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第30話 最強の神官はありえない悟りを開いた 3


「生まれ変わったつもりだろうと、貴様が貴様である限り、かならず同じ壁にぶつかる。異世界であろうと、人が人である限り、かならず同じ問題が起きる。人権だの民主制だの、そんなご都合主義の幻想が仮に実現しようと、必ず悪用する者が現れ、すぐに弱肉強食へ引っぱりもどすさ」


 見張りや休憩に出ていた勇士たちも少しずつ、第三階層の補給所広場へ集まり、誰もが踏み入ってすぐ、異様な雰囲気に口をつぐんだ。

 多くの視線の中心で、灰色髪の神官少女は静かに語っていたが、その気迫は重みを増し続ける。


「努力の機会が平等に与えられるだと? どうせすぐに金と暴力で操られ、公平などは見せかけだけになる。みんなで代表を選ぶ政治だと? どうせその投票すら嘘と不正でねじまがる。竜や魔獣がいないだと? そんな世界になれば、どうせ人間同士で争いだすに決まっている! 武器が人殺しのために研究されるような、もっとひどい地獄になる!」


 黒髪の少年は胸ぐらをつかまれたまま、冷たく燃える凝視から目をそらせないで黙り続けた。

 それでなおさら、灰色髪の少女は亡者のようにすがりつく。


「現実は理不尽で苛酷なものだ。毎日のように誰かを踏みつけなければ、明日は自分が地べたへはいつくばる。それは貴様が、誰よりもよく知っていたことだろう?」


 言葉では怒っていても、少女の顔にはもう、さびしさしか残っていない。


「ひとりひとりの生きかたが大事にされる世界など……誰もが支えあって救い合える世界など……そんな、甘すぎる世界……」


 苦しそうに言葉をとぎらせ、深くうなだれる。


「そんな、優しい世界…………あったら、いいよなあ?」



 少女は肩を落としたまま背を向け、おぼつかない足どりで衛兵詰所へ消えた。

 見送った勇士たちの顔にも影が濃く、なかなか声が出なかった。


「俺らクラス委員長に……いや、ワラレアさんに見限られたのか?」


「学級崩壊を起こしたから……いや、貴族でもないのに、城の政策へ口出しなんか考えちまったから?」


「いやいや、きっと少しばかり、疲れとるだけじゃ。皆様も少し休みを入れてから、打ち合わせをやりなおすのがよかろう」


 リルベルは笑顔でとりつくろい、休憩の順番を指示するが、空気は重くなり続けた。


「もう、終わりなのかな……」


「やっぱりぜんぶ、最初から……」


 気の抜けた小声がちらほらともれていた。

 リルベルは最小限の立ち番だけを残して全員に休憩をとらせると、ギブファットとウェイストリームとウィンシーを連れ、衛兵詰所へ入る。

 仮眠室はいくつかあるが、最も奥の扉は気配があったので避けて向かいの部屋へ入り、それぞれが毛布にくるまった。


「とにかく外部の状況がわからぬからのう? 場合によっては辺境の都市へ逃げ隠れする手配も整えねばならんが……そこまで気力のある者も、どれだけ残っておるやら」


 それきり誰も話さなくなるが、ワラレアのいるであろう向かい側をじっと見ていた。



 灰色髪の少女はどこまでもちぢこまり、震え続けていた。

 それでもやがて、心身の限界が意識を途切らせる。

 いつ以来か、深い眠りへ沈みこんでいた。



 無限の闇の中でどのような夢を見たのか、くわしくは思い出せない。

 その光景は『神の楽園』のように美しいが、どこか見慣れた温かさにもあふれていた。



 地下深くでは、夜明け前の冷えこみも感じにくい。

 それでも体に染みついた習性で、日の出る直前には目覚めていた。

 しばらくは天井の暗闇を見つめる。

 起き上がってからも立ちつくす。

 やがて灰色髪の少女は、小さくつぶやいた。


「なんだ。こんな簡単なことだったのか」



 リルベルが目をさますと、同室の三人はすでに起きていた。


「いやはや。わしもどうやら、疲れがたまっていたようじゃの……我らが委員長どのは?」


 反応がない。

 三人が気まずい沈黙で見つめてくるばかりだったので、杖をつかんで飛び起きる。


「い、いったいなにが!?」


 背後の扉が開き、長いひとさし指がリルベルの頬をつついた。


「もう、おねぼうさんだぞっ、小鈴ちゃん!」


 おそるおそるふりむくと、灰色髪の少女がくすくすと笑っていた。

 神官着ではなく『幻想奇書』にしばしば登場する『セーラー』という学生制服のスカートを軽快にゆらしている。


「みんなも早く、学食へ行こうってば! 恵太くんの大好きなオムレツ、がんばったんだから! ほらもう、遅刻しちゃう~!」


 そうまくしたてて全員の口へ薄切りのパンをさしこみ、自らも一枚をくわえると、黒革カバンと棘鉄球を手に駆け出す。


「いやあ、水希さんは驚くほど元気になって、なによりだ」


「あ、ああ。ちょっと怖いくらいだが、さすが委員長だぜ」


 リルベルはがく然とした表情で狂人ふたりの会話を聞き流し、ワラレアをふらふらと追う。



 小さな食堂は多くの勇士でにぎわっていたが、その表情は奇妙な錯綜をしていた。


「みんなもせっかく今日まで合宿についてこれたんだから、インターハイに出場できないともったいないぞ!」


 灰色髪の制服少女は率先して食事を配膳し、オムレツへ勝手にトマトソースのハートマークまで描いてゆく。

 リルベルの耳には周囲の勇士がつぶやく「あんなに無理をして明るく……」「覚悟を決めたのだ……俺たちのために! 委員長だから!」「私はなにを迷っていたのだ……すでに部活届を捧げた身でありながら!」「我らこそが支えねばならんのだ! クラスメイトとして!」などの妄言が届いてしまう。


「だいじょうぶ! 今日までいっしょにがんばったおたがいを見つめて、笑顔を見せ合うだけでいいの! それでちゃんと、明日の自分も信じられるから!」


 ピースを横にした決めポーズへ、拍手が巻き起こる。

 熱狂的な歓声に混じり、目頭を押さえて嗚咽する者まで多数。

 リルベルは騒ぎにまぎれて近づき、ふるえる小声でささやく。


「ワラレアどの? あれほど薬物乱用は嫌っていたじゃろうに、なぜ……よりによって今?」


「んもうっ! クラス委員長の私が、そんな退学ものの校則違反をするわけないでしょ!?」


 ワラレアはリルベルの鼻先をちょんとつつき、ウインクまで送りつける。 


「いやしかし、正気のワラレアどのはどこへ置き忘れて……」


「だいじょうぶ。忘れてないよ。私は『狂風勇士隊』で、ずっとリルベルといっしょだったワラレアだってば!」


「え」


「それに恵太くんとはおさななじみのお隣さんで、運動部の副部長で、クラス委員長!」


「え……え?」


 汗だくで青ざめるリルベルの両手をワラレアが握り、満面の笑顔を見せる。


「自分が『水希』だった異世界の前世を思い出しただけ!」




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