第37話 異世界へ転生したことにする・救 1
帝都最強の『杖術』は光を貯めこむなり発砲される。
「うぴゃあっ!?」
国王の寝台から、奇声と共にやせた中年男が飛び出て床に転がった。
「父上。体のお加減が急に回復なされたようでなによりです。もう少しリハビリをいたしましょうか」
「ま、待ちたまえリルプラム君! 父さんも、君がいつの間にかたくましくなりまくってうれしいぞお!? できれば、もう少し早く教えてくれたら……」
「仮病をやめ、国の混乱見物を中止しておりましたか?」
童顔の大きな瞳が冷たく殺気立つ。
国王アームワイドの実弟、騎士団長ウェイブライトは苦しげな声で割って入った。
「リルプラムどの。兄上も悩み続けておられたのだ。叔母上の菜歩ちゃん……いや大賢者サラダウォーク様は啓示に頼った政策の危うさを指摘しておられたが、打開策は見つからず、継承希望者もなく……しかし兄上が病に伏せて以来、カメリアどのやフェアパインどのが立候補して政界も活気づき、その勢いを止めたくないと……」
順序だてて説明しつつ、這い逃げて部屋の隅まで追いつめられる。
「リルプラム君。父さんはうれしかったのだよ。私や弟と同じく継承を嫌がっていた君たちが妙にがんばりはじめて……特に、叔母上が見込んだほどの君なら、きっとなにか素質があると思っていたし、期待どおりにおもしろそうな政策を考えはじめてくれたし……でも、若いころの叔母上に少し似てきたとは思っていたけど、少しどころではなかったみたいだね……!?」
国王アームワイドは光を増し続ける娘の杖を半泣きで見上げていた。
ギブファットとワラレアは城内を逃げまわっていた。
「くそっ! 誰が……どこまでが敵なんだよ!? 俺の人生からすると、みんな敵になっている自信もあるぜ!? 急にみんなちやほやしてくれるなんて、おかしいと思っていたけど、やっぱりこんなしっぺ返しかよ!?」
自暴自棄に笑い、光る刃をのたうたせ、次々と目撃者の靴紐やベルトを斬って足止めする。
「だいじょうぶだよ恵太くん! みんなを信じて! ちゃんと話せばわかってくれる!」
「んなわけねーだろ!? 誤解でもなんでもなく、ねらってはめられたんだよ! 王宮はそういう場所だろーが!?」
包囲の兵士は増え続け、大部隊が詰めかけている通路は『剣術最強』であっても避けるしかなかった。
「そんな……そんなの悲しすぎるよ! 人は誰でも、誰かとわかり合うために生きているんだよ!?」
「だったら俺はこんな風に育っちゃいねーよ! ガキのころから軽蔑されなかったことがねーからな!? 世の中のやつらはみんな、俺が最低のクズだと『わかり合って』いやがるんだ! 見下される側にいるなら、見下せる立場をぶんどって『わからせる』しかねーだろうが!?」
階下に独り、長身の金髪少年が立ちふさがっていた。
「恵太……いやギブファット! それが君の本心だったのか!?」
ウェイストリームは捕縛されていたが、連行していた兵士たちは状況を見て縄を解き、大剣までも返す。
「てめえこそ、結局は貴族様らしい意地汚さで、俺の功績をぶんどったじゃねえか!?」
ギブファットは毒づきながらワラレアの手を引き、階上へ逃げる。
「それは違う! リルプラム様が……」
「くそっ、リルベルの野郎、よくも……!」
「リルベルさん? すでにウィンシーさんといっしょに地下迷宮へ逃げたと聞いたが……君の指示だろう?」
「なに!? まさかウィンシーは、もう口封じで……」
ギブファットは伸びる刃で牽制しながら駆けるが、兵士の援護を得たウェイストリームは単独の時よりも大胆に大剣をふるい、その威力と範囲の脅威が真価を見せていた。
薄い曲剣などは軽々と寸断しそうな重厚幅広の刃が追いまわし、手すりを斬り飛ばし、壁まで砕き散らしながら、なおも豪速は維持されている。
「それに父によれば、ウィンシーさんは地方で見かけて助けられなかった貧困児童というだけで、隠し子というのは誤解だと……君はそれを知りながら、利用していたのか!?」
「てめえはまたコロコロとだまされて……どうでもいいけどな!? どうせその程度でぐらつく、薄っぺらい『友情』と『理想』だったんだろ!?」
