次期公爵のお礼(4)
「どれでも好きなものを手に取って見るがいい」
子爵に促されたが、こっちはもし手が滑って落としてしまったらどうしようかとおっかなびっくりだ。
「これは!」
俺はその中で、別のキラキラと光る装飾の凝った剣の隣にあった、一見地味な剣に目を見張った。
「ほう、それに目をつけるか」
いや、だって、これがこの部屋に置かれている装備品の中で最高評価額の一品なんだから、目を付けるのは当たり前でしょう。隣のゴテゴテの剣の100倍も高価なんだから。
「この逸品は見た目は剣ですが、本質は宝玉ですね。おそらく、同じような剣が他にいくつかあって、それらを同時に使うことで巨大な魔法を発動させることができるのではないですか?」
「初見でそこまで見抜くか」
子爵はやたらと感心しているが、俺の全知書庫を使えば、解説文を読み上げるだけのことだ。一応、子爵も俺の能力は知っているはずなんだけど。
「しかし、この装備は、残念ながら私向きではありません」
「それはどうしてだ?」
「私の魔法スキルでは、この装備には力不足です」
そう言って、俺はその超高価な剣には手を触れずに、部屋の中をゆっくり歩いて他の装備を見て回った。どれもこれも素晴らしい逸品揃いだったが、残念ながら、どれも俺の力ではそのポテンシャルを引き出すことは不可能だった。
俺でも使える装備はないのかな?
そう考えた瞬間、全知書庫が反応して数多くの装備の中に矢印が浮かび上がってある1つの装備を指し示した。
「支援の大弓?」
それが、全知書庫が示したその装備の名前だった。評価額はここに集められた中では下から数えた方が早かったが、レアリティだけは最高クラスだった。
弓とは言うものの弦は張られていなかった。これは矢を射ることが主目的の弓ではなく、支援魔法を飛ばすための宝玉だから弦を張らなくても使えるからだ。しかも、支援魔法のアビリティがなくても支援魔法を使うことができるという特典付きだった。もちろん、弦を張れば矢を射ることもできる。
支援魔法のアビリティは比較的レアで、特に騎士以下ではほとんど現れない。そのため、騎士学校でも実技には含まれていなかった。しかし、貴族では数人に1人は保持している上に、なくても困るほどのスキルではないため、高価な装備を購入できる貴族にはあまり評価されず、レアリティに比して評価額が低いのだ。
しかし、これは、俺にとっては願ったり叶ったりの、俺のために作られたかのような装備と言えた。
手に取って見ると、大弓というだけあって普通の弓より大きいが、もともとが大柄な俺には取り回しに困るというほどではなかった。
「それでいいのか?」
「はい。私にはこれがいいようです」
「変わったものを選んだな」
子爵はそう言ったが、確かに変わったものかもしれない。おそらく、この装備品が蒐集されているのは、その価値よりもレアリティのためで、実用的に使うものとしては考えられていなかったのではないか。
「しかし、その装備を使うとなると、仲間が必要になるな」
「私が一緒ですわ」
「カレンさんを矢面に立たせるわけにはいきません。私の学校の友人に声を掛けて見ようと思いますが、よろしいでしょうか?」
「よい。もし人集めに必要ならば、私の名を使ってもよいぞ」
「いえ、それは……」
「カレンを預けるのだ。その意味は分かっているだろう」
「はっ」
子爵に念を押されて、俺は思わず背筋を伸ばした。これは、下手な人選をしてカレンお嬢様に何かあったら、俺が責任を取らないといけないということなのではないか。いや、まあそれは当たり前なのだけれども、これまでの流れを考えると若干理不尽な気がする。
いや、そのために、子爵の名前を使ってもいいと言ってくれているのか。確かに、俺の能力を使って能力の見定めをして、子爵の名前でスカウトすれば、事実上のリスクフリーと言ってもいいのかもしれない。そこまで子爵は理解したうえで、この提案をしてきたと言うのだろうか?
「それから、私の方からも1人仲間に推薦したいと思うがどうか?」
「お心遣い感謝いたします」
「うむ。ガリソン」
「は、上様」
子爵に呼ばれて、後ろに控えていたガリソンが前に出てきた。
「私からは、このガリソンを推薦しよう」
「え、ガリソン……さんをでございますか?」
「私は大したことはできませんので、後ろからルーパイン様の活躍を見守らせていただくだけにしたいと思います」
ガリソンはそんなふうに謙遜しているが、俺の全知書庫には、ガリソンの信じられないステータスが見えていた。正直、騎士学校の実技の教官よりも高い。初老の執事の見た目からは想像もできない数値だ。
なるほど、子爵が安心して娘を預ける気になるはずだと思った。
「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう力を尽くしたいと思います」
そして、ハンター活動にガリソンが同行することで、ガリソンの目を通して俺の能力をさらに詳しく調査するということなのだろう。抜け目がないことだ。
「では、もうここには用はないな」
子爵はそう言って、俺たちは宝物庫の部屋から出て、大きく頑丈な金属製の扉は再び厳重に閉じられたのだった。唯一、支援の大弓を俺の手に残して。
「ハンター活動に必要なノウハウはガリソンに聞くといい。ハンターズギルドにも同行できるようにしておこう」
「ガリソンさん、よろしくお願いします」
「お任せください」
全知書庫ではハンターランクも見えるので、ガリソンは過去にハンター活動をしたこともあるのだろう。ランクはBとなっているので、かなりのベテランだったのではないか。
「よし。それでは、今後の詳しいことはガリソンと直接相談するといい。その弓は後で箱に入れて届けさせよう」
よかった。こんなに高価な弓をもらってしまって、家の中に裸で放置しておくわけにもいかないけれど、弓の格に釣り合う箱を用意しようとしたら、俺の小遣いの何十年分だろうかと計算していたところだった。下手をしたら、箱だけでわが貧乏騎士家の半年分の収入になってしまいかねない。
必要なことは全部済んだのか、最初の部屋に戻る前に子爵は立ち去ろうとした。が、何かを思い出したのか、すたすたと戻ってきた。
「狩場だが、私の領地を使うといい」
実のところ、その発言が、何より今日一番の驚きだった。