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第39話 異世界へ転生したことにする・救 3


 帝都の王城近くは連日の騒音が続き、第六階層『狂神迷宮』は厳重な封印の工事が急がれた。

 あわただしさにまぎれて法的措置まであっさりと進められ、勇士のほとんどは罰金すら科せられない軽い量刑になった。

 宮廷は第二王女リルプラムを中心とした新体制が固められ、落ち着きをとりもどしつつある。


「兄上。長らくご不便をおかけしました」


 リルプラム王女は第一王子フェアパインが軟禁されていた客間を訪れる。


「かまわん。こうしたほうが混乱も早く収まるのだろう? もうだいじょうぶなのか?」


「はい。もう以前と同じように、兄上も継承候補としてのご活動を再開なさってください」


 姉の第一王女カメリアと弟の第二王子バンブートゥ、それに学友のローシーも同伴していた。

 扉には第二王女つきの護衛隊が並ぶ。


「いや、私が気にかけているのはリルプラムのことだ。知らぬ間に驚くほどしたたかになっていたようだが、人目を避けて泣く性格は昔と変わらないように見える」


 フェアパイン王子が優しく笑いかけると、リルプラム王女も妹としてのはにかみを見せた。


「それとバンブートゥにはすでに伝えていたが、私は王位など望んでいないのだよ。支持者の手前もあって公言はできないが、支えにまわりたいと思っている。全力で王位を押しつけ合っていた父上や叔父上のように……しかし、この機会に聞かせてもらいたいのだが、カメリアが王位を望む本当の理由はなんなのだ? 好きでもないウェイストリーム君へ近寄ってまで……」


 リルプラム王女とバンブートゥ王子とローシーが「え?」という顔になる。


「私だって王位など、本来はどうでも……」


 さらにフェアパイン王子を加えた全員が「え?」と声に出す。


「わ、私は闇出版の書物で、ウェイストリーム様が男性に想いを寄せていると知って……あの方となら、同姓同士で堂々とつきあえる国も作れるかと……いずれは知られるでしょうから言ってしまいますが、私は年下の……かわいい女の子が好きなのです!」


 リルプラム王女は絶句しつつ、自分とローシーを指してみる。


「ごめんなさい。気弱で内向的だと思っていたあなたが、苛烈で偏執的な大叔母上の元で、同じような研究の没頭をはじめた悲しさの反動でしたので……もっと純粋無垢というか……そう、例えばダブデミさんのようなかたをいつでも側におけたらと……」


