三十一話
クロスとケイルへの指示は至って単純。
敵の魔眼保持者の確認だ。
魔眼は敵の位置を探る、凄まじい戦略的優位を与えてくれる物だ。だが、生成するのには多大なコストが掛かるので、一握りの騎士達しか所持していない。
いくらマリア子飼いの騎士達とはいえ、魔眼を持つ事を許されるほどの実力者であれば数は限られる。
それが何人、そして何処にいるのかを突き止めてほしい。それがクロスとケイルに依頼した内容だった。
二人を選んだのはシンプルに、交戦距離の噛み合いだ。
ケイルも魔眼を保持しているとはいえ、誰が持っているかまでは見通せない。つまり距離を詰めて確認するしかない。
そこから情報を持ち帰るのにもっとも生存確率が高いのがこの二人だった。というよりも至近距離で戦えるのはこの二人しかいないだろう。
リィルや、クリムとブルムでは、迎撃しながら撤退するというのが難しい。攻撃することは出来ても、逆に攻撃された場合防ぐことが出来ないからだ。その点クロスとケイルであれば攻撃を防ぐことはもちろん、至近距離での攻撃力も持っているのでうってつけだ。
……というよりも取れる選択肢の中でマシなのがこれというだけだが。
『リリシア様、もうすぐ合流出来そうです』
『分かったわ、焦らないでいいから、気をつけるのよ』
脳内でリィルに返答しながら、もはや無線機となってしまったモモイに目をやる。
……彼女なりに、リィル達を守ろうと必死なのだろう。その頑張りに報いるためにも、まだまだ気を抜けない。
「さぁブルム、ここからは貴方にも働いてもらうわよ」
「……はい」
ブルムは静かに頷く。
私が殺し合いの場にこの子達を向かわせるのに、誰も逆らわなかった。
もちろん状況がそれを許さないからだ。
それでももし。
彼らが真っ当な家族のもとで産まれていれば。
今頃はピーマン一つ食べるのにすら嫌々と首を振っていたに違いない。
それを思うだけで、どうにもやるせない思いが湧き上がってくる。
そうはならなかった。
たったそれだけで、何故ここまで酷い扱いを受けなければならないのか。
私は世界へと向かう呪いの声を胸の内に生み出しながら、せめてこの五人だけは幸せにしてみせると誓いを胸に。
二人を連れて日光の差し込む森林の中をひたすら東に進む。
監獄を出発点として、王国から脱出するには大きくニ通りの選択肢があった。
即ち、北か東だ。
いまだに治める国が存在せず無法地帯とかしている北
小国達が睨み合いを続ける東。
どちらが安全かと言えば当然後者。
そしてマリアも、私がそちらに向かうことなど百もお見通し。故にこうして、東側に全兵力を配置している。
全く許し難い。
だが、ここを譲るわけにはいかない。
ここで引き返して北に向かうようなら、鼻からそちらを選んでいる。
どう聞いても、人が住んでいけるような場所ではないと思うからこそ、私は例え読み切られても東へ向かうのだ。
人を呪い呪われ、作物すら育たなくなった、地獄。呪いの果てにある世界。それが北部大陸。
そんな場所に向かうことが、果たして彼らの明日へと繋がるだろうか。
もしかして、気のいい人達がいて、そこで子供達の仲良く暮らせたりするだろうか。
……そんな風には到底思えなかった。
あるのは地獄。
もちろんここに残っても地獄。
そして、東に在るのは……大量の王国騎士。
その先に、光があるとは思っていない。東の国々の状況も芳しくないと聞くからだ。
しかし、賭けるのならそこしかない。
私はそこに全体重を掛けて。子供達の命も秤に乗せて。
進む決意をした。
今更、判断を切り替えたりはしない。
ここからが本番。
王国騎士達を殺す。
殺して殺して、この国を脱出する。
そうしなければリィル達が生き残れない、幸せになれないのだとしたら。
例え大切なこの子達の手を血で真っ赤に染め上げても、生き残らせる。
「――リリシア様」
やがて、荒い息を吐きながらリィル達四人が私の元に姿を現した。
「おかえりなさい、怪我はない?」
「はい、問題ありません」
リィルの報告に頷きながら、彼女の頬についた泥を指で拭ってやる。
それから、リィル、クリム、クロス、ケイルの四人に外傷らしいものが見当たらない事にホッとすると、ケイルと目を合わせた。
「場所は掴めた?」
「はい。殆ど顔馴染みだったので、わかりやすかったです」
まぁそうだろう。ケイルを含め、魔眼保持者は王国でも十人前後。マリアがどれだけ力を持っていても、隠し球の魔眼保持者などはそうそう現れないはず。となれば、全てケイルの知り合いでもおかしくはなかった。
