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第26話 最大の危機は最大の好機と思いこむしかない 2


 第二階層『咆獣迷宮』の補給所へ通じる侵入路は三本ある。

 巨大縦穴からの鉄扉。

 長いトンネルを抜けた先の騎馬厩舎から王城へ通じる長い階段。

 そして補給所にある衛兵宿舎の奥にも、王城へ続く内部通路があった。


 巨大縦穴を通らないで地上の城まで届く通路は、大型の魔物を防ぐために幅が狭い。

 そのような場所で人間同士が牽制し合えば延々と長引き、障害物を積めばすぐにも通行不能になる。

 しかしダブデミの槍術は大盾ごと相手をふっ飛ばし、ローシーの杖術は障害物をまとめて爆砕できた。

 長細い通路では先頭に立つ個人の能力が戦況を大きく左右し、かつて首位部隊だった『蒼天』のふたりが来襲すれば、対抗できる人材は限られる。


「交渉はどうなっているのだ!? このまま道流みちるを矢面に立たせ続ける気か!?」


 ワラレアが使う最強の甲術であれば、最強の槍術も受けきれた。

 しかし腕、肩、足首などへの負担は大きく、鎖鉄球による牽制などで少しでも直撃をそらさなければ、相手の息切れまでもたない。


「ウェイストリーム様を盾にする卑劣な戦術など、貴女の指図でしょう!?」


 ローシーの杖術は威力でリルベルにおよばず、ウィンシーが小手をかまえて全身の光を強めれば耐えきれる。

 しかし連射性能ではリルベルをもしのぎ、ウィンシーですら大鬼の袋だたきにあっているかのように足を止められ、近くに転がる瓦礫や兵士を投げ返してしのいでいた。


鳩亜はとあちゃん、それ貸して」


「え……だめに決まっているでしょ!?」


 ウィンシーがあまりに率直に槍をねだり、ダブデミはつい一瞬、そうしたほうがいいのかと考えそうになった。


「返すから」


「胴体ふっとばす勢いで投げ返されても困るの! というかあなた、王族の血筋を隠して勇士団に潜伏していたなんて、なにを考えて……」


「んー。『道流くん総受け』?」


「撤退しましょうローシー!」


 ダブデミが突然に後退をはじめ、近接戦を不得手とするローシーはぎょっとして歩を合わせる。


「なんですかいきなり!? その『総受け』とは……ウェイストリーム様に、さらなる危険でも?」


「そ、そうなの。デリケートな問題もあるから、ここで下手な深追いは避けて、その言葉も不用意に口へ出すのは避けて……」


 ダブデミは上級勇士でも最小と言われる頭脳をふりしぼって言葉を選ぶが、視線は挙動不審に泳いでいた。



 ワラレアも追撃は避け、後詰めに控えていた見張りの部隊へ、障害物の再設置などを指示する。

 言い終えて気がつくと、床にへたりこんでいた。

 ウィンシーがかつぎあげようとするが、自力で立ち上がって歩き出す。


「いや、だいじょうぶだ。平助へいすけもそう長くは無茶をできまい。やつがゆがんだ報告を続けているだけなら、そろそろ王子たちも損害の大きさに耐えかねて……」


「むきになっていじめてくるかも」


「……ちっ、それもまた為政者らしい理不尽だな。貴様は肝心なところで案外と鋭い……そうでなくては、風来の逃亡生活で生き残れなかったか」


「ママは強くて頭もよかった」


 ウィンシーが無表情につぶやき、ワラレアはその横顔を不思議そうに見上げる。


「貴様が身内を誇るとはな。『人型魔獣』の異名どおり、荒野にひょっこり独りで生まれ落ちたような、孤独を好む生き暮らしと思っていたが」


「ママは好き。ママが体を壊してからは、わたしはなんでもやった」


「……なぜ今、そんな話をする?」


水希みずきちゃんと小鈴こすずちゃんも好きだから」


「……やめろ。今は笑えん冗談だ。我ら『狂風』の結束をそんな薄っぺらい言葉でけがすな」


「たまにウザくてなぐりたいけど」


「そこは気づかえ。というか貴様は殴りたいと思った時にはすでに……」


「ウザい」


