第29話 最強の神官はありえない悟りを開いた 2
勇士団残党のたてこもり拠点が第三階層の補給所へ移ってからも、包囲だけで二日が過ぎた。
「妙じゃのう? なんの呼びかけもなく、強行突破へ来るでもなく……」
王立地下迷宮の魔物をさえぎる鉄扉は厚く、深い階層ほど何重もの隔壁が築かれている。
「……竜や大型魔獣でも、よほどしつこく攻撃しなければ突破できん強度じゃが、工作器具と魔法を併用できて構造も知っておる騎士団ならば、もっと早く済むはずじゃが?」
「それなのに延々と放置とは、なにを考えている? 餓えさせるつもりにしては、水道を止めてこない……地上ではなにが起きているのだ? 妙なものを落としてくるし……?」
リルベルとワラレアは疲れた顔で首をひねった。
ふたりが見下ろす巨大縦穴の底はごくゆるいすり鉢状で、壁沿いの螺旋階段だけがさらに深く入りこんでいる。
底の中央付近に、今まで見かけたことがない廃材の山ができていた。
錆びかけた鉄檻や壊れた自転車などが多い。
「攻撃にしては中央に集中しておる。建材の鉄骨とかではなく、中途半端な強度の…………まさか『燃えないクッション』かのう?」
リルベルが補給所へもどる途中でつぶやくと、正解を告げるように背後から爆音が轟く。
「今度はいったい、なにを落としたのだ!?」
「いかん。掘削現場の担当班が危ない! 勝海どのは水希どのを連れて……」
指示の途中で補給所からウィンシーが飛び出て、片手でワラレアをひったくる。
「……第五階層まで避難させるんじゃ! できれば第四階層!」
丸ごとのキャベツをくわえたままコクコクとうなずき、螺旋階段をすべるように駆け下りる。
ワラレアは小脇に抱えられながら大盾の魔法を広げ、一階層上からの一斉射撃をはじき返す。
さらに二階層上、人影が豆粒ほどに見える突入口のふちで、騎馬隊が怪物馬から制御の馬具をはずす奇妙な作業が見えた。
底を見れば、馬具がほとんどない怪物馬へ、十数人の騎士が鎖をかけようとしている。
一部の金属廃材はつぶれて平たくなっていた。
「わざわざ騎馬を降ろしたのか? なんのために?」
掘削現場からも、見張りに下ろしていた二部隊十人の勇士たちが駆け上がってくる。
「貴様らは近い迷宮へ避難しろ!」
ワラレアは十人を先に逃がし、ウィンシーと共に螺旋階段を守る。
怪物馬は鎖ごと騎士部隊をふりまわして暴れ、数台の廃自転車を砲弾のような勢いで蹴り飛ばすが、帝都一の甲術がはじき散らしていた。
騎士のひとりは鎖を腕にからめて握っていたが、廃材でつまずいた拍子に馬首に大きくふりまわされ、壁へたたきつけられる……寸前、ウィンシーが片手で受け止めていた。
「手伝う?」
提案された兵士は目を丸くして、ただ首を横にふるしかなかい。
部隊仲間のワラレアは今さら驚かないが、呆れてはいた。
「やめておけ。機会があれば我々『狂風』も討つように命令されているはずだ」
「ぶっとばす?」
「やめてやれ。もう二匹目が下ろされようとしている。我々が妨害しなければ、馬具の装着くらいは対応できる精鋭をよこしているはずだ」
ウィンシーは兵士をそっけなく放り出し、キャベツの残り半分を芯ごと食べきる。
ワラレアたちも階段を昇りはじめると、地上から鉄檻が降下してくる。
鉄柵の前後をはずして怪物馬を吊り下げているが、大きく揺れ、不穏なきしみを反響させていた。
もがく怪物馬で鉄檻は暴れ狂い、巨大な蹄が階段に当たって破片を飛び散らせている。
鉄扉へ飛びこんでやりすごしたものの、第五階層には通路と四枚の鉄扉しかなかった。
様子を見て第四階層まで昇るが、この階も慰霊堂の手前に工事用の倉庫がいくつかあるだけで、その一部は衛兵の休憩室になっているものの、テーブルがふたつと椅子が十脚ほど置かれているだけだった。
そして第三階層まで近づけば、第二階層からも目視しやすい距離になり、狙い撃ちになる。
「私の甲術でも、この人数は守りきれないが……」
「だいじょうぶですよ。俺たち『砂塵勇士隊』とこいつら『轟雷勇士隊』は穴掘り作業員だったやつも多いんで、ここの倉庫で使える物はだいたいわかります」
器材箱から未使用の土嚢袋などを取り出し、間に合わせの寝所を設置しはじめていた。
ウィンシーはワラレアともうひとりだけ抱えて第三階層へ帰還する。
「……というわけで、とりあえず『砂塵』の隊長だけ連れてきた。少し前に小さな崩落があったとは聞いたが、ほかになにか変化は?」
補給所広場に各隊の代表者が集められていた。
「昨日も階段の近くがへこんで、地割れが走ったんです。小さくて浅そうなんですが、頻繁に起きている様子にも見えました」
「まさか本当に、この状況で新階層が出現するのか?」