「む……!?」
「てめえが吠えていた『正しい未来』も、俺との『親友ごっこ』もぜんぶ、こんな一瞬で消えちまう『きれいごと』の妄想じゃねえか!? 少しでも本当になりゃ、おもしれーとか思っていたが……」
「ま、待て恵太…………うっ!?」
大蛇のような刃が『蒼天』隊長の技量でなければ反応できない速さで吠え、ウェイストリームを突き飛ばす。
「……つき合って損したぜ。あばよ道流」
「待ってくれ恵太!」
ギブファットは兵士たちをはじきのけ、蹴落としながらも階上へ追いつめられ、ついには夕闇のせまる城壁上へ出ていた。
市街を見下ろすと下から杖術の一斉狙撃が放たれ、その背後には兵士の大群が何重もの壁を作っている。
「ちっ、こっちはだめか……おいワラレア! いいかげん正気になれって! てめえが最強の甲術を『冷酷残忍』に使いまくらねーと、突破できるものも突破できねーだろうが!?」
灰色髪の少女は手を引かれるままに駆け、涙をぬぐってばかりいた。
「だって、ひどいよ……私たちのインターハイが、こんな終わりかただなんて……」
ギブファットは歯ぎしりしてワラレアの胸ぐらをつかむ。
「しけたつらしてんじゃねえ! 笑え! やつらのザマったらねえぜ! 俺らふたりだけのために、王宮が総出であんなに必死こいて……あれが、お前の見たかったものだろうが!?」
城壁上にも騎士団部隊が続々と展開する。
城外では兵士だけでなく、詰めかけた群衆に多くの貴族も混じって見上げていた。
「それはワラレアだったころの私が意地になっていただけで……本当の水希は、ただ恵太くんたちといっしょに楽しく暮らせたら……」
「ああ、楽しもうぜえ!? だからまず、笑え! クソ貴族どもの不様な顔を! それに媚びへつらう貧乏平民どものマヌケさを!」
ウェイストリームも追いつき、大剣に光をみなぎらせる。
「やめろ! ワラレアさんから手を放すんだ! 君がまだ、少しでも『僕たちの改革』を望んでいるなら!」
「はあっ!? 世間知らずのアホボンボンが! いつまで政治ごっこではしゃいでいやがる!? 『みんなで支え合う世界』なんて、クソくらえだ! そんなことのために勇士団の連中が団結したなんて、大ウソだ! 大昔の弱小規模なら、どれだけ踏みつけられようが、騒ぎだしたりしねーよ! 元は貧乏人の間引きを兼ねたはきだめ部隊じゃねえか! 規模と功績が増え続けて、しまいには落ちぶれ貴族まで名前を売りに寄りつくほどになったから、でかいツラしはじめただけじゃねえか! たてまえでは支え合いとか言いながら、やってることは騎士団の戦力不足につけこんだカツアゲだろうが!?」
兵士部隊も包囲をせばめようとするが、ギブファットの嘲笑罵倒に合わせて暴れ狂う『最強の剣術』は、誰をも寄せつけない。
「どれだけ立派なきれいごとを言おうが、それがもし見習いザコ勇士だったら、誰も聞いたりしねえよ! 俺に首位部隊隊長の肩書きがあったから、みんなだまされたんじゃねえか! 結局はエゲつねえ暴力だけが頼りなんだから、甘いきれいごとなんざ、マヌケをひっかけるためだけの釣りエサに決まってんだろうが!?」
「それなら君はなぜ、そんな状態のワラレアさんを見捨てて逃げなかった!? 彼女はまだ、純粋な心を持つ水希さんのままなのに……なおも巻き込んで利用するつもりか!?」
「決まってんだろ!? 俺の副官は、てめえみたいな生まれつき手遅れのアホじゃねー! 最強の『冷酷』! 最高の『残忍』! 神官どもが『人々を守るため』とほざく『甲術』で破壊と恐怖をまき散らす! 『狂風』にふさわしすぎる外道さ! 必ず帰ってくる! すぐにもどる!」
大剣が嵐の乱舞をはじめ、石畳まで削りながら迫る。
「なぜ!? 君は卑怯者へもどろうとするのだ!? なぜ!? 水希さんまで汚れた世界へ引きもどそうとするのだ!?」
ギブファットは一瞬に刃で刃をからめとって引き寄せ、端正な顔へ飛び蹴りをたたきこみながら叫ぶ。
「その理由は……『この女が俺の理想だから』だ!」
ワラレアは息を飲みこみ、泣きじゃくっていた顔をさらに赤らめる。
「な、なにを言っているのだギブファット? ……いえ、恵太くん?」




