16 ごちそうさま?って話
昨日の夜はドキドキして寝れませんでした。
今も寝不足だけど、寝てなんかいられない!
ー遡ること3日前
それは、みんなでご飯を食べ終わりリビングでだらだらしていたときの、こと。
「予定より早く引っ越しして来ちゃったお詫びとして、今度のライブに招待したいんだけど…」
と、陸さんは私達にチケットを3枚チケットを渡してきた。
そうなのだ、確か陸さんは日曜日に、家に遊びに来るという予定だったのだが、火曜日に引っ越して来たのだ。
引っ越して来たというか、兄の一言で流されてそのままというのが正しいが。
火曜日、陸さんがANさんだと知った日、兄は陸さんのバイト先で陸さんを待ち伏せし、捕まえてから陸さんの家に帰り生活用品と服をあるだけ車に詰めて、私の学校に来たのだった。
家に着いた後、兄が「 コイツ、安藤陸は今日からこの家の住人だ」と言ったので、流れに流されその日からこの家に住むことになったのだ。
生活用品も、服もあったしね!
大学の教材とかも陸さんの部屋から持ってきた兄って、すごいよね。
ちょっと用意周到すぎて、ひくけど。
陸さんの家にはもともと物が少なかったため、残ったのは、家電と録音機器や楽器、家具だったのでそれは、後日引っ越し業者に頼んでこの家に運んでもらうようだ。
ちなみにまだ届いていない。
なので、陸さんはお客さん用の布団を部屋に敷いて寝ている。
陸さんの引っ越しが早まったのは兄のせいであって、決して陸さんのせいではないが、そんなことはどうでも良い!
陸さんのライブに行ける!
嬉しすぎて泣きそうだった。
「もちろん行く!行きたい!ありがとう、陸さん」
と、私は陸さんからチケットを受け取り言った。
でも、チケットは3枚しかない。
大輝にぃ、りーくん、兄、私、で4人だから、1枚足りない…と、私がチケットを握りしめて首を傾げていると、
「1枚足りなくないよ。涼の分は必要ないから」
と私の気持ちを読んだように言った。
「なんで?」
と、私はまたもや首を傾げる。
「俺も、陸と同じライブに出るから客席にいれねぇーんだよ」
そう答えたのはりーくんだった。
「え?りーくんもライブ出るの?!」
「あーまあね」
驚いた。
りーくんは嫌な顔するかなって思ったから。
でも、りーくんのライブに行ける!
「そうなんだー、なんかすっごく楽しみになってきた!」
「楽しませてやるよ」
と、りーくんはおでこにキスをした。
そんなりーくんに陸さんはとても驚いているようだ。
「なっ、お前何やってんだよ!」
「いつものことだから、気にすんな」
焦ったように言った陸さんを落ち着けるように兄が言った。
「いつものこと!?」
「そう、いつものこと」
次に答えたのは大輝にぃ。
すると、陸さんに肩を掴まれた。
「いつものことって…そんなの絶対よくない!よくないから、ちゃんと自覚持とうね?咲笑ちゃんは女の子なんだよ?」
「分かってるよ、自分のこと男なんて思ってないよ」
と、私が言うと陸さんはあからさまにため息を吐いて、「分かってないよ」と呟いた。
そんな陸さんの呟きなんて私はどうでも良かった。
実をいうと、陸さんのライブにも、りーくんのライブにも行ったことがないのだ。
りーくんはライブに私が来るのを嫌がるからだ。
だから今回も良い顔をしないかな…って思ったがそうでもないようだ。
とにかく私はライブが楽しみで楽しみで…。
ってなもんで、ライブの前日は寝ることができず
今に至るのだ。
今回のライブは、5バンド合同のライブらしい。
兄の車に乗りライブハウスに着いた。
このライブハウスは、歌友のライブハウスだ。
なので、ライブハウスの中に入ると、知り合いが多くいるらしくさっきから何度か引き止められている。
私に話しかけてくる人はいない。
仕方ないじゃん、歌友での友達が少ないんだから!