「俺も信じがたいですが、騎士団が騎馬を下ろすなんて無茶をしている理由も考えると……あ。それと『轟雷』隊長のババアはいちおう、光の噴出を見たとか」
「『香霊迷宮』の腐汁だまりのような、カビや苔か?」
「いえ、人間の魔法発動みたいに明るくて、すぐに消えたとか言ってたんで、ただの睡眠不足かもしれません」
リルベルは杖で自分の頭をゴツゴツたたき、小さくつぶやき続けていた。
「深いほど魔力も強まるとはいえ、放射されるとなれば武器術のように変形や強化を伝播させるのか……しかし理性なき精神では魔法に集中できないはず……いや、極端に集中する可能性も?」
隣ではウィンシーがぞんざいにうなずき、さらにその隣ではウェイストリームが爽やかな笑顔を見せる。
「しかし新しい階層だからといって、より危険な魔物がいるとは限らないだろう? 弱い魔物や、好戦的ではない新種も見つかるとよいのだが」
「能天気もそこまでいくと芸だな……しかし実際、骨格の強度からすれば竜より大きくなれるとは思えないが、さらに強くなりうるのか?」
ワラレアはリルベルの珍しく深刻そうな顔を気にしていた。
「いやいや、わしにも予測できんよ。迷宮は新しい階層へ到達するたび、地上の生態系や進化では説明できん変化を見せておる。これまでの『一段上』どころではなく『けた違い』が出てしまう可能性もあるんじゃ。そうなった場合……」
「我々は帝都を守るため、死力をつくすのだな!?」
ウェイストリームが力強く拳を握って見せ、ワラレアがはたき落とす。
「そんな貧乏くじなど城のやつらへ押しつけて、さっさと逃げるに決まっているだろうが!?」
「水希どの、もう少し遠まわしに……とはいえ、それくらいみもふたもなく、誰かひとりでもほかの都市へ危機を知らさねば、人類が滅ぶ事態もありえなくはない」
ワラレアも意表をつかれる規模の脅威だった。
ウェイストリームは驚愕してワラレアとリルベルを見比べる。
「小鈴さん、それはいくらなんでも……クジラが変異すると自らの体格で死んでしまうというし、仮にそれくらいの巨体で動けるバランスになれたとしても、螺旋階段の崩落装置を使えば……」
「それは『一段上』の推測じゃ。わしが恐れる危険性は、大きさのようにわかりやすいとは限らん。『香霊』にいる妖魔の破滅的な不安定さとか、竜のウソみたいに安定した肉体合成とか……」
「む。そう言われると鬼の持つ『知性』という角度の違った危険性は、多くの駆け出し勇士を苦しめてきた」
「むう……学術の話になれば、意外とまともな思考もするんじゃがのう?」
リルベルは残念そうに箱入りボンボンの金髪頭をながめる。
ワラレアは眉を険しくしていた。
「もし騎士団も同じ警告を法見から聞いていたら、我々の命などはさらに軽くなっているだろうな」
ギブファットもいちおうは同席していた。笑顔のまま首をひねっていたが、顔色は悪かった。
デューリーフはほとんど眠りかけていた。
ウィンシーは同席しないで入浴していた。第三階層には狭い別室の貸しバスタブしかないが、半分かじった夏みかんを浮かべて熟睡していた。
なんの交渉もないまま、鉄扉から出れば撃たれるだけの対応がさらに続いた翌日、第四階層にいた勇士たちが自作の盾をかざして駆け上がって来る。
「移動するなら合図を送れと言っただろう!?」
ワラレアとウィンシーは救助に駆け下りるが、その目の前で、壁にはねかえった弩砲が『轟雷』隊長のふくらはぎをえぐる。
第三階層の診療所では簡単な手当てしかできない。
中級勇士の闘術は片脚全体を数分ほど淡く光らせ続け、出血は止めたが、立つのもやっとだった。
「なぜ合図を出さなかった?」
「こうやってアタシらが自力で昇らないと、委員長がさらに無理しちまうだろ?」
悪人顔の中年女は汗をぬぐって苦笑すると、無理に歩いてみせようとする。
「そんな余計な気づかいのほうが疲れる! 貴様はたしか、地方傭兵からたたきあげの平民出だろうに……」
「本当は、時機を見て寝返りゃ金になるかと思って残ったんだけど……へへ。委員長のおかげで、アタシなんかでもキレイになれた気がして……」
「気のせいだ。しっかりしろ。そういう心変わりしたふりは、牢屋へぶちこまれてから工夫するものだ」
「気のせいでもいいさ。ここで捨て駒にされるほうがおもしろい。『深淵』の連中みたいに、クソ気まずい顔でおえらい連中へ頭を下げるよりは、よほど……あの音は?」
さざめきのように、多くの足音が遠くから響いていた。
「第二階層の騎士団が、日ごとに増えている。昨日から特にあわただしいが……おい露葉…………それはどうした?」
巨大縦穴の鉄扉から、デューリーフが入って来ていた。
両肩をほかの勇士に支えられ、えぐられた片方のブーツから血の跡をひきずっている。
