答えは過去にあり
マジで考察進む章になりそう。
「………………え。ええっと」
「清華、ここに来たんですよね! 今何処に居るかとか、そういうのは別にいいんです! 来たか、来てないかだけ教えてください!」
「き、来ました!」
半ば脅迫みたいになってしまったが、清華の足取りが一つ掴めた。アイツ、何処に居るのだ。アイツが行方を眩ませたせいで俺は家に帰りたくても帰れない……まあ元々帰りたくないのだが。きっと俺は世界で一番高校生の立場を窮屈に感じている。早く大人になりたくて仕方がない。
「…………でも、何処に行ったかまでは知りません」
「つかさ先生は知ってるんじゃないんですか?」
「先生も知りません! その証拠に、先生は檜木さんの動向を知らないじゃないですか!」
そう言われたら何も言い返せない。つかささんは死体にしか興味無さそうだし、メアリが関わらなければ特別俺となれ合う必要も無い。俺をストーキングする理由は何一つ存在しないのだ。その理屈を持ち出されると口論において俺に勝ち目がない。多少強引にでもつかささんの様子を見に行こうとするが、幸音さんの防御は中々崩せない。
普段が人見知りの中学生とは考えられぬ鉄壁ぶりだ。
「今は! お引き取り! 下さい!」
「……じゃあ後に来る分には、いいですね?」
「…………それは、大丈夫です」
女の子相手に乱暴な真似はしたくない。相手がぶん殴って来たなら話は別だが、幸音さんは単純にディフェンスしているだけで、それを殴りつけてでも突破するのは幾ら何でも人間の屑過ぎる。それをやったが最後、俺は二度とメアリを馬鹿に出来なくなる。
絶対に見下せない相手を見下す程の傲慢を押し通すのだから、せめてまともな人間でいたいものだ。
「―――分かりました。引き下がります。でも最後に、正直に教えて下さい。本当に、何処に居るかは分からないんですね?」
彼女の反応は変わらない。先生も自分も知らないと言いたげに頭を振っている。せっかく手掛かりを見つけたと思ったのにこれか。手掛かりというよりは痕跡と言った方が正確になってしまった。それでは駄目だ。痕跡では駄目なのだ。
何故ってそれは―――
「―――うッ!」
眉間から後頭部を貫く強烈な痛み。夜更かしをしているとたまに起こるが、その度合いは如何なる痛みも比較対象にならない。実際には死んでしまうだろうが、頭に五寸釘を打ち込まれたみたいだ。
「…………大丈夫ですか?」
「―――はい。いや、考えるのをやめたら段々治ってきましたよ。俺はもう行きます」
何かを思い出したくないのだろうか。しかし思い出せない記憶と言えば幼少の頃の記憶(幼児期健忘と呼ばれる奴だ)と投身自殺の時の記憶のみ。思い出したくない記憶などメアリ関連の全て。俺の心は何を拒絶しているのだろう。
梧医院から去ったはいいが、ものの見事に時間を余らせてしまった。
命様と共に夜を待つべきか。しかしそれではサプライズ性が無くなってしまう。今日は満月だ。命様がどんな風に返信するのかも分かっている。俺が彼女の色香に当てられ、普段の俺からは考えもつかない行動をする事も分かっている。
『視える』からと言って忘れてはいけない。命様は神様だし、俺は『視える』だけの人間。ありとあらゆる影響を無視できるかと言われたらそれは無理だし、飽くまで俺が無視出来るのはメアリの力だけ―――
アイツの力って、何なんだ?
そもそも俺は本当に例外なのだろうか。考えてもみれば、俺が例外なのは飽くまで『メアリを無条件に好いてしまう・信じてしまう』という部分だけで、その他の能力においては漏れなく影響を受けている。でなければ俺は『蘇生』の力すら拒絶してしまい、今頃死んでいる筈だ。記憶にないので自信は持てないが。
空花は自らに呪いを掛ける事で俺と同じ様に回避している。ではメアリの力は呪いなのだろうか。呪いだとして、そう簡単に掛けられるのか? 素人に言わせれば、呪術は下準備や前準備が必要な筈なのだが。
いや、そもそも。
俺は何故メアリに嫌悪感を抱いているのだろうか。
散々な目に遭わされたから?
人間と話している気がしないから?
全てその通りだが、俺はアイツと出会った瞬間からアイツの事が嫌いだった。それは何故? 一目惚れならぬ一目嫌いなのか? 自分で言うのもおかしな話だが、俺よりも個人を嫌っている人間は中々居ないだろう。無論あちらの行いが悉く癇に障ったのもあるが、初めて会った瞬間から、俺はこんな感情を抱いていた。だから周りと食い違い、衝突し、虐げられた。
人間と話している気がしないというのも、実に曖昧な表現ではないだろうか。そうとしか言えないのは確かだが、茜さんが自分を人間だと言い張ったなら、俺はきっと信じていただろう。『視える』俺にとっては可視も不可視も触れ合える距離に居る存在だ。余程衣装が珍妙でない限りは、自己申告されない限り気付けない。
では茜さんに同じ気持ち悪さを感じたかと言うと、そんな事は無かっただろう。むしろ俺は性別不詳な彼女(見た目は女性なので)の事が好きだ。異性として本気で意識している。命様だってそう。不可視の存在に対して、俺は余りある愛を傾けている。気持ち悪いのはどちらかと言えば俺の方だ。
「………………ん?」
考え込んでいたその時、ふと懐かしい匂いを感じた俺は斜め前方に視線を上げた。
「……蝶?」
それは朱色の羽を羽ばたかせる蝶。或は、彼岸の花弁で作られた工芸品。
「あの蝶…………」
不可思議な蝶々を眺めていると、脳の奥底にしまい込んだ幼児期の記憶が、鮮明に思い出されていく。そうだ。俺が迷子になった理由はあの蝶にある。何となしに空を見上げた時にあれを見つけて、何とか捕まえたくて付いて行ったら家族と離れ離れになってしまったのだ。
「何であの時の蝶がここに…………」
この日にだけ現れる蝶……ではない。命様と出会う前からこのお祭りには参加していた俺が言うのだから確かな話だ。それに毎年現れる蝶なら風物詩になっていてもおかしくないし、何なら信者がメアリの為にと一匹くらいは捕まえていたっておかしくない。まして今、アイツは市長なのだから『これをマークにしよう!』とかほざく奴が居ても不思議ではない。
「…………」
かつての過ちを繰り返す様に、俺は蝶々の後を追っていった。虫や鳥の軌道はとても不規則で、とてもとても人間様の都合には合わせてくれないのだが、その蝶々だけはまるで俺を導くかの様に速度を落とし、けれども決して手の届かない距離を維持していた。絶妙な距離感とはこの事を言う。足を早めても止めても、決してその距離は変わらない。
好奇心猫をも殺すとは言うが、幼き頃の懐かしい匂いをもう一度嗅いでしまったのだ。正体を知らなければいけない。あの匂いは何だったのか。そしてこの蝶がどうして今、現れたのか。
この世に因果の理在る限り、無関係な事柄など一つも無いのかもしれない。一見して何の関係も無い事柄だったとしても、神の視点で見れば、大いに関係のある出来事なのかもしれない。
一匹の蝶の羽ばたきは、国に竜巻を起こすか?
考えすぎかもしれないのは勿論分かっているが、これが無意味だとするなら、何を以て意味は為されるのだろう。
蝶を追ってフラフラと迷い込んだのは、月祭りの会場だった。




