退屈ではなく、幸せ
当然の如く二話投稿頑張ります。
枕が変わると眠れなくなる気持ちが、俺には全く分からない。それはきっと、家に安心感を抱いていなかったからだと思う。素人の分析なので正解かは分からないが、枕が変わると~というのは、己の居場所に帰ってきた安心感から生じる感情だと思っている。その枕が居場所―――古巣、或は故郷―――を思い出させるのだろう、恐らくは。
この神社は俺の居場所だ。命様が居てくれる、俺の傍で笑ってくれる、喜んでくれる。夫婦になれればと心から想ってはいるが、極論、傍で彼女を見られるならどうだっていい。真名を知らずとも、俺はこの世界の誰よりも命様の事を愛しているのだ。
信者としても、一人の男としても。
「…………創太ッ! 起きろ、起きねば妾が酷い事をしてやるぞ~?」
「……ん? …………ひどい、こと?」
「むふふ……例えばそうじゃのう。お主の懐に潜り込み、身体を擽って強制的に覚醒させるのじゃッ。お主の弱い所を知らぬ妾ではないし、容赦はせぬ……怖いじゃろう?」
「…………いえ。べつ、に…………」
意識が明瞭であれば、その悪戯っぽい脅しに乗っかっていただろう。何の面白みも無く正直に話す辺り、まだまだ思考はドロドロだ。この状態では嘘も吐けないし面白い冗談も言えないし、命様も弄れない。出来るのはこちらへの問いかけに対して正直な反応を返す事だけだ
「あ、命ちゃん! 私に良い方法があるよー。おにーさんを一発で目覚めさせる方法」
「ほほう……ではお主に銘ずる。創太を直ちに起こして見せよ!」
「はーい」
俺を一発で起こす方法は決まっている。メアリを呼んでくればいい。自分で提案しておいて何だが、その手段を取られると確かに目覚める代わりに、三日間くらいはそいつの事を恨むだろう。裏を返せば、これ以外に俺を起こす方法はない。あったとしても、メアリよりかは確実性に欠けるだろう。
自らの寝起きの悪さを誇らしく思っていると、重苦しい物体がのしかかり、にわかに呼吸が苦しくなる。
「…………んッ! んぐ!?」
呼吸の阻害は命の危機に直結する。微睡んでいた意識は覚醒し、直ぐにでも顔に張り付いた餅の様な物体を掴んで引き剥がす。
「あッ。―――おにーさんってばダイタンだねッ」
発言者が空花という時点で予想出来たかもしれないが、意識が中途半端に眠っていた俺にそこまで予想させるのは酷ではないだろうか。俺が掴んでいたのは空花の胸であり、つまるところ俺の顔を覆い隠して呼吸不全に陥らせていたのも……彼女の胸だ。
「……うわあ!」
事実として彼女の胸を触ってしまった事に恐怖し、俺は即座に隅っこまで後ずさった。
「おおおおおおおお前! 何すんだよ!」
「ほら、起きた!」
「起きるわ! 危うく死にかける所だったんだぞ俺は!」
あれが原因で死ねるならそれはそれで幸せだったかもしれない。結果論だが。
「確かにこの方法なら一発で起こせるな! 凄いよお前! だけどもっとやり方ってもんがあるだろッ」
「でもおにーさんが私の胸ばかり見てるのは周知の事実だしー。これ以上確実な方法って私は思いつかなかったなー」
「そんな訳ないッ。絶対嘘! 命様も何か言ってやって下さいよ、神様からの言葉となれば、空花も納得しますから!」
命様は深く考え込み、それから天を仰ぎ。社の中をゆっくりと一周してから、空花の肩をポンと叩いた。
「大義であった!」
こと俺への弄りに関して命様は全面的に空花の味方だと分かっていた筈だ。何故俺は彼女が味方をしてくれると考えていたのだろう。それとも弄られ過ぎて、遂に弄られる事そのものを期待し始める様になったのだろうか。怖い。
声にもならない声をあげて俺が無音の抗議をしていると、空花がボタンの留まり目に指を掛けて、俺に見せつけるみたいに軽く引っ張った。はちきれんばかりに膨らんだ黒のインナーがチラリと視える。
「それともおにーさんは、もっと直接だった方が良かった?」
「そりゃまあ…………って違う違う! そういう問題じゃないんだよ! お前も命様もこの方法で起こすの禁止だ禁止! もし破ったら―――」
「「破ったら?」」
特に何も思いつかない。思いつく事は思いつくのだが、命様にしても空花にしても罰ゲームになるとは思えなかった。あんまり酷い罰ゲームは俺の良心が堪えられないし、だからと言って温くし過ぎると罰ゲームにならない。難しい塩梅だ。
「……辛いもの食わせる」
二人は一瞬だけ嫌そうな顔をしたが、考え込むうちにそれが果たして罰になり得るのか分からなくなってきた様で、揃って首を傾げた。
「お主、それは抑止する気皆無じゃろう」
「おにーさんセンスないねー」
罰ゲームのセンスなど持ち合わせたまるかと言ってやりたいが、それ以上に何故か呆れられているのに腹が立つ。でも暴力はいけない。俺が暴力を振るうとすればメアリだけだし、それもアイツの所業に対して考えれば軽すぎる。所詮怒りなど一時的な感情。深呼吸をし、命様とあんな事やこんな事をしている様子を妄想すれば―――不思議な高揚感と共に、怒りなど直ぐに収まる。空花も混ぜたって良い。所詮妄想だ。
思考とは知性体に赦された最高の自由。この世界に限ってはメアリの力も通用しない。現に俺は、既に一万回程メアリを打倒している。現実に取り立てて影響を与えないのが玉に瑕か。
「あ、そうだおにーさん! 命ちゃんにあの事伝えようよッ」
「あの事―――ああ、昨日のな。なんだ、まだ伝えてなかったのか」
「おにーさんから言い出した方が命ちゃんも喜ぶと思ったんだよねー。ね、命ちゃん!」
「む? 妾に言を向けられても、話が見えぬ。創太よ、どういう事じゃ」
尋ねられたのならば信者として答える必要がありそうだ。と言っても説明するまでもないかもしれない。俺の知識が正しければお祭りは千年以上前からやっているらしい。幾ら俗世を知らぬ命様と言えども、祭りの事くらいは知っていて然るべきではないだろうか。
「今日の夜、お祭りがあるんですよ。命様は勿論知ってますよね?」
「うむ。ツキバミ祭の事じゃな。知らぬ訳があるまい」
「ツキバミ祭?」
聞いた事のない名前に俺は間髪入れずに聞き返した。空花もそんな名前だったとは知らなかった様だ。『私に聞かないでー』と頭を振って示している。これは決して彼女や俺が無知なのではなく、本当に名前を知らないだけだ。彼女がどう呼んでいるかは知らないが、俺やメアリは毎年行われるこの祭りを月祭りと呼んでいる。お祭りの正式名称―――月魄祭を簡易的にしただけで、そこには何の意味もないし、何ならツキバミ祭に一文字も掠っていないのだが。
それにその言葉に似た名前を、何処かで聞いた事が…………
脳裏に浮かんだ全能少女が、能面の様な無表情で言った。
『もっと ツキハミ を視て』
考察回が多めかも?




