エピローグ 私たちはこの世界に生まれた
ユイトエルブ大陸は魔物であふれ、城塞都市から遠く離れて農場とその監視台も無くなると、あとは舗装道路沿いにまばらな中継拠点しかない。
小さいものはボロ小屋や物見台など、小型魔獣から避難してひと息つけるだけ。
大きなものは宿場や駐屯地、倉庫なども兼ねた砦になっている。
土地のやせた地方都市では市街を囲む城壁も貧弱で、大型魔獣に破壊された跡もぞんざいな補修だけで放置されていた。
「ずいぶんなオンボロだが、貴族は自分たちの屋敷だけは堅固な要塞にして、いざとなれば自分たちだけは閉じこもり、多くの平民を犠牲にしながら戦う」
「俺は帝都の貴族しか知らなかったけど、つくづくろくでもねえな?」
外套のフードを深くかぶった男女が、小さな店先で簡素な食事をとっていた。
「そう言うな。平民とて貴様のように厚かましくふてぶてしい連中だって多い。そういったやつらが『幻想奇書』からおかしな影響を受け、過激派へ走る事態も広がり続けている」
辺境の市街地は石のブロックだけではなく、土を突き固めただけの家屋や道路も多く、城壁の近くではデコボコと荒れがひどい。
新しい山間トンネルが開通したせいでさびれた小都市は空家も多く、閑散としていた。
ひどくやせた幼い少年がひとりで、封筒を届けに来る。
「あの、僕も、お手伝いをさせてください!」
男は封筒を受け取りながら、串揚げの肉団子を一本、押しつけるように手渡した。
「まずは体と頭を鍛えておくこった。そうしねえと、どっち側へつこうが、いいように使い捨てられるだけだ。それに時期や手段が合っていなけりゃ、方向では合っていようが、自滅や後もどりになっちまう。だから早まるんじゃねえ」
幼い少年は残念そうにうつむく。
「でも……それなら、なおさら僕も連れていって、学ばせてください。おふたりは本当は、帝都で伝説となった『狂風勇士隊』の……」
女が鋭い視線で黙らせる。
「知らんな、そんなやつら。私たちは思想などとは無縁な、ただの闇出版業者だ。特に、口が軽くて慎重さに欠けるやつなどに、知り合いはいない」
幼い少年は自分の失敗に気がついて涙ぐむが、歯を食いしばって背を向ける。
その頭を長い指がなでた。
「それでいい。その意地がいい。それを大事に育てて、どちら側へ入っても信用される人間になれば、私たちのほうから礼をつくして迎えるようになるだろうさ」
駆け去る少年を見送り、男がつぶやく。
「おい『帝都一の冷酷残忍』がやけに優しいじゃねえか?」
「夢を持たせるほどむごい仕打ちもないさ。酒や薬と違って、溺れている自覚すら持ちがたい……そう言う『帝都一の卑怯陰険』こそ、串揚げ一本でも恩着せがましく渡す人間だと思っていたが?」
「新しい手口を仕入れただけさ。見返りを求めないふりをするほうが、くれてやったぶんより恩を高く売れることもある」
ふたりは皮肉そうに笑い合うが、交わす視線は以前よりも柔らかい。
店の奥はチョッキにネクタイをしめた初老の男が皿を磨いているだけだった。
通りにも人はいないことが確認されてから、受けとった封筒が開けられる。
「次の隠れ家の手配と……お、最終回の校正原稿か。……しかしあのやろう、これほどいろいろと裏でやっていやがったとは……」
「というか、やつは本気でこれを出版する気か? ほとんど我々の実話ではないか…………な!? やつめっ、こんなことまで……というかやはり、やつだけ美化されすぎている! 元凶のくせに!」
ふたりは抗議を続けながらも、写植印字された文章をかぶりつくように追う。
「くそー、地方の火消しでいいように使われている俺らの苦労はいっさいなしかよ。過激派連中は勝手に『恵太』の後継者を乱立させやがって、しかも邪魔になった元の『恵太』様をニセ者と決めつけて襲ってきやがるのに……」
「それはさすがにまだ取材の限界もあるだろ。やつも書いていない王宮での苦労はあるだろうし……」
エピローグに入って読後感想へ移りはじめたふたりの声が、急に途切れる。
『流浪生活を続ける勇者と女僧侶の間には、いつしか新たな感情が芽生えていた。それは無意識の接近や知らず知らずの触れ合いからも伝わり……』
ふたりは同じ原稿を読んでいる顔の近さ、触れている肩などを意識してしまうが、ぎくしゃくと無言で先を読み進める。
『あとは見つめ合うだけで、次に自分たちがするであろう行為がわかってしまい……』
そのようなページの末行まで来て、ふたりは真っ赤になって硬直し、おそるおそる、最後のページをめくる。
『そこへ以前から勇者に想いを寄せていた武闘家がわりこむ』
「え?」
ふたりが同時に声をあげた直後、城壁を飛び越えて特注高級自転車が落下し、粗末な店の屋根へ直撃して大破する。
砂ぼこりの中から現れた褐色肌の運転手は、降りてくるなりテーブルの料理を勝手に食べはじめた。
「な、なんだ? 今回はお前が直接に配達へ来たのか? 荷物は?」
ギブファットは赤くなっていた顔をそらし、仰天している奥の店主へ十人前の追加注文を出す。
「しばらくなさそう」
「そ、そうか。それで私たちの援護に来てくれたのか……」
ワラレアもさりげなく原稿を隠す。
「恵太くんをとられないように見張りにきた」
「なっ!? 貴様っ!? 好きと言っていたのは、そういう意味で……!?」
原稿がばらけて散り、ギブファットがあわててひろい集める。
「よこどりしたらおもしろそうという意味で好き。いちゃつきたいとは思わないけど」
「おい、俺はもっと優しい好かれかたしてえよ!? あともませ……るお!?」
コクコクうなずく無表情からの裏拳をギブファットはぎりぎりにかわすが、外套のフードは大きく裂かれていた。
「今の、頭をふっとばす勢いのどこに好意があるんだよ!?」
「ツンデレ?」
「ギブファット貴様、少しは恥を知れ!」
「こういうのを正しいツンデレっていうんだ!」
「あー」
「な……っ!?」
三人は痴話喧嘩を盛り上げながらも原稿はかき集め、最後の一枚を確認する。
『三人の行く末やいかに……続刊に乞うご期待!』
それが写植された最後の一文だったが、手書きの追記もあった。
『なお第二王女もそろそろ王宮を抜け出し、新たな冒険へ合流する予定です』
(『異世界へ転生したことにする ~狂風勇士隊迷妄伝~』おわり)




