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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 04 曖妹明鏡

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世界に通ずる想いの丈を

 かき氷も食べてすっかり涼しくなった所で、午後の部はスタートした。プールでも同じ事が言えるが、時刻が正午を過ぎると人の数は目に見えて多くなる。メアリによって完全に占領されているこのエリアに居ても尚、少しばかり窮屈さを覚えるくらいだ。

 とはいえ、喧騒が好きな人物からすればそれ程気にはなるまい。信者の一部は新たに遊びに来た高校生や大学生の水着なんかを見てはしゃいでいる。あわよくば絡もうとさえしている。ああいう人間ならば喧騒の増加はむしろ大歓迎だろう。人が増えれば水着が増える。男性でも女性でも、それは変わらない。

 だが俺は喧騒が嫌いだ。昔からそうだったかは分からないが、メアリ信者に集団リンチを加えられて以降恐ろしくなってしまったという可能性もある。命様の神社が唯一の憩いの場所になった事もあり、今はいつにも増して喧騒が嫌いである。ここまで騒がしくなるなら、さっさとホテルに戻りたいくらいだ。

 ホテルならばエアコンも利いているし、個室を割り当てられているので喧騒が届く事は万に一つも無い。命様とも過ごせるし、あの個室が今の俺にとって楽園だ。早く夜にならないものか。

「皆、元気だな~」

 俺はテントの中で一人横になり、信者共を観察していた。

「お主は行かんのか?」

「飽きました」

「早いのう」

「嫌いな奴と遊んで面白いと思える訳が無い。ビーチでどう過ごそうが俺の勝手ですよ。あんまりこういう事は言いたくないんですけど、今は携帯弄ってる方が楽しいですね」

 などと言いつつ、携帯は弄っていない。友達もいないし、茜さんと通話出来る訳でもないし、弄るメリットが無い。清華から連絡でも来れば話は違うのだが、空花はそんなに見つからないのだろうか。どう考えても目立つ側に居る少女だと思うのだが。


 プルルルルルル。


「ん?」

 バイブレーションが鳴り響く。ようやく見つけたかと思い携帯を覗くと、知らない番号からの着信だった。間違っても清華の番号ではない。仮にも家族だった手前、まだ番号は残っている。

「何じゃ?」

「携帯ですね。遠くの人と話せる……まあ、テレパシーが文明の利器として再現されたみたいなものです。でも誰でしょう」

 普段はこういう怪しい番号は無視するに限るのだが、非通知でもなし、ピンポイントで俺に電話が掛かってきたのには何か訳がある筈だ。いたずら電話なら出てからでも切るだけで、次から着拒すれば良い話。出ない理由は見当たらない。

 この着信は幸運だ。ここまで暇を持て余していなければ、出ようという気分にもならなかっただろうから。


『はい。もしもし』

『やあ。檜木君。ビーチに遊びに行ってるんだって?』

『…………え? もしかしてつかさ先生ですか?』

『もしかしなくても僕だ。梧医院の電話番号で分からないものかね』

『知りませんよ』


 そもそも法律的には違法な安楽死をしている病院の電話番号など公には出来ないだろう。彼と会う際は直接面会が基本だったので、電話しようという気は起きた事がなかった。


『俺、電話番号教えましたっけ?』

『協力者から教えてもらった。いや、教えてもらったというよりは僕が勝手に知ったんだが。まあどちらにしても間違いではないかな。解釈にも因るがね』

『……はあ。まあそれはこの際どうでもいいですけど。突然電話なんかしてきてどうしたんですか? メアリとの夏休みは事後報告するつもりだったんですけど』

『ああ、それは構わない。だが君に少し面白い話をしてやろうと思ってね。なあに退屈はさせないさ。打倒メアリを目指す君にとっては無関係でもない』

『…………何があったんですか?』

『君が居ない間に、この町に反メアリ派が現れた。彼等はメアリは悪だ、メアリは排除しなければならないと言い出しているんだ』


 数瞬、思考が止まる。『視る力』も何も関係ない。例外は突然生えてくるものなのだろうか。そんな大した理由もなく生えてくる例外なら、どうしてこの十数年間の内に生えてこなかったのか。思いもよらぬ発言に俺は何と反応すれば良いか分からなかった。喜べばいいのか、それとも己が唯一の例外でなくなった事を悲しむべきなのか。

