孤独を知らぬ男
もう一話出した後に避難所が動きます。
『何じゃ? もしやお主らはツキバミ祭を知らぬのか?』
『知りませんよ。あの祭りってそんな名前じゃないですよね? もしかして変わったんですか?』
『妾が知る筈も無かろう。もし名前が変わったのであれば、相応の理由がある筈じゃ。歴史書を見れば理由が分かるのではないか? それはそれとして、妾を誘ってくれるのは嬉しいぞ! 神の威厳などを考えればその誘いは一蹴しなければならないのじゃろうが、信者からのいじらしい願いを聞き届けずしてはそれこそ神の名が廃るであろう。人の世に寄り添いたいと言い出したのは妾じゃ、今宵は楽しもうぞ!』
「……で、自由行動ってか」
月祭りが始まるのは夜だ。現在時刻は朝の九時。開催されるまでの時間は数えるのも馬鹿らしいくらい暇を持て余してしまった。その間を命様と過ごすのも勿論良かったのだが、『ツキハミ』と『ツキバミ』の事がどうしても気になってしまい、最終的には山を下りた。そう落胆せずともお祭りになればまた合流するのだからと、自分事ながら声を掛けてやりたくなるくらい俺の気分は落ち込んでいた。じゃあ行くなともいえるが、気になってしまったものは仕方がない。
これが、例えばつかささんが言っていたなら、俺は疑問に思う程度で調べようとは思わなかっただろう。あのメアリが、まるで俺にヒントを与えるかの如く言ってきたのだ。無意味な言葉とは思えない。
「ネットはこういう時使えないからな。図書館だ図書館」
「図書館ならあるのかなー。だって昔の呼び方でしょー?」
「昔だからこそ保存してあるんだろ。そういう資料って貴重だからな。歴史っていうのはそうやって紐解いていくもんだ」
空花は浴衣を買いに行くそうだが、それだけで暇を潰せる程時間の流れは早くない。午前中までは俺の調査に付き合ってくれるそうなので、出来れば彼女が協力している内にこの謎を解き明かしたいものだ。
「…………なあ。俺も勢いでやったからツッコまなかったけどさ」
「うん」
「何で俺達手を繫いでるんだ?」
メアリ祭の時は已むに已まれぬ事情があったから恋人の振りをしていた―――いや、勝手にメアリが勘違いしただけだが―――今はそんな事情などお構いなしに、まるで恋人そのものではないか。空花は至極当然として手を繫いできたが、俺達は決してホンモノではない。本気で誘惑されたら乗ってしまうかもしれないが、それでも彼女とは飽くまで友達、または同じ神を信仰する仲間だ。こういう事をする間柄……ではない筈。
「だって、メアリさんが市長になった訳でしょー? 何処に目があるか分からないじゃん。あそこの監視カメラから私達を見てるのかもしれないし、なら山に居る時以外は恋人の振りをしておいても、損はないと思うよ~」
その答えには一欠片の付け入る隙も無い。てっきり俺を弄る名目でやっていたと思ったが、今度は考え過ぎだった。彼女は彼女なりにメアリから俺を守ろうとしていたのだ。
「…………あ、そうか。なんかすまん。勘違いしてたわ」
「別にいいよ~。気にしない、気にしない。だって恋人同士だもん。ねッ」
「お、おう」
俺自身の認識に勝手に振り回されていると、図書館が見えてきた。本嫌いの俺がまさか図書館に足を運ぶ事になるなんて世の中何があるか分からないものだ。とはいえ経験の無さは今回に限りかなり響く。目当ての本が見つかるかどうか。
「取り敢えず二人で手分けして探そっかー。それっぽいのが見つかったら適当な机で合流しよー」
「分かった」
記念すべき第一歩を空花と踏んだ後、分かれる。俺はさしあたり奥の棚から分類の近そうな書物を探していく。
『日本の怪談百選』
『神の実在証明』
『最新都市伝説』
『赤ちゃんの生態』
『昆虫図鑑』
当たり前だが、様々な本がある。漫画であればともかく、滅多な事では普通な読書をしない俺にとって、この蔵書の多さは毒だ。五分と経たず眩暈を起こしてしまった。目が滑るし、視線を滑らせても滑らせても本が全く途切れない。図書館は広いのだが、本が壁から壁、棚から棚までびっしり詰まっている為に、何だか息苦しくもある。
「……………んん?」
