エピローグ
――五年後。
ユリウス王国と『未来連合』の戦争は、二人の聖女の死と共に幕を閉じた。
一人は王国第一聖女、マリア。聖女でありながら内政外交に長け、国民の信頼も厚い、まさに『奇跡の聖女』。
もう一人は『小悪魔使い』と巷で噂される王国元第三聖女、リリシア。男女問わず悪人善人だろうと等しく殺戮し、拾った子供を片っ端から戦場に投下したまさに『悪魔の聖女』。
何故諸外国がリリシアに手を貸したのか多くは謎に包まれているが、間違いなくこの戦争は彼女達二人を中心に巻き起こったものだった。
非道な人体実験の結果生まれた『小悪魔』達を指揮し、王国の武力を跳ね返して王国中枢まで攻め込んだリリシアは、一説によると悪魔の化身となり、聖女マリアと共に地獄に落ちたと聞く。
或いは、王国深部に秘蔵されてる『らしい』呪いの根源に諸共飛び込んだとも聞く。
確かな情報はなく、また確かめる術ももはやなかった。
確かなのは戦争が終わった。
それだけだった。
――――――
――戦争終結から、更に数年が経った。
王国外れの小さな孤児院。
近隣の街から外れた元教会の建造物をそのまま使ったその孤児院は、二人の先生とたくさんの子供達が生活していた。
「リリシアーせんせー! 誰か来たよー!」
「――あら、誰かしら」
どたどたと、子供達の足音がする。
金髪の女性はゆっくりと立ち上がると、やいやいと騒ぎ立てる子供達に手を引かれて教会の入り口まで歩いた。
僧侶だろう。
そう思わせるのは修道服や立ち振舞いからすぐに分かった。
気になるのは、彼女の両目が白い包帯で覆われていることだった。これでは前が見えないだろう。
彼女や子ども達はそれを気にしたようすもなく、先導されるようにして孤児院の玄関へと向かった。
「――リリシア様」
一人の女性が立っていた。
赤みがかった茶髪で、目つきは鋭い。女性、というより兵士や傭兵というイメージが選考するような人物だった。
「よく来たわね。いらっしゃい、リィル」
修道女は、旧友に再開したような顔で、彼女を迎え入れた。
「こんなところにいらしたのですね」
進められるがまま、室内の椅子に尋ね人は座った。
興味深そうに見守ってくる子どもたちに軽く視線を送りながら、生きていた恩師に体を向き直す。
「ええ、まぁ。色々あってね。みんなは元気?」
コクリとリィルが頷き返すと、リリシアはぱっと笑った。
「随分と探しました」
「色々と追手が多くてね。死亡説を流布してしばらく逃げ回っていたのよ」
「それは理解していますが、何も我々に隠す必要があったのですか?」
「『赤風』様、あなた周りの国ではそれなりに名が知れていたでしょう?特に戦争が終わった後なんかは最初の子たちはみんな英雄みたいな扱いだから、情報を渡すのが難しかったのよ」
「ですが――」
納得いかない様子のリィルを見て、あまり変わっていないのだなと微笑ましい気持ちになりながら、リリシアは首を振った。
「ちょうど良かったと思ってね」
子どもたちは、多くの戦いを経て、多くを学び、多くを失い、多くを得た。
これ以上、彼らの人生に関わり続けるのは、彼らにとって損失なのでは、と。そう思った。
「私と生きることだけが、人生じゃないのよ。それにクロスなんかは子供もできたんでしょう? 貴方もそういう相手はいないの?」
何故それを知っている、と驚く彼女に、「秘密」と楽しそうにリリシアは返した。
あれからずいぶんと経った。
リリシアは、子どもたちをただの殺し屋から、大量虐殺者へと変化させてしまった。
これ以上、殺しはたくさんだ。子どもたちにも良くない。離れたのはそういう思いからだった。
「それにね、世の中にはまだまだ悪い人たちがたくさんいるのよ」
「――リリシア、国境付近のキーシィル伯爵だが、君の想定通りのようだ」
背後から、幾分老けた様子のライレオットが姿を表す。泥だらけの格好で、今帰宅したばかりの様子だった。
「そう、残念ね。じゃあ、ケイルを呼んできて。狩りの時間よ――リィル、ごめんなさい、助けなければならない子どもたちがいるの」
立ち上がるリリシアに、リィルは覚悟を決めたように頷く。
「私もついていきます」
「――」
「貴方の側に居させてください。私は、貴方を守り、貴方の剣として生きて死にたいのです」
リリシアは困ったような顔した。
「クロスやモモイのように、平和に暮らすことなど出来ませんでした。私はいつも貴方を探していて、まるで自分のことなどどうでも良いでのす」
「散々貴方に酷いことをさせてきたわ」
「いいえ。いいえ違います、リリシア様。酷いことをさせてきたのは、世界の方なのです。そして貴方が、私を救ってくれた」
だからどうか、貴方のおそばに。
懇願するような瞳は、成長したにも関わらず隣に居た以前の彼女とほとんど同じだった。
「責任を取る、ということね。お母様もケイルも、いつもそればっかりね」
「……?」
観念したようにリリシアは頷いた。
そしてリィルの手を握る。
「来なさい、リィル。貴方にはこれからまた私のために働いてもらうわ。今度は仕事仲間としてね」
「いえ、家族です」
「……そうね、家族として。また一緒に戦ってちょうだい」
「――はい!」
彼女は笑みをこぼすと、やる気まんまんとばかりにライレオットから詳細を聞き始めた。
リリシアはこれで良かったのかと少しだけ悩んだが、すぐに馬鹿らしくなって考えるのをやめた。
自分はやりたいことをやるだけ。
それに付いていくと言うなら、止めはしない。
世界がもう少しだけ、子供達に優しくありますように。
リリシアは祈ると、それから子供達の世界を作るために歩き出した。




