周防メアリ考察 1
耳障りな声と共に戻ってきたメアリ。命様との時間を邪魔された俺はどんな言葉で彼女に対する嫌味を言ってやろうかと考えていたが、声のする方を睨んだ瞬間、そんな気は霧のように失せてしまった。
「……ああ?」
いつからメアリはギャグを覚えたのだろうか。しかしながら現実的労力を考えればこうでもしないと全員分のカキ氷を用意出来ないので、少し考えればその光景はボケでもなければふざけてもいない事が良く分かる。
問題は何故実際にやったかだ。
彼女はビーチの外からリヤカーを四つ同時に引いて戻ってきた。リヤカーには恐らく人数分のカキ氷が積まれており、物理法則に反してそれらはまるでバランスを失わない。メアリにどれだけ素晴らしいバランス感覚があろうともリヤカーに生じる揺れを消せるとは…………いや。
記憶は無いが、死者蘇生をするような奴に不可能を問うなんて馬鹿馬鹿しい。こいつは神に愛された主人公だ。寵愛を受け、全ての人間から肯定されるクソ野郎だ。薄っぺらい説得で人を改心させ、理屈にもなってない屁理屈で道理を捻じ曲げ、それでも自分が正しい事を誰よりも信じている救いようのない奴だ。
メアリが女性で、俗人らしき煩悩がないからまだこの程度だが、もし彼女が男だったらと思うと寒気がする。どうせ美人に変わりはないだろうし、同性な分、俺との引き合いに出される事が格段に多くなっていた筈だ。それにアイツが男だったらハーレムなんて秒で作れるが、俺は突然金持ちになってイケメンになって―――とにかくスペックが高くならない限り何しても作れないから、嫉妬していただろう。存在がチートみたいな奴に嫉妬しても無駄なのだが。
そんな存在チートバグ野郎に疑問を持つなど俺は馬鹿だ。初対面じゃあるまいし、いい加減理解しろよと己に言いたい。周防メアリはそういう奴なのだ。どんな高尚な理屈よりも単純明快。『メアリだから』。全てはそれで片付けられる。
メアリだからリヤカーを四つ同時に引くなんて馬鹿の考えた最高に賢い手段が取れるし、
メアリだからリヤカーの揺れを完璧に殺せるし、
メアリだから成功する。
メアリだから失敗しない。
天が二物処か全物を与えている件については俺の方からいつか文句を言ってやらねばなるまい。
「みんなー! かき氷用意出来たよー!」
まだ余裕のある奴も、とっくにバテた奴も、その時ばかりは体力そのものを忘れたように走り出し、我先にとかき氷を取り出した。しかしメアリが「仲良くしてねー」と言うと、軍隊さながらに整列し、順々に取っていった。やはりギャグか。
「創太ッ」
「分かってます。が、少々お待ちください。不本意ながらアイツと一緒に食べなきゃいけないので」
「う~……お主を介入させぬと触れんとはもどかしいのう」
「創太~ッ!」
かき氷に群がる人たちをよそに、メアリはカキ氷二つを両手に、全力で駆け寄ってきた。氷はやはり零れない。横に添えられたスプーンすら落ちないのは流石に物理法則を馬鹿にしすぎ……ではなく、単純に彼女の体幹がおかしいだけだ。走っているのに、手が全然震えていない。
目の前まで来て足が止まる。俺の前に手が差し出された瞬間だけかき氷が震えた。
「一緒に食べよ!」
「…………」
「何? 変な物なんて創太には入れないから安心してよ!」
「俺じゃなくても入れるな…………一応。有難う」
「どういたしまして!」
命様との時間は極楽だが、それとつり合いを取るかのようにメアリと過ごす時間は地獄だ。もしくは虚無だ。シチュエーションだけ考えれば思春期の男子などひとたまりもないのに、何の感情も湧いてこない。味覚だけはマヒしておらず、カキ氷の甘さ―――シロップの甘さだが―――がきちんと伝わるものの、吐き出したくなった。
「どう? 美味しい?」
「こんなの、誰が作っても美味しくなるもんだろ。泥氷使ってんなら別だけどな」
「そんな事言うからナンパが成功しないんだよ。創太には特別な氷を使ってるの。シロップに一番合うかなあって思って」
「氷に合う合わないがあってたまるかよ」
「あるんだよ? 只の水、只の氷。でも水には微妙に違いがあるの。私には分かるんだ。創太のかき氷につかった氷はね、そのシロップと一番合うんだよ!」
「市販のシロップに良く合わせたな」
「ううん。創太のだけは私の手作りだよッ?」
…………ん?
シロップを手作り?
「ちょっと待て。良く分からん。手作りってどういう事だよ。お前あの一瞬で作ったのか? そんな時間経ってないだろ」
「テレビの料理番組とかでさ、あらかじめ作った物が~ってあるでしょ? あれみたいなものだよ! 創太にだけ特別なんだから!」
コイツと親密になって気が付いた事がある。やはり俺は理解出来ない事。そしてこいつがとにかく俺に執着している事。執着は元々知っていたが、ここまで特別扱いされると仇敵とあっても悪い気分にはならない。少なくとも不快ではない。
ただし物凄く怖ろしい。
俺は散々こいつを嫌った。嫌っている。殴った事もあったし蹴った事もあった。思いつく限りの言葉で罵った事もある。控えめに言って屑だ。最低だ。ゴミだ。社会の底辺だ。だがそれでもメアリは俺に構おうとしてくる。端から振り向く気のない俺をどうにか振り向かせようとしてくる。
それは何故だ?
単純に理想の為かもしれない。人間全員が手を取り合って生きる世の中の実現。文字通りならば、俺もそこに含まれなければならない。だからか?
俺は違うと思う。何というかもっとプライベートな事情が絡んでいる気がする。飽くまで感覚だから、間違っていたらそれはそれで良いのだが……『視る力』でも感情までは視えないから、全く不便な話だ。
こいつに感情があるかないか。それだけでも知れたら、もう少し真っ当に評価出来るのに。どうしてもあの時垣間見た無表情が忘れられない。全身の細胞があの顔を覚えている。メアリという存在を改めて教えてくれたあの表情。己が存在を人間ではないと示すかの様なヒントその一。
筋が通らないので信じてはいないのだが、もしかすると俺の『視る力』は―――
こいつを倒す為に持って生まれたのかもしれない。
短めでごめんね。本筋は次なんだ。