書物慣れしていない男が眩暈を起こす程の蔵書量。だからこそ、不自然に空いた空間には違和感を覚えた。しかもそこは、俺が一番求めている情報がありそうな民族誌のコーナーである。普通に貸し出し中なのだろうが、こうもタイミングよく、ピンポイントで消えているなんてあり得るのだろうか。
俺に調べさせてなるものかという悪意を感じる。まさかメアリの仕業か。
無い物は仕方ないので、別の切り口から探さなければならない。『ツキバミ』という言葉を未だに漢字変換出来ていないので、まずはそこからだ。オカルト系……或いは神話系の書物を中心に探せば、何か出てくるかもしれない。
読んだ事のない本ばかりでタイトルからは中身が想像しづらいので、目についた五冊を本の壁からこそぎ取ると、誰も使っていない机まで持っていき、乱雑に広げた。
「……こりゃ、大変だな」
図書館で勉強する学生、何かを読みふけっている人には悪いが、そもそも本慣れしていない男は書物に対して集中力を割けない。頑張っても一時間が限界だ。それ以上読もうとすると、恐らく会話相手が必要になる。だがここは図書館なので、話すにしても無声音で話さなければ単純に迷惑だ。
「おにーさーん」
鼓膜を撫でる様な囁き声が右側から聞こえる。空花だった。何故か入館前と変わらず手ぶらである。
「お前、本は?」
「探すの面倒だったから職員さんに聞いたんだけど、貸し出し中だってー」
「ああ、そうみたいだな。変な空きがあったよ。俺も仕方ないから別の角度から調べようと思ったんだが、ちょっと目が滑る。何も持ってないなら分担して読まないか」
「おっけー。初めての共同作業って奴だね」
「俺達いつ結婚したんだ?」
「おにーさんがプロポーズしてくれたら直ぐにするんだけど」
「指輪買えねえよ」
言いつつ適当な三冊を彼女に押し付けたが、これで俺は否応なしに本と向き合わなければいけなくなった。この本、とても分厚い。読み終わる前に意識が無くならなければ良いのだが。
「ねえおにーさん」
本を開き始めたと同時に空花が話しかけてきた。話し相手が居るのは嬉しいが、これでは出鼻をくじかれたも同じだ。途端に決めた覚悟がへし折れた。
「……何だ?」
「そういえばさ、おにーさんの『視る力』って生まれた時から持ってたの?」
「……ほぼ」
「ほぼ?」
俺にとってまともな人生とはメアリに出会うまでの五年間であり、まだ自我もはっきりしない幼年期の頃の話である。あの時までは世界に異常は起きなかったし、俺は嫌われ者ではなかった。今となっては考えられない話ではあるが―――もし生まれた時から幽霊や神様などが視えていたら、きっと俺は頭がおかしい奴扱いされて、病院暮らしになっていただろう。
「あんまり……覚えてないんだけどな。三歳の頃だったか。月祭りに家族で行った時の話なんだが、俺ってば勝手に動いて迷子になってな……うん。記憶は曖昧だからあんまり確実な事は言えないんだけど。確か……泣いてたんだったかな。そしたら―――補正入ってるかもしれないけど、すっごい美人の和服のお姉さんが来てな。慰めてくれたんだよ。それで……えーと。おうちに帰りたいって言ったと思うんだけど。そしたらお姉さんが案内してくれてな。暫くしたらお姉さんの手が離れたんだけど……それで暫く歩いてたら、出会えたっていう。記憶が確かならあれ以降だと思うんだよな。俺が『視える』ようになったのって。いや、まあ何の因果関係があるのかって言われたら返す言葉も無いんだけどさ」
今まで悪かった子供の成績が急に良くなったが、その切り替わる間に誰かがノーベル賞を受賞したとしよう。じゃあそのノーベル賞が子供に何か関係があるのかというと、全くの無関係だ。単なる事実の羅列であり、因果関係のない事柄二つを時系列順に置いたにすぎない。
それに三歳の頃とは言っているが、俺はそれ以前の記憶を殆ど思い出せない。殆どの人はそうだろう。だから確実な事は何も言えない。記憶は何もかも不完全、不明瞭、不正確だ。
「それって、所謂初恋って奴?」
「三歳なのに初恋も糞もあるかな。まあでも。俺が和服フェチになった原因は多分それだけど」
「和服好きなんだ?」
「好き。だからお前の浴衣も楽しみにしてるからな」
他意はなかったが、空花は照れくさそうに笑っていた。
初恋は命様です。これ大事。




