第36話 異世界へ転生したことにする・破 3
王立地下迷宮は最終防衛手段『崩落装置』によって螺旋階段を失い、降り注ぐ岩塊によって巨大縦穴の底も抜け、瓦礫から粉塵と火災の黒煙が巻き上がる。
そのあちこちから魔法の光が漏れ、異世界の光景をまばらに投影していた。
「ああ~。どういう原理なんじゃ~。貴重な資料が……挿絵の背景にそのまま使える資料の山が~」
幻灯は少しずつ薄れ、探究心旺盛な『帝都最悪の人格破綻者』は悲鳴をもらすが、その顔はどこかさびしげに笑っていた。
「まあ、今はしかたないのう? 勝海どの、わしを先に地上へ運んでもらえんか?」
帝都最強の『闘術』は階段が無くなっても、その跡へ残った穴を足がかりに跳び登りはじめる。
「おい、救助隊はオレのいる階へ最初によこせよ!?」
「上の状況にもよるのう?」
リルベルは置き去りのギブファットとワラレアへひらひら手をふったあと、大きな帽子を深く下げる。
「我らが隊長様は……水希どのが引き返すなり、助けに追っていたのう?」
つぶやきは震えていたが、ウィンシーは無表情に「んー」と返すだけだった。
リルベルはくちびるをかみしめ、童顔の大きな瞳を鋭く冷やす。
やがて地上から縄ばしごを下ろされるが、強度の問題からひとりずつ、上の階の者、身分の高い者が優先された。
第五階層に残されたギブファットとワラレア、それに十数人の騎馬隊兵士は延々と待たされる。
「ちっ、なんで帝都を救った英雄様を真っ先に迎えに来ねーんだよ? 反抗しそうな騎士団の捕縛を優先してんのか? ま、この順番くらいは譲ってやるほうが美談を稼げるかな? ふひぇひぇひぇひぇっ」
ギブファットの笑顔は救世主と呼ぶには清潔感があまりに欠落していた。
「もう、恵太くんたら。人を思いやるのは自分を育てるためなんだよ?」
「そういやワラレア、それもうやめろって。もう貧乏くせえ勇士団の連中や、むかつく貴族どもの機嫌をとらなくたって、次の王位さえ決まれば……ぐふぃふぃふぃふぃっ! まだ詳しくは言えねえがよお! ひゃっひゃっひゃ!」
「頭、だいじょうぶ?」
「お前に言われたくねえよ。ていうか、マジでもどってくれよ気色悪いから。俺も実は……ほら、もうとっくに治っていたんだよ。元のギブファットに」
「なんだと? ……あ、いえ、なんのこと?」
切れ長の目に凍てつく鋭さが一瞬だけもどり、ギブファットは体に染みついた習性で飛びのく。鎖鉄球の間合いの外まで。
「い、いや、悪かったとは思ってんだぜ? そこまで追いつめちまうなんて思わなくて……」
「……んもうっ、そんな素直にあやまれるなら、やっぱりちゃんと前世の記憶がある恵太くんじゃない! うふふ!」
「うわあ。やれやれだぜ……まあ、豪邸ぐらしをはじめてから、ゆっくり治せばいいかあ? ……ていうか、マジで迎えが遅えな? 英雄様を最後にするってことは、豪華な凱旋パレードでも準備して……」
ギブファットが不意に眉をきつくしかめる。
しばらく黙ったあと、不自然きわまる笑顔をつくろい、いっしょに残されていた騎士団兵士たちへ近づく。
「いや俺さ~、王宮にいろいろ恩を売りすぎて、上で盛大な出迎えの準備をされているらしくてさ~」
「は……はあ。それはなによりです」
「でも俺は人として当然のことをしただけっていうか? あまり目立たないで、みんなの功績にしたいとか思っちゃうほうだから……なあ?」
「は、はい?」
第五階層まで縄ばしごが降りて来た時、ギブファットは救助の優先順と二着ぶんの兵装を手に入れていた。
「恵太くん? なんでこんな格好で……」
「そんなの、俺の勘が危険を……いいから来いって! 勘がはずれてりゃ、ばれたふりして堂々と出りゃいいんだ」
ふたりは第二階層まで登ると、負傷したふりをして顔を隠す。
「やけどで……いえっ、顔以外はだいじょうぶなんで!」
案内の目を盗んで隠れ、王宮へ忍びこむ。
まだ落ち着かない城内をこそこそとまわり、衛兵隊の立ち話を盗み聞きした。
「リルプラム様のおかげで王宮はどうにか収まったが、地方都市はしばらく混乱しそうだし、帝都から脱走した過激派がそれらを吸収したら、どこまで大きくなってしまうやら……」
ギブファットはかすかに「そんなの俺が知るかよバーカ」とつぶやく。
「今回の『狂神』危機で、地下探索事業も一気に見直し路線だろ? カメリア様とフェアパイン様も立候補を取り下げたわけではないが、これといった対抗姿勢は見せないため、さらに支持ばなれが進んでいるようだ」
ギブファットは「よーし。順調、絶好調っ」とほくそ笑む。
しかし衛兵隊の次のひとことが、その顔をドス黒くゆがめた。
「『蒼天勇士隊』は騒動の中心にいたとはいえ『狂神』封印の功労者だし、実質では『狂風』の連中が対立をあおった黒幕というじゃないか」
ワラレアが飛び出しかけ、ギブファットはとっさに口をふさいでとりおさえる。
「んんぐ……!?」
「やっぱりか。勇士団の連中も言っていたが、ギブファットは指導者ぶっていたわりに姑息な立ち回りばかりに精を出して状況を悪化させ、ワラレアも議場では誇大妄想じみたうわすべりで……こんな大騒ぎを起こして、人気だけ横取りしようなんて考える連中の限界だよな。リルプラム様の聡明な統制がなければ、今ごろ帝都はどうなっていたやら……」
ギブファットは汗だくで顔をゆがめる。
「どういうことだよ……? いや、誰かに泥をかぶせて表向きをしのいで、目立たないように見返りを渡す『おえらい連中』の常套手段か? でも、なんの口裏合わせもなしに……?」
小声でうめき、息が乱れ、うっかりワラレアに逃げられていた。
「あなたたち! なんで恵太君にそんなひどいことを言えるの!? 陰で悪口なんて最低! 私は委員長として絶対……んぐぅ!?」
「バカッ! いいからこっち……!」
ギブファットはふたたびワラレアを抑えてさらう。
噂話をしていた衛兵たちは呆然としていたが、遠くから騎士部隊の伝令が聞こえた。
「『狂風』の隊長と副官が逃げたぞー! 兵士に化けて、すでに迷宮を出ている!」
衛兵のひとりが、あわてて警笛を吹きはじめ、残りも一斉に叫び出す。
「ここです! ギブファットとワラレアはこっちに来ました!」
「内乱の首謀者はこっちです!」
そのころ王宮の奥、国王アームワイドの寝室にも警笛は小さく届いていた。
「すまぬ恵太どの。許せとも言えんが……こうするより収めようがなかったんじゃ」
ぶかぶかの帽子とローブ姿のまま、化粧を落とした第二王女リルプラムは目つきをいっそう暗くして、病床の父へ杖を向ける。
「武広様。ずいぶんとふざけたまねをしてくださったのう?」
寝室の扉は護衛隊長トゥルクレインとその部下が固めていた。
連行されてきた巨体の騎士団長ウェイブライトが縛られたまま寝台のかたわらへ投げ転がされたが、兄の身をかばうでもなく飛びのく。
「や、やはりその服装と杖術は『狂風』参謀の……兄上、ばれておりますぞ!?」