話しかけられるのは、大輝にぃか兄だ。
2人が話している間、私は暇だ。
私は、ぎゅうぎゅうのライブハウスを見回した。
兄と、大輝にぃのライブには行ったことがあるからこういうライブハウスの空気は初めてではないが、ドキドキしてきた。
りーくんの登場になのか、陸さんの登場になのか分からないが、早く出てきて欲しかった。
薄暗かった室内が一気に明るくなった。
人がステージに、立つ。
観客が声を上げる。
前に行こうとする人の波に流され、私もステージの近くまで行くことができた。
ドラムのバチが交錯され、リズムを刻む。
ギターが、ベースが、キーボードが、音を奏で始めた。
そして、歌声が響く。
聴いた途端に引き込まれる。
力強い歌声、かと、思えば儚く。
男の人にしては高い声。
ANさんだ。
どこまでも出そうな高音、引き込まれる空気。
さすがANさんだ。
私の憧れの歌声の持ち主。
聴き惚れていると、曲が終わってしまう。
その後、バンド紹介があり、数曲歌い、ANさん、
陸さんの出番は終わった。
その後、何組かのバンドが演奏を披露していく。
りーくんはまだ出ていない。
もう4バンド、演奏が終了しているのだから、りーくんは最後なのだろう。
いきなりギターの音が聞こえてきた。
ライトが人を照らし出す。
りーくんだ!
「よりー!よりー!」
と、yoriコールが聞こえてくる。
yoriというのは、歌友でのりーくんの名前だ。
「りょう」だから、最初の二文字を裏返して「より」で「yori」にしたらしい。
周りの声に合わせて私も声を上げる。
「よりー!よりー!」
りーくんはギターを肩からかけていた。
りーくんが弦をかき鳴らした瞬間に、空気が変わった。
演奏が始まる。
響く声、突き抜けるような疾走感。
私もペンライトを振って、声を上げる。
とても楽しい!
りーくんの歌をこういう形で聴くのは初めてだったから、改めて感じた。
りーくんの歌はすごいのだと。
そんなありきたりな言葉しか思い付かないが、ただひたすらに、すごいと感じた。
1曲目は、ロックテイストだった。
私も知っている曲だった。
りーくんがよく口ずさんでいるので私も覚えてしまったのだ。
1曲目が終わり、バンド紹介を挟んで、次々と歌っていく。
りーくんはとても楽しそうだ。
私も楽しいが。
割と、テンポの速いものが多いなーと思っていたら、
「えー、曲紹介をします」
と、りーくんは言った。
他のバンドは終わる事に曲紹介をしていたし、りーくん達のバンドも、ここまでの曲名は演奏後に紹介していたのに、何故だろう?
「最後の曲になるんだけど」
なるほど、最後の曲だからか。
と、納得していると、りーくんと目が合った。
物凄くこっちを見ている気がする。
自意識過剰かな?
そうだよね、ステージ上から客席って暗くてよく見えないもんね。
「「うさぎは、花を食べるのか」って曲歌います!」
と、りーくんが言うと、アコスティックギターを持った人がりーくんの隣に立った。
そして、りーくんがギターを置いた。
ちなみにりーくんが弾いていたのはエレキギターだ。
アコギが音を奏で始める。バラードなのかな?
りーくんがマイクを握りしめたのが見えた。
今だに目が合っている気がするのはなんでだろ?
「うさぎは、花を食べるのか」という歌はとても不思議な曲だった。
登場人物は、うさぎとうさぎの飼い主の(多分男)の人。
飼い主はうさぎをとても大事に大事に育てているんだけど、うさぎは飼い主に噛みついてきて、可愛くないなと思いながらも、うさぎを大事にするって話だ。
歌詞の1のサビに、
「お前なんて大嫌いなんだよ」
とあって、
歌詞の2のサビに、
「大好きだから、ずっと一緒にいろよ」
とある。
なんだか、その2つにフレーズにドキドキした。
うさぎと飼い主が喧嘩して、いつも負けるのは飼い主で、その喧嘩直後と仲直り後のシーンでのセリフなのだ。
なんだか聴いてて泣きそうに…というか泣いてしまった。
りーくんの歌声はいつもより高めで柔らかい。
りーくんの声にとても合ってる曲だった。
私は、りーくんの歌よりも先に、りーくんのこと自体を知ってしまっていたので、なんだか変な気分だった。
そのことに関しては大輝にぃにも言えることだけど。
初めて聴いた曲だから、りーくんの歌声に感動したのか、歌に感動したのか、自分でもどっちなのか分からなかった。
「ありがとうございましたー」
とりーくんの大きな声が聞こえて、我に帰った。
りーくんがステージからいなくなっていて、帰ろうと思い、大輝にぃと兄に声をかけようと周りを見ても、2人はいなかった。
ライブに夢中で気付かないってどんだけだよ、私。
今頃になって焦り始める。
周りをキョロキョロしていると、後ろに「staff only」と書かれたドアが見えた。
もしかして、2人は出演者に知り合いがいたとかなんとかで楽屋とかに行っているのか?
