオ!!」
グラドが雄叫びとともに、両腕を振り下ろした。振るっただけで地面が割れ、向かってきた大剣を持つ敵兵が衝撃波で弾き飛ばされる。
「俺に正面から来るたぁ、いい度胸だなぁッ!」
熊の巨体で突進し、敵兵を近くの大岩に叩きつける。体重と腕力による一撃はまさに圧殺。敵は一発で戦闘不能に陥った。
一方、レイは冷静に敵の動きを見つめていた。
三人の兵士が連携して包囲しようと動くのを、彼は一歩も動かず観察していた。
「……無駄だよ」
小さくつぶやいた瞬間、レイの掌に光が宿る。
彼はそっと指を弾き、宙に魔力の軌跡を描いた。
「光弾散華」
空気中の粒子が瞬時に収束し、レイの指先から光弾が弾け飛ぶ。
一発一発が鋭く、敵の懐を正確に撃ち抜いていく。盾で防ごうとした男も、分裂した光弾が背後から侵入し、悲鳴とともに膝をつく。
「もうひとつ」
レイが手を振ると、残る二人も光に包まれ、爆ぜる閃光で地に伏した。
そしてティアは、ルゥナとその両親を背に、細身の賊と対峙していた。
「へっへ、ガキをこっちに渡しな。そうすれば痛い目見なくて済むからよぉ、姉ちゃん」
細身の賊が低く笑いながら刃を振るってくるが、ティアは一歩も引かない。
「下がって。あなたたちは、絶対に傷つけさせない」
背後のルゥナとその両親に短く告げると、ティアは静かに構えを取る。その目は、炎のように強く揺るがなかった。
刃が閃いた。賊が勢い任せに斬りかかってくる。しかしその瞬間、ティアは一歩踏み込む。
剣と短剣が交錯し、激しい火花が弾けた。
「甘く見るなよ、こちとら修羅場くぐってんだ……!」
男は刃に力を込め、力で押し込もうとする。
だが、ティアはすばやく体を捻って腕をすり抜けると、足払いから背後に回り込む。
「私も、守るために戦ってきた!」
砂漠の魔獣との戦い。ヴァルゴイアとの死闘。
女であることを理由に後ろに退くつもりはなかった。
血が滲むような鍛錬を重ね、男たちに並び立つために牙を研いできた。
もう、自分の力不足で嘆きたくない。
──戦える自分でいたい。護れる自分でありたい。《《あの人》》の隣に立てる自分になりたい。
足払いで男の体勢を崩すと、ティアは一気に背後へと回り込む。
鋭く振るわれた短剣が、男の太ももを斬り裂いた。
「ぐッ──ああッ!」
悲鳴とともに崩れ落ちる賊。ティアはその背に飛びつくようにして、短剣の柄を後頭部に叩き込んだ。
「──はっ!」
鈍い音が響く。男は呻き声も上げられず、そのまま崩れ落ちた。
静寂が戻った草原。ティアは息を整えながら、ルゥナの方へと振り返った。
「ルゥナ、大丈夫?」
ティアが肩で息をしながら振り返ると、ルゥナは涙を浮かべながらも頷いた。
「うん。ティア、ありがとう!」
ティアは少しだけ、安堵の表情を浮かべる。
周囲を見渡せば、戦場の空気は徐々に静まりつつあった。敵の数は大きく減り、生き残った賊たちもすでに戦意を喪失しかけている。
対する獣人たちは、未だ立ち続けていた。傷はあれど、目には闘志の光が宿っている。
パンッ!パンパンッ!
乾いた銃声が、森の方角から響き渡った。
「──っ!?」
ティアの目の前に、何かが閃いた。避けきれない。そう思った瞬間。
「ティア、危ないっ!」
ルゥナが叫ぶ。次の瞬間、ルゥナの小さな体がティアの横っ腹にぶつかってくる。驚いてバランスを崩し、共に地面へと倒れ込んだティアのすぐ上を、銀の弾丸が掠めて飛んでいった。
ズドン!