 護衛隊長トゥルクレインが護衛のひとりを連れてツカツカと近寄ってくる。


「そんなわけで偽装混入させてみましたー!」


 護衛に深くかぶせていた礼帽をひったくり、栗色髪のツインテールを解放する。


「ぎゃっ!? トゥルクレインさん、あなたその性格、やはり少しも変わらないで……!?」


 カメリアが王女らしからぬ怒声と拳骨でせまり、トゥルクレインはニヤニヤと駆け逃げる。


「ああ、なんという……鳩亜はとあさん! はしたない思いをお聞かせしてしまい、もうしわけありません! どうか聞き流していただけましたら……」


「え? 私は美形ならどっちでもいいから……椿つばきおねえ様なら余裕で合格!」


 ダブデミが笑顔で親指を立て、ローシーはその後頭部へ杖の先を向けながらも「修復しないほうがよい故障もあるのですね」と力無くつぶやく。


「まあ、なんてことでしょう……ウェイストリーム様を口実に、少しずつ親睦を深めようと思っていましたのに……本当によろしいのですか?」


「え~? 道流みちるは頼れる隊長だけど、暑苦しいから迷宮の外でまで会いたくないかな~?」


 カメリア王女は頬を赤らめてダブデミの手をにぎるが、実の妹のげっそりした薄笑いに気がつき、あわてて離れた。


「そ、それでですね? リルプラムの政策方針でしたら、もう私にも異存はないのですよ? 兄上と同じく支えへまわり、あとは鳩亜さんとゆっくり……あ、いえ、その……」


 妹の第二王女は厳しい表情で弟の両肩をつかんでいた。


「継承にふさわしい候補がさらに減った以上、あなたはさらに急いで政務を学ばねばなりません。諸侯が王族への不安を強め、私の身に万一の事態があった場合にも備えて……」


「は、はい。危機感を新たにしております。すごく」


 カメリア王女はまだ幼い弟の悲しげな顔まで見てしまうと、さすがにしょんぼりとうつむく。


「以前はそれほどでもなかったのですよ? でも『幻想奇書』の百合ジャンルという闇小説を知って以来、どうにも自分を抑えられなくなり……」


 リルプラム王女が勢いよく顔をそらし、バンブートゥ王子とローシーは不思議そうに見る。

 ふたりはまだ『怪人リルベル』と闇出版の正確な関係までは知らなかった。


「カメリアよ、それならば私も同罪だ。私もウェイストリーム君を守るためだけに継承権を口実にしてしまったが……押収品の闇小説にあったBLジャンルで、本当の自分に目ざめてしまったせいなのだよ」


 リルプラム王女が壁とぶつぶつ会話をはじめ、護衛隊長が駆け寄る。ふくみ笑いをこらえながら。



 リルプラム王女は執務室へもどるなり、机につっぷした。

 護衛と共について来たローシーとバンブートゥ王子は心配そうに顔を見合わせる。


「と、ともかくも継承の支持はまとまったではありませんか。リルプラム様とバンブートゥ様にかかる重圧は倍増しましたが……」


「そうです姉上。父上も元気だったことがわかりましたし……叔父上ともども再入院しましたが……まさか引きこもりの原因が『幻想奇書』のハーレムジャンル読みたさとは絶対に公表できませんが……」


 顔を上げそうだったリルプラム王女がふたたびずっしりと落ちこむ。


「バンブートゥ様とも話し合っていたのですが、闇小説にここまでの影響力があるとなれば、やはりなんらかの管理が必要では?」


「新たな政策展望の契機にもなっており、一概に風紀を乱すものとも思えませんので、規制よりは活用する方向で、公認の制度を姉上に検討していただきたいのです」


 リルプラム王女はうなずき、ようやく笑顔らしきものをつくろう。


「それは興味深いですね。さっそく案をまとめ……まずは、人々を希望へ導く物語に『闇』小説という真逆の名称は似つかわしくありませんので『光小説』と呼ぶことにしましょうか」



 第二王女は側近の第二王子とローシーを退室させたあとで、顔をゆるめる。


「あのふたりも、だいぶ息が合ってきたようですね?」


 護衛隊長トゥルクレインはかしこまってうなずく。


「それはもう。まさか親友と実の弟へ『おねえさんと年下少年』通称『おねショタ』ジャンルを勧めて毒そうだなんて発想、私などではとてもとても……さすがっ、小梅ちゃん! ぷふふーっ!」


 リルプラム王女はかきむしるように机へすがる。


「急がねば、ならなかったのです……『狂神』の騒動で誰もが動揺している中、多少なり支持基盤があって騎士団よりのバンブートゥと、勇士団に顔が広くて政策にも明るいローシーさんが、私の側で密に協力している姿を見せる必要が……」


「いやー、それでもさすが私の御主人様。私よりひどい人間なんてはじめてですよー」


「……もしもの時には、真鶴まつるさんだけは『元凶の元凶』として、罪状の追求に全力で協力しますから」


 トゥルクレインがにわかに姿勢を正し、リルプラム王女の毒々しい視線を受け流す。


「本日は間もなく、勲章授与式の予定となっております」


 護衛たちの端に立つ赤毛の少女は青ざめ、かすかにつぶやいていた。


「ろくでもねー。兄貴の言ってたとおり、王宮も貴族もマジろくでもねー。勇士団もどりてー。護衛とかいって、毎日なぜか製本や写植ばっかりだし……兄貴たち、どうなったんだろな……やっぱ口封じに……でも……」


 元下級勇士のデューリーフは平民階級でありながら異例の抜擢を受け、危険の少ない仕事で高い給与を得るようになっていたが、表情は早くも疲れきっていた。

 護衛隊長は目ざとく部下の不調を察し、同情するふりでニヤニヤと肩をたたく。


「ま、そのうち楽しい地方出張もあるから」



 短い休憩を終えたリルプラム王女は、謁見の間で淡々と任命の儀式を進め、勲章の授与者を発表する。

 フラットエイドは身を低くしながら、顔を苦渋でゆがませていた。


「私は……『狂神』解放の全責任を負うために参じたのです! それがなぜ、フェアパイン王子と同格の副団長に昇進など!?」


 リルプラム王女は無表情に書状と勲章を押しつける。


「あの大事故は追いつめられた『狂風勇士隊』が引き起こし、フラットエイド様はウェイストリーム様と共に、最悪の事態を未然に防いだ功労者……ということになっております」