「あいつら、弩砲を少し上に移動させていた。たぶん『明日には一気に通す』みたいに話していたけど……扉を破る機材を運ぶ気じゃねえかな?」
「貴様……誰が偵察などを命じた!?」
「いや、オレは子供だから、だいじょうぶかと思って」
「子供だろうが、やつらが貧民の命などを気にかけるわけがないだろう!?」
ワラレアは怒気を強めるが、デューリーフは照れたような苦笑を続ける。
「いや、体が小さいと見つかりにくいだろ? オレ、剣はたいしたことないけど、目や脚はいいから……」
「その脚を痛めて、これからどう食っていくつもりだ!? 無駄口はいいから、闘術を肉体回復へ集中させろ!」
すでにひざの上で縛られて出血は抑えられていたが、ブーツを裂いて脱がせ、手当てをはじめる。
「こんな大勢にじろじろ見られていたんじゃ、集中できねえよ。これでもいちおうは女子だからな?」
追い払うしぐさで人垣は散るが、そのほとんどはデューリーフの強がりを見抜いていた。
「露葉どのは、闘術による回復をどれくらい使えるのじゃ?」
周囲が遠ざかり、リルベルが小声で聞くと、デューリーフはうつむき、苦笑におびえが混じる。
片脚を淡く光らせるが、数秒で消え、その何倍も待ってから、ふたたび数秒だけ光らせる。そのペースが変わらない。
「どうやら苦手科目のようじゃのう……はじめからそれで全力じゃったか」
少しずつ、包帯に血が広がり続ける。
「だからケガをするのは怖くて、危ない役を仲間に押しつけるのがうまくなったら、なぜか隊長にされていたんだ」
ワラレアはデューリーフが無理に作る笑顔から目をそらす。
「恵太も似たようなものだ」
「だから兄貴にあこがれたんだ。兄貴は肝っ玉が小さくて、魔力も上級じゃ並以下のくせして、姉御たちをまとめて、ど汚えやり口で首位を奪って……」
「それなら誰を犠牲にしてでも、自分の身は守れ!」
「姉御だって、みんなのために体を張り続けているじゃねえか。センキョとかギムキョーイクとか、オレにはよくわからねえけど、今ここで無理をすれば、少しはみんなが暮らしやすくなるんだろ?」
ようやく血は止まるが、そっと動かさないように、その場で横になる。
狭い補給所のあちこちから、低いうめきがもれていた。
ギブファットは拳を振りあげる。
「露葉ちゃんをこんな目に合わせやがって……もう許せねえぜ! 職員室のやつら!」
表情をひきしめたうなずきが広がり、ウェイストリームもギブファットの肩を力強く握る。
「やはりこの改革は、なんとしてもやりとげねば……君と僕で! なぜ……字も読めぬ露葉くんが正しき未来を悟り、王宮の者たちはそれをわかろうともしないのか!? なぜ! 幼い女の子が、このような仕打ちを受けねばならないのか!?」
あちこちから歓声がわきかけ、ワラレアは演説者を棘鉄球で殴り倒す。
「その理由は『これが現実だから』だ」
場が凍てつき、ギブファットだけが笑顔をつくろう。
「わ、悪かったよ委員長。たしかに、話し合う方法だって考えないとな。先生たちも居てこその学校なんだから……」
ワラレアがその胸ぐらをつかむ。
「違うだろう? そんなものは、貴様と私が求めたものではない」
「な、なんで? みんなが平等になれば、みんなが生徒会長を選べて、ただで字の読みかたも教えてもらえて、不良や不登校なんていなくなるんだぜ? 俺はそのためだったら命がけで……」
「違う。私は命をかけるならば、嫌われ憎まれ続けた『狂風』の副官として死にたい。そんな空虚なきれいごとのために殺されたくない。そんなものに……貴様を奪われたくない」
一階層上から、騎士団大部隊の足音が響き続けていた。
「もう目を覚ませ。貴様は『帝都最悪の剣術使い』ギブファットであることを誇ってくれ。貴様は……自分を捨てて他人になりすませば、しあわせになれるとでも思っているのか?」
巨大縦穴の底でも時おり、怪物馬の群れが吠えていた。
「みじめで不様な毎日を踏み越えてきた、自分の過去まで否定してしまうのか? それらの積み重ねの末に、私と出会い、仲間へ引きずりこんでくれたのだろう?」
ウェイストリームは恵まれた闘術のおかげで、たんこぶ程度で起き上がれたが、周囲の静寂にとまどう。
勇士たちの顔には失望があふれていたが、どこかでそれを受け入れている様子にも見えた。
「私は貴様の臆病で屈折した人格を信頼していた。卑怯さと陰険さを尊敬していた。欲深さと下劣さに感謝していた。そのすべてを……捨ててしまえるのか? みんなに好かれる優しく素直な『恵太』になって、私と共にあがき続けた『帝都最悪の勇士』を絵空事のように忘れてしまうのか?」
ワラレアの声が震えている。
「頼む恵太……私のギブファットを返してくれ」