後方の大岩に当たった弾丸が、破片を撒き散らす。
「ルゥナ……!?」
ティアが思わず少女を抱きしめたまま見上げると、森の影から悠然と歩み出る男がいた。両手には黄金の輝きを放つ二丁の拳銃。目つきは鋭く、口元には皮肉な笑みが浮かんでいる。
「ったく……まだ片づいてねぇのかよ」
男は口を開くと、あくび混じりの声でそう言い放った。ティアを狙って撃ったとは思えぬほど、無頓着な態度だ。
「おいっ、ノワール!何やってた!遅ぇぞ!」
バルザが苛立ちを隠さず怒鳴る。その様子からして、どうやらノワールは“二番手”の立場らしい。
ノワールは肩をすくめ、腰を軽く回しながら答えた。
「すんませーん、ボス。ちょっと小便行ってました~」
「てめぇ、何が小便だ!頬に赤い手形ついてんぞ!」
別の賊が即座にツッコミを入れる。
見ると、ノワールの右頬には真っ赤な手のひらの跡がくっきりと残っていた。
「……あ、マジ?残ってる?いや~、ちょっと森の入り口でいい感じの姉ちゃん見かけてさ。声かけたら、いきなりビンタ。こっちは礼儀正しく挨拶しただけなんだけどな~?」
とぼけた顔でそう言うノワールの右頬には、確かに女に殴られたような手形が生々しく浮かんでいる。
その赤い頬の跡が、彼の“丁寧な挨拶”の中身を物語っていた。
「オメーまたかよ……つか、ナンパしてたってバレバレだろうが!」
バルザは苛立ちを露わにし、こめかみを押さえる。
「でもさ、来たからにはちゃんとやるってば。こっちはこっちで、いい獲物もいるしね?」
ノワールは気だるげな仕草で肩をすくめると、ちらりと戦場を見渡した。
そしてすぐにティアに視線を定める。その瞳を鋭く輝かせた。
「おほーっ!これはまた……いい女!姉ちゃん、俺と一杯どうよ?」
その瞬間、遠くからカイの鋭い声が響いた。
「ティア!!」
ノワール。その男は、やはり他の賊とは何かが違う。
軽薄な言動の裏に潜むのは、場を見極める冷徹さと、飄々とした余裕。まるで常に“遊び”の中にいるような、奇妙な気味悪さがあった。
カイがティアのもとへ駆けようとした。まさにその刹那。
「お前の相手は、俺なんだろ?」
低く響いた声とともに、横から巨大な斧が唸りを上げて振り下ろされる。
カイは咄嗟に反応し、槍の柄を立てて斧を受け止めた。金属と金属が打ち合う音が空気を震わせる。
弾かれた火花の向こうで、バルザがニヤリと笑った。
「よそ見してんじゃねぇよ」
バルザはカイの進路を遮るように立ち塞がり、その巨体に見合う凄まじい威圧感を放っていた。
周囲の空気が、まるで異種格闘の舞台へと切り替わるように変わっていく。
「ノワール!てめぇも女のケツばっか追ってねぇで、たまには仕事しやがれ!」
バルザの怒声が飛ぶ。
「へいへい。ボスに言われちゃあ、仕方ねぇな」
ノワールはあっさりと応じ、気怠げな仕草で二丁の銃を構えた。
その銃口が、再びティアに向けられる。
ティアは地面に倒れ込んだ際、小石を二つ拾い上げ、手のひらに忍ばせていた。
それを体の影に隠しつつ、投げつける準備を進める。
「ルゥナ。私が敵に石を投げたら、ご両親と一緒に、すぐに隠れて」
森に逃がすのが最善だが、ルゥナの両親には魔道具の首輪がつけられている。
おそらく契約者はバルザ。彼が生きている限り、首輪の拘束からは逃れられない。
ならばせめて、発動しない程度の範囲の安全な場所へ。
ティアの意図を察したルゥナが、小さく頷く。
「わかった」
その一言を受け、ティアも頷き返す。小石を握る指に、力がこもる。
「何か企んでるって顔だなぁ」
ノワールが目を細め、冷笑を浮かべた。
「動いたら撃つよ、お姉さん」
先ほどまでの軽薄さは完全に消えていた。
銃口は寸分のブレもなく、ティアを捉え、そしてノワールの眼光は、射抜くように鋭い。
戦いの空気が、一気に張りつめた。