 ただ一つ分かる事は、つかささんはとても楽しそうである。


『ん? どうした? 喜ばないのかね?』

『いやー。喜ぶべきなんでしょうけど。何か釈然としないというか、不自然かなーって思うんですけどー』

『ふーん、勘が鋭いね。その通りだ。最初に言った通りこれは朗報ではない。飽くまで面白い話なのさ』

『別に面白いとすら思えないんですけど』

『それは僕が敢えて核心をボカしているからさ。そろそろ隠すのを止めよう。檜木君、これはね、一種のマッチポンプなんだよ』


 マッチポンプ。

 自分で火をつけたマッチをポンプで消す。要するに自作自演の事だ。余談だが、俺はつい最近までこの言葉の意味を知らなかった。


『例えばテロリストには転覆させるべき政府が必要だよね。己の主義主張が正しいのだと伝える時に、対立する存在はどんな場合においても必要不可欠。実際に人々がどう思うかはおいといてね。僕もその話を聞いた時はおかしいと思ったから幸音君に調べさせたよ。するとどうだ。反メアリ派は、メアリ信者だったんだ』

『………………矛盾してません?』

『いいや、矛盾などしていないさ。こう考えれば良い。反メアリ派はメアリの正しさを伝える為に敢えて対立の立場に身を置いている。実際、反メアリ派はメアリを知らない第三者に対して幾度となく迷惑行為を働き、悪いイメージを抱かせる事に成功している。だが同時に、メアリという少女の存在を広める事にも成功している。専門的な話ではない。少し考えてみたまえ。周りから煙たがられる反メアリ派という敵が、メアリという味方によって完璧に対処されたら人々はどう思うだろう』


 彼女を英雄と称えるだろう。

 そして彼女を一目見ればたとえ根本的に性格の合わない人間でさえ彼女の虜だ。周防メアリにはアンチが居ない。何から何まで他人にケチをつけたがる、揚げ足を取りたがる人間でさえ彼女の前では信者と化してしまう。

 

『マジですか……』


 本人が傍に居るからと安心していたが、本人が居ないからと言って信者が正気に戻らない事を俺は知っていた筈だ。なのに、心の何処かで安堵している自分が居た。間違いは起きない筈だと。被害が拡大する事は無いと。

 すっかり失念していた。メアリ信者はその全てが過激派だ。中立も穏健もいない。ならばその時点で既にサイクルは完成していたと言っても過言ではない。過激派はとかく外部の人間に嫌われる傾向にある。ともすればその信仰対象―――メアリにさえ悪いイメージを抱きがちだ。だがメアリには嫌われるという例外がそもそもあり得ない。今の所は俺以外。

 ならば過激派など只の広報部だ。メアリの存在さえ認知させてしまえば過激派にとっては目的を果たしたも同然。彼等は自分たちの教祖を広める為ならば、見かけ上はアンチになっても構わないのである。


 ―――変化してないか?


 俺の知るメアリ信者は、たとえ嘘でもメアリの事を嫌いと言える奴ではない。それが嘘を吐けるまでになったとは、何処で変化してしまったのだろう。


『良く幸音さんを使えましたね』

『反メアリ派に彼女のような能力は無い。それにそのグループ自体、発言に具体性が無いんだ。メアリは悪だ排除すべきだと言いながら、何処が悪でどんな理由で排除すべきかは決して言わない。とにかく悪いって事しか言わないんだ。まるで子供だよ。簡単に論破できる理屈……または、主人公の為に用意された都合の良い悪役って所だね。きっと説教されて改心するまでがワンセットなんだろう。調べさせるのは簡単だったよ』

 

 前言撤回。何も変化していなかった。やはり信者は俺の知る信者通りの行動をしている……しかし、その行動が全体に向けられ始めているのは事実であり、変化だ。


『因みになんですけど。その効果の程は?』

『本人はそっちに居るんだろう? まだ効果は出ていない。が、ネットにも周防メアリの名前が知られ始めている。どのページを見ても称賛ばかりだ。信者達がやっているのだろうが、本人を知りもしない人間が反発しないのはちょっと不思議だね。出鱈目を書いて炎上を狙おうとする奴も居ない。これで本人が戻ってきた暁にはどうなってしまうんだろうね』

『対処法は無いんですか?』

『認知に干渉する能力に科学的対処法があるとでも? まあでももう少し彼女の事が分かれば一つくらいは生まれるかもしれないね。とにかく、こっちは任せたまえ。変化があったらまた電話するからね』

『あ、はい。有難うございます…………』


 それきり通話が途絶え、俺は携帯を閉じた。俺の与り知らぬ間に、街が大変な事になっている。一刻も早く帰りたい所だが、今俺が帰ってしまうと、心配したメアリまで帰還してしまうかもしれない。


 帰るに帰れない。


 俺を休ませるつもりなど無いのか、一息つく間もなく、妹から着信が入った。


  

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― 新着の感想 ―
[一言] マッチポンプ。腹立ちません? 信者は断罪...されんな。 警察あてにならんし。
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