第35話 異世界へ転生したことにする・破 2
「ローシーさんに助けていただけるとは、なんてうれしいことでしょう」
正体を打ち明けた第二王女へ、師を同じくする旧友は協力を誓った。
「リルプラム様のお望みでしたら。リルプラム様のご命令のままに……」
頭をなでられて陶然とすり寄る姿が親友と呼べる関係かはともかく。
「そうそう、ひとつ誤解があるようですが、ローシーさんにお願いしたいのは私への支持表明ではなく、弟の支えになってほしいのです」
「バンブートゥ王子の?」
巻き毛の少年は壁際で赤面してぐったりしており、その隣ではウィンシーが丸ごとのホールケーキにかぶりついていた。
リルプラム王女は手馴れた早業で厚化粧を塗りたくり、ローシーも派手なリボンの大量とりつけを手伝う。
「王宮は地下迷宮よりも危険を見抜きにくく、必要とされる好運も複雑になります……私の代わりとなれる支えが必要な状況は、いつ訪れるかもわかりません」
「そんな。もうリルプラム様なしに私は……いえ王宮はどうにも……」
「法見ちゃんにしか頼めんのじゃ。わしはこんな事態でもなお『狂風勇士隊』であることを捨てられぬ『帝都最悪の人格破綻者』じゃからのう?」
ぶかぶかのローブと帽子、大きな杖のどれもが不似合いで、そのちぐはぐな不安定さこそ『帝都の女怪人』リルベルらしさだった。
地下深い掘削現場では、フラットエイドが盾に自転車に『甲術』を発動し続け、変容を続ける『狂神』の攻撃をいなし続けていた。
「くっ……ワラレアのように広くすばやくは使えないが、出力と持久性で劣ったおぼえはない!」
しかし大きく上回るわけでもなく、すでに息切れをはじめていた。
「貴様らも撤退しろ! ここは間もなく埋められる!」
後方にまだ残っていた弓兵部隊の部下たちも、階段へ駆けはじめる。
騎馬部隊はすでに王子たちと共に脱出していたが、無傷の騎馬が四匹、置き去りにされていた。
「こいつらまで吸収されてはまずそうだが……」
三匹ぶんの怪物馬を混ぜた『狂神』の肉塊は、あちこちから魔法の光を発しながらズルズルとにじりよっている。
フラットエイドは伸びている馬首の一本が大きくうごめき、自分の近くに転がる首なし騎馬とつながりはじめていたことに気がつく。
とっさに盾の光をたたきつけて断ち切り、反撃に襲ってきた半壊頭部も防いだ直後、背後から衝撃を受けていた。
「がふっ……!?」
断ち分けたはずの死骸……首なし騎馬の傷口からも蹴り足が伸び、胴体までうごめきはじめていた。
「感染した……だと!? いや、分裂なのか!?」
フラットエイドは体勢と呼吸を乱し、巨大なアゴと脚が包むように襲いかかる。
神官少年は背後からえり首をつかまれて放り投げられ、代わりに単独で『狂神』の袋だたきと殴り合う褐色肌の少女が残った。
「ウィンシー!? 貴様、なんのつもりだ!?」
コクコクうなずかれた。
さらに光の巨弾が馬首のひとつを吹き飛ばす。
「間一髪じゃったのう? 王子様たちは無事に脱出なされた」
反撃に飛んできた巨大な脚を三本、同時にはね返す光の壁が一瞬に広がる。
「平助くんだいじょうぶ!? なにがあったの!?」
制服スカート姿のワラレアは心配顔で涙ぐんだ。
「貴様こそなにがあった!? 頭はだいじょうぶなのか!?」
未知の脅威『狂神』とも冷徹に渡り合っていたフラットエイドが取り乱す。
「頭のほうは恵太くんが向かっているから、早く逃げないとだいじょうぶじゃないかも! いつまでたってもわんぱくなんだから! うふふ!」
頭上の天井付近で、黒髪の少年が暗躍していた。
吊り下げられた掘削機器が次々とはずされてバランスを崩し、横倒しに降ってくる。
「へひゃひゃひゃひゃ! 超・大物の新種じゃねーか!? こいつで賞金、どれくらい稼げるんだよ!?」
腹に響く震動が連続し、フラットエイドたちへせまっていた『狂神』の中心部は鉄骨や機材による爆撃で押しつぶされていった。
「不定形……もしくは群体を成す微細な魔物かのう? しかし魔法を発動できる意志などもあるのか? 実に惜しい。研究できればとんでもない発見も多そうじゃが……」
