思わぬ遭遇
登校直前に寝るとか阿呆かな?
頑張って二冊読破したが、肝心の『ツキバミ』だか『ツキハミ』だかの情報は一切得られなかった。命様に聞くのが一番良かったのだろうが、二百年あまり俗世に触れていない彼女では『ツキバミ』祭の事は知っていても、名前が月魂祭になった経緯までは知らないだろう。それに『ツキハミ』……多分メアリにしか分からない。ツキハミって何?
発言者当人に聞いた方が情報が得られそうだったというオチは、幾ら何でもくだらなさ過ぎる。空花と親睦を深められた事を除けば、骨折り損のくたびれ儲けだ。精神的にはもう夕方くらいなのだが、現実は無情なり。まだ十一時である。
「……分かんねえ」
一つ分かった事があるとすれば、神話の神には様々な読み方があるという事だけだ。例えば日本神話で有名なイザナギはイザナキとも呼ばれるし、伊邪那岐とも伊弉諾とも伊耶那岐とも呼ばれる。『ツキハミ』が神様の事かは分からないが、ツキハミという言葉が少し変わって『ツキバミ』祭になった可能性はないだろうか。発端は出鱈目でも、十分あり得る話ではないだろうか。逆の可能性もある。
―――だからどうしたんだって話だけどな。
図書館に来たのは失敗だったか。他に当てがなかったとはいえ、悪手を打ってしまった。
「ん~手がかりゼロか~」
空花は椅子を少し引いて、立ち上がらずに大きく伸びをした。読書慣れ以前に、苦労をして何の手がかりも得られなかったのなら疲労を感じるのは自然な事である。
「大丈夫か?」
「ん。大丈夫。でもどうしよっか。貸し出し中だって事なら、これ以上手掛かりを探すのはナンセンスに思えるけど」
「うーん」
手がかりを得られそうな手段は限られている。茜さん、つかさ先生、メアリ本人。茜さんは出会えるか分からないし、つかさ先生はこの手の話が嫌いそう(神様が嫌いな時点でこの分野に精通しているとは考えにくい)だし、メアリ本人は市長だから会えない気がする。会えても会いたくないが。
「…………お前、もう行けよ。浴衣買いにさ」
「え? でも午前中までは協力するよー」
「いや、当てないし。俺はちょっととある所に近況報告でもしようかなって思ってるから」
「私はついてっちゃ駄目なの?」
「絶対駄目」
己自身を呪っている(比喩などではない)空花の存在はつかささんにとって格好の実験体だ。無理強いをしないのは救いだが、それでも解体させてと詰め寄られて良い気分はしないだろう。俺だって嫌だし、メアリとの因縁にケリがついたら縁を切ろうとさえ思っている。それくらい彼は、本来関わるべきではないのだ。
「そっかー。残念。じゃあ本の片づけはおにーさんに任せて良い?」
「ああ。その代わり浴衣はガチで選んでくれよ。割と本気で楽しみにしてるから」
「おにーさんって浴衣の事になると積極的だねー。そこまで言われちゃうと、私もやる気が出てきたよー。こうなったら本気でおにーさんを虜にしちゃおっかな」
「おう。虜にしてくれよマジで。お前達のお蔭で今年は楽しめそうなんだよホント。アイツが関わらなきゃ」
そう言えばアイツ、市長になったからってお祭りの名前を書き換えたりはしないのだろうか。そもそも市長としての仕事が手一杯で、お祭りに参加出来ない?
それはないか。アイツに不可能は無い。どれだけ仕事があっても処理してくるし、必ず解決してくる。それが周防メアリという高校生だ。
「じゃあ、お言葉に甘えてそろそろ行くねー」
直ぐに立ち去るかと思いきや、彼女は有無を言わさず俺の右頬にキスをしてから去っていった。驚いて危うく大声を挙げそうになったが、喉の手前で詰まらせ、事なきを得る。
―――恋人の振りって事だよな?