「staff only」のドアから2人が出てこないかなーっと、ドアを睨んでいると
ーガチャ
と、ドアが開き、人が出てきた。
暗くて顔がよく見えないが身長が高いし、髪はタオルかぶってるからよく分からないけど、大輝にぃかも知れないと思ってガン見する。
その人は、人混みをかき分け私の方に歩いて来ている。
あれ、もしかして大輝にぃなのかな?
「大輝にぃ?」
と、その人に向かって間違ってたら恥ずかしいので、聞こえない位小さな声で言うと、
「はあ?大輝じゃねーよ、涼だよ!涼」
と、いう声が返ってきた。
「え?りーくん!?」
アホ面してしまったのは仕方のないことだと思う。
だって、りーくん、さっきまでステージにいたじゃん!
「こんなところにいるのバレたら大変じゃん」
と、私が言うが、周りの音にかき消されてしまう。
「え?聞こえねー。とりあえず出ようぜ」
と、りーくんは大きな声で言い、私の手を掴んで防音の重いドアを開けた。
って、ここ「staff only」のドアじゃん!
「ここのドアってほとんど使わねーんだよ」
とりーくんは言った。
ドア1枚あるだけで、音が遠ざかった。
ドアのこっち側はスタッフの通路のような所だった。
りーくんの腕が私の方に伸びてきた。
指が私の頬に触れる。
目の下を指でなぞられる。
泣いたのがバレた、と思った瞬間自分の顔が熱くなったのを感じた。
「お前、泣いてただろ?」
やっぱり指摘されたー!
「泣いてない!」
嘘だけど、否定しとく。
「嘘吐くなよ。ずっと見てたんだから知らないわけないじゃん」
ずっと見てた?
あれ?やっぱり目が合ってたのは気のせいじゃなかったんだ。
「今日、お前が見にきてくれて嬉しかった。俺目当てじゃなくても」
と、りーくんは少し変な笑顔で言った。
「陸さんに招待されて来たけど、陸さんだけじゃないよ、りーくんも見にきたんだよ!」
「りーくんも…ね」
りーくんはそう呟いた。
まだ変な笑顔のままだ。
それがなんとなく嫌で、
「泣いたよ」
なんて気付いたら口に出していた。
なんとなく、さっき嘘を吐いたのに、今更素直になってみた。
だって、りーくんの笑顔、笑顔じゃなかった。
「うさぎの曲も、それを歌ってる時のりーくんも素敵すぎて、なんか、切なくなっちゃって泣いちゃった」
と、私が続けて言うと、りーくんは変な笑顔を崩した。
そして、優しい顔で笑って
「そうか、ありがとう」
と言って、私の頭を撫でた。
その顔のりーくんの方が好きだ!
私も汗をかいていたけど、りーくんの前髪がかなり濡れていたので拭いてあげようと思って、ジャンプしてりーくんがかぶっていたタオルをとった。
りーくんは少し驚いて、一瞬目を瞑ったが、すぐ何でもなかったように開いた。
「屈んで」
と、私が言うとりーくんは座ってしまった。
ここは、廊下みたいな場所でそこまで汚くなかったからだろう。
私も、床に膝をついて、りーくんの頭を拭いた。
「りーくんって歌声、素敵だったよ。私はうさぎの曲が好きだったなー」
「あれ、俺が作詞したんだ」
「え?嘘!?」
「本当、本当。うさぎと、飼い主にはモデルになったやつがいるんだぜ?しかもミミも知ってる人」
「えー!誰々?」
こんだけ私に興味を持たせておいて、
反応がない。
手を止めて、りーくんの顔を覗き込むとすごい近距離で目が合う。
「ミミ」
少し掠れた声でりーくんに呼ばれる。
「なに?」
と、聞いた瞬間、目の前にりーくんの顔があって、唇が重なった。
「え?」
と、私が漏らした声にりーくんは、舌を出して、いたずらっ子の笑みを浮かべた。
「うさぎのモデル、お前。ちなみに飼い主は俺」
確かに、りーくんは私の事を「ミミ」と呼ぶ。
そういうことなの!?
というか、唇!
唇あたったよね?
「そんなことより、りーくんの唇…」
と言うとりーくんは私の唇を指でなぞった。
なんか、りーくん色気ムンムンなんだけど…。
「ごちそうさま?」
うー、ごちそうさまじゃねーよ!
ファーストキスだったのにー!
おでことか、頬とかにするキスとは別物だよ!
ドアの向こう側ではアンコールが始まったようだった。
私の脳みそは考えることを拒否していた。
りーくんは、私の手を繋いで、上機嫌で鼻歌を歌い始めた。
「アンコール大丈夫なの?」
とか聞く余裕はなかった。