リルベルは考察しながらも、次の杖術弾も準備していた。
下敷きにされた巨大な肉塊はなおもうごめき、粘液のように形を変え、はいずり出ようとしている。
「……まだわしらの手には余るようじゃ。今は埋めもどすしかあるまい。おとなしく埋まってくれるかも怪しいが……とりあえず、複雑な機能までは複製しきれないようじゃのう?」
最大出力による二射目の標的も、のびた首の先にある頭部だった。
巨大な肉塊のあちこちにも騎馬の顔は生えていたが、それらの表情はまとまりがなく、乱雑に筋肉だけで動かされている。
視線が多少なり標的を追っていた頭部をすべて失うと『狂神』の動きはひどく大雑把になった。
「しかし『香霊』の妖魔じみた無茶もしてくるようじゃのう!?」
やみくもに、巨大な蹄がいくつも射出される。
掘削ドリルをたたき曲げ、軍用自転車を爆砕し、生き残っていた騎馬の胸元へめりこんだ。
ウィンシーは鋼鉄台車をぶん投げるが、本体の『狂神』は一瞬ひるむだけで這いより続ける。
もれだす光は残された騎馬たちにもからみはじめていた。
螺旋階段の上から、伝令の兵士が叫ぶ。
「崩落装置の準備ができました! フラットエイドさんたちも脱出を急いでください!」
「かまうな! すぐに起動させろ!」
フラットエイドやワラレアたちは壁際の螺旋階段まで退避していたが、ギブファットだけは神殿の上で刃をふるい続けていた。
「巻きこむんじゃねえヘンタイ野郎! 時間稼ぎくらい、俺がやってやらあ!」
リルベルは杖に光を再充填する。
「巻きこむにしても、焼却剤を使ったあとじゃ! 『香霊』の倉庫に照明剤がある!」
「う……不定形では、がれきの隙間からも這い出てくるか!?」
フラットエイドはとっさに伝令を抑える。
「炎による高温と乾燥もねらいじゃが、燃焼によるガスだまりで窒息させながら埋めれば……あの魔物は、空気中に出てから活発になったのじゃろう?」
「そういえば、出てきてしばらくは動きもにぶく……酸素を奪いきれば『埋まっていたおとなしい状態』にもどせる可能性も高いのか!? よしっ、我々ごと焼いて埋めよ!」
「だからてめえはひとりで心中しやがれ! ……ってこれ、どうすりゃいいんだよ!?」
神殿は四隅の鋼線をはずされて不安定になっていたが、中央の一本は特に太く、連結の解除装置も見当たらず、魔法の刃で打ち続けてもはずれる気配がない。
返答の代わりに最大出力の杖術が天井の接続部へ撃ちこまれた。
剣術使いでも最も身軽で器用で姑息とされるギブファットは、少しずつ落下をはじめた神殿から跳び、光の刃を伸ばして天井へ突き刺し、わずかな時間を稼ぐ。
ウィンシーもすでに全身を光らせて飛び出し、ギブファットをひったくると散らばる器材を蹴って引き返した。
追いすがる『狂神』の脚や首の群れは、待ちかまえていたワラレアが巨大障壁で遮断する。
神殿が落下を早め、フラットエイドと『狂風』の四人が螺旋階段へ飛びこんだ直後、狂神はふたたび広範囲に押しつぶされ、神殿の壁を構成していたガラスの立方体が爆発的に飛び散った。
階上では騎士団部隊と、それを手伝っていた勇士団部隊が待ちかまえ、最後の脱出者を確認するなり、次々とタルを階下へ落とす。
中身の粒状燃料がまき散らされ、その上へランプも投げつけられ、階下に炎が広がった。
ギブファットは不安げに『狂神』の封印を見守る。
「間に合うのかこれ?」
「遅いやもしれんのう? 空気中へ粉末が散るよう、もっと派手に……」
リルベルの指示は、ウィンシーのいる場では多少なり注意をすべきだった。
燃料タルは階上から次々と運ばれていたが、誰もがその場に放り出して逃げ出す。
駆け上がる『帝都最強の闘術』は燃料タルを次々と蹴り飛ばし、掘削現場の入口を狙うが、かなり乱雑に爆散させていた。
すぐに階上まであちこちから炎の柱が噴き上がり、勇士たちの髪を焦がしはじめる。
リルベルはワラレアに守られながら駆け上がるが、ギブファットはフラットエイドの首へ刃を巻きつけ、盾にしながら引きずり上げていた。
