最終話 ラティエル
「おかえりなさいませ、カシスタン様」
外出から帰ったカシスタンは、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「アリアンディ!ついに、そのときが来た!」
カシスタンは挨拶もそこそこに、私の手を取り、寝室へと向かった。
「さっき、空に赤い星が見えたんだ」
「ええ、私も見ましたわ。でも、それがなにか――」
寝室の大きな鏡の前、カシスタンは鏡に映る私を見つめた。
「カシスタン様、いったい何を?」
「感じない?」
そっと、私を後ろから抱きしめると、お腹の上に手を置いた。
「……え?」
トクンッ――!
信じられない。
私のお腹に、確かに、微かな温もりを感じた。
それは、私の体から発せられる熱とは違う、確かな存在の波動だった。
「君の求める宝物がいるよ。時空を越えて、ようやく、あの子も、ここへ辿り着いた」
「うそ……」
私の瞳から、止めどなく涙が溢れ出した。
「アリアンディ。君は、もう一度、母親になる。今度こそ、幸せな母親に」
そうか……。
私とカシスタンの出会い、そして、私たちが永遠の愛で結ばれる時を待っていたんだ。
ずっと、ずっと待たせていたんだね。
「あなたは、いつだって約束を叶えてくれるのね」
「愛する君のためなら、なんだってできるよ」
私は、2つの世界を超えた愛の奇跡に、ただ感謝した。
私にとって、これ以上の幸福はなかった。
そして、季節は巡る。
春になり、私は、小さな命をこの腕に抱いた。
カシスタンと私の娘。
カシスタンのように深く輝く瞳と、私と同じ薄い茶色の髪をしていた。
2つの世界の愛が、この子の中に宿っている。
私たちは、この子を「ラティエル」と名付けた。
魂の光。
まさに、この子の存在そのものだった。
時折見せる愛らしい頬のえくぼは、前世で生き別れた娘、愛美と似ていた。
私たちは、笑顔に満ちた日々を過ごした。
ラティエルの成長は早く、よちよち歩き、言葉を覚え、毎日を喜びで満たしてくれた。
カシスタンは、良き夫であり、良き父だった。
私とラティエルを心から愛し、私たちを守るために尽力してくれた。
領地は発展し、人々は幸せに暮らし、私たち家族の周りには常に温かい光が満ち溢れていた。
ある日、幼いラティエルは、無邪気に私の髪を撫でながら言った。
「ママ、なんでいつも笑ってるの?」
その言葉に、私は一瞬、息を止めた。
かつて、無理して笑顔を作っていた頃の自分が脳裏をよぎる。
あの頃は、幸せなふりをするしかなかった。
心は鎖で縛られ、笑うことさえ苦しかった。
『無理して笑うことないよ』
前世の夢の中で聞いた、優しい声。
今だって、無理して笑う必要なんてない。
「幸せだからよ」
カシスタンが、そして、私の愛しい娘が、私のことを心から愛してくれているから。
もう、何も怖くない。
私は、今度こそ、本当の幸せを手に入れたのだから。
その夜、ラティエルがすやすやと寝息を立て始めたのを確認すると、カシスタンは静かに私を抱き寄せた。
「可愛いね」
「ええ。天使のようだわ」
「君のことだよ、僕のお姫様」
私は、彼の首に腕を回し、顔を上げた。
その瞳には、私への深い愛と、温かさが満ち溢れていた。
「アリアンディ……」
彼の唇が、私の唇にそっと触れた。
優しく、慈しむようなキス。
「愛している」
彼の声は、熱を帯び、私の耳元で囁かれた。
私は、彼の胸に顔を埋めた。
「私もよ、カシスタン」
私を縛り付けていた鎖は、もうどこにもない。
私が手にしたのは、愛する家族と、自分自身の意志。
夜空に輝く星のように、私の人生は本当の光を放ち始めた。