流石に図書館内部まではメアリも見てないと思うが、念には念を、なのかもしれない。もしかしなくても今年はモテ期なのだろうか。茜さんにもキスされたし、メアリにもキスされたし。
ただ、茜さんは死ぬ程嬉しかったが、メアリのは嬉しくない。アイツにモテた所で嬉しいのは頭のイカれた信者だけだ。
気を取り直して、俺は本を元の場所に戻すべく立ち上がった。
梧医院も神社に次ぐ安全地帯と言えばそうなのかもしれない。唯一の欠点は安楽死させたがりの医者が居る事くらいだ。幸音さんはどうしてつかささんの事が好きなのだろうか。俺が気にするだけ無意味な話かもしれないが。
「すみませーん」
例によって梧医院にお客さんは居ない。そもそもここに来る連中は殆ど安楽死目的だろうから、早々来る筈も無いのだが。精神分析にしても、普通の病院でやればいい。こんな碌でもない場所ではなく。
「あ……ひ、檜木さんッ。おはようございます……こんにちは。何か、御用ですか?」
「御用らしき御用は一つだけですよ。つかさ先生に会いに来ました。ていうか先生居ますか?」
「い、居ますけど…………その。今日は会わない方が」
「え……もしかして解体の真っ最中だったりしますか?」
「そ、そうじゃないですけど……機嫌が良すぎて」
「は?」
何を言っているのかさっぱり掴めない。機嫌が良い事の何処に問題があるのだろう。人と会う時は基本的に機嫌が良い時だろうに。
「機嫌が良いなら別にいいでしょ」
「いや、その―――」
彼女では埒が明かない。俺は一言断ってから待合室に入ると、診察室に向けて大声を上げた。
「つかさせんせえええええええええええ! 近況を報告しに来たんですけどおおおお!」
ハイテンションと言う事なら直ぐにでも返答が来ると信じていたのに、返答はおろか、何の反応も返ってこない。恐る恐る診察室に近づいていくと、不意に横から幸音さんがタックルをかましてきた。
「やめてください!」
「ぐわッ!」
為すすべなくソファに吹っ飛ぶ。中学生の癖にというのも何だが、やけに力の伝え方が上手くないか?
「あ、会わない方が良いって言いましたよね! つ、つかさ先生は機嫌が良すぎて、もう三日も寝てなくて! せっかく眠らせたんですから、起こさないでください!」
「は、はあ?」
微妙に日本語の使い方が怪しく要領を得ない。
詳しく理由を聞いてみると、どうやら俺が山籠りをしてる間に何かを見つけたらしく、ハイテンションが維持され続けた結果徹夜を繰り返し、心身がボロボロになったそうだ。と言っても本人はまだまだ徹夜思想だったので、仕方なしに幸音さんが眠らせたのだとか。
これが医者の不養生か。話に聞いただけでも随分滑稽である。
「……そういう事でしたか。早とちりしました。済みません」
「あ……いいです。私もちゃんと伝えられなかったのが悪いので……」
「じゃあお互い様って事で……俺が言い出しちゃいけないんですけどね。本当は。つかさ先生はいつ頃目覚める予定なんですか? その時になったら改めてお会いしたいんですけど」
「え……ああ、ちょっと待って下さい。確認しますッ」
幸音さんは白衣のポケットから黒色のシンプルな携帯を取り出し、画面を覗き込んだ。
「……夜の六時です」
六時と言えば、月祭りが始まる時間である。どうやらこの二人も参加する様だ。いやはや、しかしここで『参加するんですか』等と尋ねる無粋な事はするまい。幸音さんはつかささんとお祭りを楽しみたいだろうし、それを見破られるのは決して良い気持ちではない筈。
五時五十分頃に行けば二人が出かける前に会えるだろうから、その時にでも行こうか。
「幸音さんの携帯って随分シンプルなんですね」
「え? わ、私の携帯は……こっちです」
もう片方のポケットから幾つものアクセサリーが付いた携帯が飛び出してきた。アクセサリーの内訳は全てが花であり、色とりどりの花が、まるで花束の様にぶら下がっている。自分ではやりたくないが、見てる分にはお洒落だ。
…………え?
「ちょっと待って下さい。じゃああの携帯は誰のですか?」
「あ、あの携帯?」
「俺が投身自殺に巻き込まれてこっちに運ばれた時ですよ。あの時つかさ先生が持ってた携帯は誰のなんですか?」
あの携帯がつかささんの物でないとしたら、所有者は一人だけだ。何処で接点を持ったかは分からないが、それしか考えられない。
「…………清華。一度ここに来ましたよね?」
昼に避難所動かします。