「しかしギブファットは……問題だらけの勇士であっても、反逆者ではありませんでした! 人格は最低最悪、卑怯陰険、非道下劣でしたが、国を守る勇士として数多くの武勲を挙げてきたのに、私は……」


 リルプラム王女は冷ややかな微笑でさえぎった。


「これが『現実』ですよね? 元凶の一掃や、すべてが丸くおさまる和解など、遠い理想の物語……そこへたどりつけない苦悩を抱えたまま、もがき続けるしかない毎日が人生……生き恥をしのんで、その地位を受け入れてください。今のフラットエイド様こそ、今のウェイストリーム様には必要な支えなのです」


 わななく手が、どうにか勲章を受けとる。


「これが、私の罰か……やつなどに、これほど大きな貸しをつくる破目になろうとは……おのれギブファット……いや、恵太め!? どこにいるのだ!? 生きているならば、私の罪をあばいてあざ笑ってくれ!」


 リルプラム王女は背を向けるが、フラットエイドは小声で呼び止める。


「恥を重ねるようですが……あの事件以来、ウェイストリームはふさぎこんでしまい、ローシーやダブデミとも会話が続かないようなのです。リルプラム様にはきわめてご多忙かと存じますが、どうか一度、お声をかけていただけければさいわいです」



 ウェイストリームの屋敷も、第二王女の訪問となれば門前払いにもできず、そっと奥へ招き入れる。


「これは……リルプラム様。ご心配をおかけしてしまったようで、もうしわけありません。ちょうど明日から復帰を予定しておりましたが……」


 金髪の長身少年はさわやかに笑うが、少しやせた顔はさびしげにうつろだった。

 寝椅子とその周囲には多くの『幻想奇書』と学術書が積まれている。


「地下探索施設がまだ復旧しきらないことを口実に、知識を広げておりました。しかし……いやはや、学ぶべきことの多さに、悩み続けております」


「ローシーさんからお聞きしていますが、その実直さで、政務に関しても急速に身につけていらっしゃるとか」


「それは褒めすぎです。それに僕が追い求めているのは……かつて『親友』と呼び合った者の真意です。時が経つほどに、物事を知るほどに、彼の言葉のうわべと本音は、それほど大きな違いはなかったように思えています。特権階級へ対する怒りやあこがれ、やるせなさ……僕に見せてくれた期待……」


 リルプラム王女は背後で聞きながら、そっとくちびるをかむ。


「僕は、彼を受け止めきれなかった自分の狭量を悔やんでおります。彼らの妄信で、この国は混乱へ陥りました……それでも僕はいつか、彼らの信じた世界へたどりつきたいのです。どれだけ迷いながらでも『優しい妄想』を『つかめる現実』に変え……きれいごとではない『正義』と『友情』を彼に押しつけてやりたい!」


 机の上には書きかけの便箋が何枚も散らばっていた。


「それは彼への手紙です。書きあげることができたなら、自分も前に進めるような気がするので………しかしもう、送る宛など……僕たちに、次の機会などは……」


 ウェイストリームは言いづらそうに顔をしかめる。


「ギブファットは……『僕の恵太』はもう、異世界にしかいないのでしょうか?」


 リルプラム王女はしばらく沈黙し、直接の答は避ける。


「その手紙が書きあがりましたら、私へあずけていただけませんか?」


「え……?」


 リルプラム王女は理由を言わないまま、バルコニーへ出て、外で待機する護衛たちを見まわす。


「もう今回のぶんは、発送してください」


 礼帽を深くかぶって居並ぶ中に、大柄な褐色肌の女性が混じっていた。

 リルプラム王女の指示にコクコクうなずき、屋敷の専属運転士ベアラックを蹴り落として自転車を奪う。

 リルプラム王女の微笑がこわばり、冷や汗が浮かんだ。


「あ、あの、お借りした車は、弁償いたしますので……」


 ウェイストリームは上級勇士用の最新自転車を難なく加速させ続ける脅威の運転を見つめ、深い安堵のため息をもらす。




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