 長く部隊行動を共にしてきたワラレアでなければ、避けようもない豪速の不意打ちが空振りして壁へめりこむ。



 ワラレアが疲れきった足どりで補給所の食堂までもどると、テーブルにつっぷして仮眠していたリルベルがよろよろと起きあがる。


「いやいや、だいじょうぶじゃ。それより……」


「縦穴を任せていた『断崖』と『絶壁』まで壊滅しただと?」


「騎馬を使った岩落としに不意をつかれたようじゃ。代わりに『海嘯かいしょう』と『波濤はとう』を配置したが、これでトンネルのほうは道流どのひとりに近い。『渦巻うずまき』と『濁流だくりゅう』も負傷者が多くて後方支援で『霧雨きりさめ』はそれもできん被害で『砂塵さじん』も気張りすぎてばてとる」


 ウィンシーも同席してコクコクうなずいていたが、自部隊の名称すら記憶しているか怪しいことはリルベルもワラレアも承知していた。


「中級以上で全員無事は『深淵しんえん』くらいじゃが……」


「むしろ『深淵』が配置やタイミングを知らせている可能性も高いな」


 言及するまでもなく、下級勇士の部隊はすべてケガ人だらけで、食事も進まないほど疲れはてていた。


「この階層は捨てるべきか? 第三階層の補給所ならば、守りを縦穴の鉄扉だけにしぼれる。施設はかなり小さくなるが」


「うむ。交渉の見通しが立たんからのう? なにか探ろうにも、外部の情報が途絶えたきりじゃ」


「ふん。地上の連中がどう働きかけようが、国が相手ではどうせ、本腰をいれて脅されたら引っ込むだろうさ。第二王女も紙切れ一枚で『平和な解決』に努めたふりをできて、もう満足だろうよ」


「いやいや、彼女も複雑な立場なりに必死なんじゃがのう?」



 王城にはダブデミたちがふらふらと帰還する。


「無事でしたかダブデミさん」


「おつかれさまですダブデミさん」


 騎士団兵士たちの誰もがダブデミを本名で迎える中、ダブデミは考えこむ。


「ねえ、早く交渉に応じてあげたほうがよくない? いえ、鳩亜という愛称を早く解禁したほうがよさそうとかいう話とは別に」


 ローシーは疑惑の視線を向けたが、いちおうはうなずく。


「私も『狂風』の悪魔たちを追いつめすぎている懸念は感じます。ワラレアの狡猾非情も脅威ですが、リルベルの邪知陰謀には底が見えませんので……」


 兵士たちに案内される通路の途中、長身の女が直立不動で待っていた。


「リルプラム様より預かってまいりました」


 第二王女つきの護衛隊長トゥルクレインは、厚い書類束をローシーへ渡す。


「私に……?」



 主君不在の玉座の間では、王子たちが待っていただけでなく、汗だく泥だらけのフラットエイドまで駆けつけてきた。


「ダブデミ、なぜ突然に撤退した!? ここで徹底的にたたきのめして威光を示さねば、市街の連中も……」


「で、でも追いつめすぎると火災とか魔物開放とか、いろいろ危ないんでしょ?」


「あの『狂風』と和解などを考えればどうなるか、忘れたのか!? あの串揚げ肉団子の味を……!」


「三本まではおいしかったよねー。でも『同じもの』を頼んだばっかりに、ウィンシーと同じ百本盛りまで出てきて……」


「礼節を重んじる我々が、残さず食べようとすることにつけこんだ罠だったのだ!」


「意地にならないでウィンシーに頼めば、食べてもらえたと思うけど……というか味にまで文句をつけたから怒らせちゃって……」


「それも含めてやつらの陰謀だったのだ~!」



 ローシーはダブデミとフラットエイドの言い合いを放置したまま、第二王女の書類を読みふけっていた。

 読み終えたページからカメリア王女とフェアパイン王子へ手渡されるが、ふたりは首をひねる。


「新階層の兆候など、リルプラムはどこまで本気なのでしょう? ここまでして騒ぎを長引かせたいのでしょうか?」


「しかし『餓竜がりゅう迷宮』よりはるかに強大な魔物とはいったい? すでに太古の遺構らしき構造物も出土しているし、あとは『神の楽園』だけのはずでは? リルプラムは教典にも詳しいはずだが……」