「てめえもっと『甲術』をふんばって使えよ!? 俺が燃料まみれになったら、火をつけたがるやつらだらけなんだよ!?」
「私だってそのひとりだ! ええい放せ! いや、やはりそのまま放さず、ここでいっしょに埋まれ~! 崩落装置を起動させろ! すぐに起動させろ!」
まだ階上に残っていた者たちも、近い階層の鉄扉へ一斉に退避している。
「すいませ~ん。もう起動させていま~す。時間差ありますけど、崩れ出すとすぐなんで~」
階上から兵士の声が届き、ギブファットは螺旋階段を見上げた。
はるか上の階では、すでに階段と壁のすき間が開きはじめ、人も落ちそうな幅まで広がっている。
巨大縦穴の螺旋階段は一段ずつが大きな三角形の石材で支えられているが、壁との接続部分は一点に集中しており、通されている芯棒も浅い。
安全装置を抜けば横方向の力に弱くなり、起動装置で最上部の数段が押し出されると、あとは連結された下の段も次々と重みで引っぱり出され、やがて一斉に抜け落ちる。
王立地下迷宮における最悪の事態へ備えた最終防衛手段『崩落装置』である。
「おい待てって……!?」
「ふははは! 残りわずかな時間、自らが重ねた罪業を悔いるがいい!」
ふたりの隣に、いつの間にかウィンシーが立っていた。
「む!? さっき私をかばったくらいで、この男が許されると思うなよ!? 我らはここで、死なねばならんのだ!」
ウィンシーは眠そうにコクコクうなずき、フラットエイドを階上高く殴り飛ばす。
「うざい」
十数階ほど上は黒煙で見えにくくなっていたが「平助が直送されてきた!? ありがとうございます姉上!」と無駄に明るく大きな声が届く。
「恵太どのがとっさに刃をもどさなければ、首だけお届けされていたがのう……っと、いかん! 頼む勝海どの!」
螺旋は最上部の数段がはずれ、ぐるりと何十段もずれこみが加速し、ゴリゴリと響く音は急速に下方まで伝わる。
リルベルが抱えられた時、ワラレアはなぜか階下へ駆け、ウィンシーの手が届かない範囲へ出ていた。
ギブファットもワラレアを追って引き返していた。
「先に上へ……」
リルベルは苦しげに指示をつぶやく。
「なにやってんだよ水希!?」
「だって、せっかくみんなで隠した平助くんの黒歴史が出てきちゃう!」
火炎地獄へ通じる奈落から、焼けて醜さを増した巨大肉塊が這いずり出ようとしていた。
最大出力で広げた『甲術』の巨壁が異形へたたきつけられ、バランスを崩した巨体は落下して地響きをあげる。
それがふたたびはい上がる前に、石塊の瀑布が降りそそぎはじめていた。
「受けとれ勝海~!」
ギブファットはワラレアの腰へ刃を巻きつけ、ウィンシーほど突出しているわけでもない闘術をふりしぼって放り投げ、十階近く上の『餓竜迷宮』の入口へ届かせる。
『帝都最悪の卑怯陰険』が、仲間を救助するために『最強の剣術』を使っていた。
「うぉい水希、そこで甲術の傘を作れって! すぐ! 勝海と小鈴も俺に当たりそうな岩はぶっこわせ! 早く!」
ただし盾に使う意図も兼ねていた。
ギブファットは半泣きで壁にへばりつき、最強の剣術をかつてない精度と速度でピッケルのように操り、虫のようにはいのぼる。
「ごめん恵太くん! 連続で使いすぎてもう……」
「わしも~」
「だるい」
いちおうはギブファットの真上へ盾が作られ、壁際に降ってくる岩塊は手甲や光弾でも迎撃されていたが、大型の竜すらつぶせる想定の重量は軌道を変えにくかった。
「ざけんな気合い入れろくださいてめえら!? ひぎゃああ~あ!?」
巨岩の嵐が頭や肩をギリギリにかすり、小石とは言えない大きさの破片も全身に浴び、ギブファットは絶叫を上げ続ける。
「でも喜んで恵太くん! 人は苦しい時こそ成長するの! ……生きていればだけど」
「ひひ。あれこそ我らが隊長様らしいご勇姿じゃのう?」
「ねむい」
帝都最強の戦闘部隊『狂風勇士隊』の結束は固く、隊長ギブファットの人望も厚かった。たぶん。