「こちらの位置も捕捉されたかしら」
「ええ、間違いなく。しかしそのための彼らでしょう?」
その問いに頷く。
ケイル達の持つ魔眼は、言ってしまえば航空写真のようなものだ。いや、私自身魔眼を持っていないし、航空写真だってそこまで目にした事はないが、イメージとして私はそう認識している。
つまりは目視出来なければ、位置の把握のしようもないという事だと思う。
今現在森の中にいて、多少は目眩しになっていたはずだが、一度捕捉されてしまえばそうそう見逃すような相手ではない事は理解している。
ならば、彼らからの目視を困難にすれば良いだけのこと。
そして、こちらの位置を隠すことが出来れば後は奴らの目を潰すだけ。そのために魔眼保持者の位置を確認してもらったのだ。
向こうの急所の位置は把握済み。そしてこちらは今から姿をくらます。
敵は明所、こちらは暗所。であれば一方的に攻撃が出来るというもの。
ここからが戦いの本番だ。
「『三人とも』、準備はいい?」
私はリィルとクリムブルム兄弟に声を掛ける。
三人は当然とばかりに頷いてくれる。
気掛かりなのは先んじて戦闘したリィルとクリムを続投する事だ。先ほどと比べればリスクの低い配置ではあるが……
「リィル、クリム、貴方達はもう少し休ませてあげたいのだけれど、ごめんなさい」
「リリシア様、これくらいで根を上げるような私達ではありません。どうぞご自由にお使いください」
「ま、リィルじゃねぇけど、これくらいじゃ疲れてないぞ」
二人の子供達から頼もしい返事が返ってくる。
思わず微笑みながら、二人の頭を撫でた。なんとも頼もしい事だ。
はぁ、それにしてもなんとも可愛い子供達だ。これが終わったら目一杯可愛がろう。
「――それじゃあみんなお願いするわね」
私の目を見て、子供達とケイルが頷き返す。
モモイは相変わらず口を開かないが、それでも魔力を行使している様子だ。一緒に戦ってくれる気なのだろう。
この子の笑顔をもう一度取り戻すためにも、ここを切り抜けないと。
「――ん?」
さて次の手を打とう。
そう思った矢先、ぽつりと頬に冷たいものが当たった。
指先でなぞると、確かに濡れている。
周囲の匂いが変わった。
見上げると、明らかに黒々とした雨雲が、まるでこの森だけを覆うように展開している。
……やばい。すっかり忘れてた。
大魔術だ。
通常魔術は一人で行使するものだが、規模の多いものは二、三人、多くて十人以上で発動するものもある。
雨を降らすような類のものがそれだ。
王国騎士団の中には当然その手の担当の騎士もいる。
それ自体は把握していたが、このタイミングで使われると思っていなかった。まぁ確かに森を燃やして困るのは大軍の向こうだ。対処されると思います考えていなかった私の落ち度だ。
さてどうする。この次の策は、果たして雨天でも通用するのか。あまりイメージ出来ないが……
「……あれ?」
と思ったら、数分と待たずに雨雲達が足早に消え去っていった。
思わず、「なんで?」と疑問の視線をケイルに送る。
「恐らくアレを維持するにも膨大な魔力が必要なはずです。用が済んだので解除したのでは」
「消火が済んだと言うことね……ふぅ、焦った焦った」
私は冷や汗を拭うと、三人の子供達に目を向けた。
「「……!」」
クリムとブルムが、まるで手から光線でも放つように両手をお互いに向け合う。
その間に炎と氷の球体が生まれ、お互いを削り合うようにしてもくもくと白い水蒸気を生み出していた。
「――」
そんな水蒸気を前にして、精神統一したリィルが静かに佇む。
ゆっくりと片手を持ち上げると、それに従うように旋風が起こり、しゅるしゅるとスモークマシンのように煙となって周囲の視界を奪っていく。
白い。
どうやっているのか分からないけれど、リィルの操る風が巧みにかき混ざると、数メートル先も見通せないような濃い霧が産み出されていく。
「――リリシア様、これを森の中に広げるんですね?」
「ええ、出来そう? 自分の四肢の延長のように扱えたらベストなのだけれど」
「私の術がこんな事を出来るなんて思いもしませんでしたが……行けます。手足のように扱うとは、こういうことですね」
「感覚はあるのね?」
「ええ、あるみたいです」
クリムとブルムがほげっとした顔をする一方で、リィルが静かに私の瞳を見つめます。
「――私の風に触れたものなら、位置は分かりそうです」
その言葉は、私にとってこの戦いの勝利を意味していた。