 聖神教典において、大陸の名にもなっている『聖神ユイトエルブ』は大自然の万物を創造し、神に背いた竜を埋め、神を失望させた鬼も埋め、人類という種族にはじめて祝福を与えたとされる。

 しかし第二王子バンブートゥは眉根に不安を寄せていた。


「姉上の研究書で学んだことですが……教典はあくまで、当時に可能だった範囲で啓示を分析した解釈であって、不正確な部分も多いようです。あるいはもしや、第二、第三の『竜の階層』もありうるとか?」


 リルプラムと同じ師を持つ学友へ視線が集まる。

 ローシーは考え込む時のくせで、宙をにらみっぱなしだった。


「はい……この惑星の半径から考えれば、まだ数百の階層すらありえます。それに『餓竜迷宮』を直に観察した私としては、あれはとても『人工物』とは呼び難く……材質も自然法則も無視した変形と融合をくりかえし……まるで『香霊こうれい迷宮』の妖魔じみて不安定な『楽園のなりそこない』です」


「竜や鬼が『人類のなりそこない』で、地下にしか住めない『失敗作』であるように、遺跡のように見える最深階層も、地上環境の試作段階ということですか?」


「はい……そしてあの常軌を逸した変形の規模は『人ならざる巨大すぎる意志』が魔法を使った結果のようにも感じられ……仮にそれが『神の楽園』への道のりであったとしても、それほど巨大な魔力の根源へ近づけば、はたしてその脅威は竜の延長ごときで済むかどうか……?」


 小柄なローシーと子供に近いバンブートゥ王子が議論を深め、ダブデミが口をぽかんと開けていたところへ、数人の掘削作業員が入ってくる。



「こんな状況で報告するようなことではないと思っていたのですが……数日前に掘削を中止する直前、今までに無い微弱な震動が増えておりました」


「な!?」「え?」と言ったつぶやきには護衛隊長トゥルクレインの小声も含まれ、カメリア王女は疑惑の視線を向けた。


「あなたも同じ師に学んだ同士、リルプラムの研究は理解していたのでしょう?」


「いえ、私にリルプラム様やローシー様ほどの才質はなく、大賢者サラダウォーク様からも早くに破門されたひとりです」


 ただし原因は素行不良である。


「そのような弟子のひとりにすらなれなかった私のような者が、その何十倍いたと思っているのです?」


「しかし私などでは、その研究記録についても理解はごく浅く、まさかこれほど早く事態が切迫するとは思い至りませんでした」


 トゥルクレインは腰低く応対して『だから気をそらすために持ってきただけなのに、偶然の一致って怖いなー』という付け足しは飲みこんだ。



 さらに騎士団の伝令がフェアパイン王子へ駆け寄る。


「……なにっ? ……どうやらウェイストリームくんたちは、下の階層へ移動をはじめたようだ」


 フラットエイドはギラギラと目を光らせる。


「しめた……その深さであれば、もう地下市街の火災は気にしないで済む。騎馬牧場を守る必要もなくなる……移動を終える前にたたくべきだ! ローシー、貴様の一時撤退も、これを誘うためだったのか!?」


「いえ、そういうわけではありませんが……あれほど凶悪な者たちがここまでおとなしくしていたのも、まさか『新しい階層』の悪用をねらって……?」


 トゥルクレインは『考えすぎです』という言葉は飲みこみ、周囲の緊張に合わせて目を鋭くさせる。


「リルプラム様が私にここへ残るように指示なされたのも、この事態を予期しておられたのかもしれません。できる限りの協力をさせていただきます」


 トゥルクレインの礼儀正しい出まかせに、フェアパイン王子がうなずく。


「うむ。彼らが自暴自棄になって『餓竜』よりも危険な……それこそ邪神のごとき脅威すら使いかねないならば、もはや猶予はあるまい!」


 トゥルクレインは力強くうなずき返しながら『こいつチョロいな』という言葉は飲みこんだ。

 総攻撃の準備に駆けてゆく兵士たちへ続いて退室しながら、ひそかにため息をつく。


「もうちょい掘ったら楽園が出てきて大団円とか、ご都合主義エンドはないのかなー?」


 騒ぎにまぎれて、斬新すぎる自説もつぶやく。




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