4話 可愛くない後輩
軽快な音楽が流れている。
店内に流れる放送はとある女性アイドルの歌声を響かせていた。
芸能に詳しくない俺でも知っているぐらいなのだから、有名なアイドルということなのだろう。
ただ、その歌声はお世辞にもとても上手いとは言えないものだ。
所々音程が外れていたり、声が裏返りそうだったりと危うい感じがしヒヤヒヤする。
こんな有様でなぜ歌わせてもらえ、CDまで出せるのかと疑問に思うほどだ。
ただ、それでもなぜかその歌声を不思議と嫌には感じない。
アップテンポな曲調もあいまって元気をもらえるような、そんな歌声だ。
ああ……なるほど。
これが彼女の歌の魅力なのだろう。
歌唱力は壊滅的かもしれないが、上手さとは違う良さがある………様な気がする。
彼女の歌が支持されるのもそれ故なのだろう。
先程の彼女に対しての評価は改めなければならないかもしれない。
もっとも、ここ最近はあまり彼女の姿を見ないような気がする。
少し前まではテレビに雑誌にと引っ張りだこで、特別興味を持っていない俺であっても自然と目に入っていたくらいだったのだが、それもぱったりとなくなった。
今流れている曲も少し前のものだ。
記憶には残っていないが何かスキャンダルでもあっただろうか?
それとも単純に人気が下火……ということなのだろうか?
少し考えたが分かるはずもなく、やがて「俺には関係ねーーや」と考えを打ち切った。
メディアへの露出のなくなったアイドルの事情よりも、今は目の前に積み上げられている納品された品物の山の方がよほど重要である。
時間も遅くなり、客足も大分少なくなってきた。
今のうちに早々に片づけてしまった方が良いだろう。
そう思いながら流れる軽快な曲に乗り気分を盛り上げ、仕事に取り掛かろうとしたところで
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
という大きな溜息がそれを阻んだ。
隣を見ると後輩の男性スタッフがしゃがみ込んだ姿勢で棚に手をつき、下を向いて溜息を吐いている。その様は何ともワザとらしい。
テンションを上げたいところに逆にダダ下がりさせようとでもいうようなその姿を初めは無視しようかとも思ったが、なおもわざとらしく溜息を吐きながら時折横目でチラッとこちらを窺うその姿をあまりにも鬱陶しく思ったのと、俺の中にある僅かばかりの良心により声を掛けることにした。
「……何?何かあったの?」
俺が声を掛けると後輩男子はパッと顔を上げこちらに振り向く。その表情はキラキラと輝き「よくぞ訊いてくれました!」とでも言うようだ。
うん……鬱陶しい。
「あ。分かります?分かっちゃいます?」
そしてこちらにズズイっと身体を寄せてくる。
「訊きたいっスか?訊きたいっスよね?どうしよっかなー。どうしてもって言うならはなし……」
「ああ、いいや。興味ないから」
さて、気合い入れて品出ししよう。
まずはカゴを下ろして……
「すみません!調子乗りました。俺が悪かったっス!」
そう言って、話を打ち切ろうとする俺に後輩男子が泣きついてくる。
やはり鬱陶しい。
男子に引っ付かれても何ら嬉しくはない。
そしてシャツを掴むな、引っ張るな!伸びちゃうだろうが。
「悩みがあるのは本当なんスよ……!」
泣きつきシャツをグイグイ引っ張りながら、後輩男子は少し、ほんの少し真剣みを帯びた顔をする。
それでも半分以上はどこかへらへらしたように見えるのはどういうことだろうか。
性分ということもあるのだろうが、悩みの程度がうかがえるようだ。
俺はしばし後輩男子を見下ろしていたが、やがて大きく溜息をついた。
「……聞くだけな」
この諦め、折れた感じが本当に嫌だ。
まったく、我ながら甘いと思う。
ただ、聞いてやらなければいつまでもやかましいだろうことも確かだ。だから実に不本意だが渋々ながら聞いてやることにする。
さっさと済ませて仕事に戻らなければ。やることはまだたくさんあるのだ。
ほんと無駄話だったらどうしてくれようか……。
まったく乗り気でない俺に相反して後輩男子は嬉々として話し出そうとする。
が、そんな彼に対してズイッと品物の入ったカゴを押し付けた。
「手は動かせ」
勤務中なのだから当然である。
本来なら私語も禁止であるが。
せめて給料分ぐらいは働いてもらう。
後輩男子は「ウスッ」と言ってカゴを受け取った。
「俺の彼女四月から社会人なんスよ。専門学校卒業して就職っス」
彼は棚に商品を並べながら話し始めた。
「ふーん……喜ばしいことじゃない」
ちゃんと就職して働くのだ、少なくともフリーターの俺よりは大分立派なものだ。
「はい、そうっスね……。就職自体は良いことなんスよ。それは俺も祝福しているし応援したいっス。ただ…………」
「ただ?」
「俺の彼女美人だから、職場でモテまくっちゃったらどうしようかと思っちゃって」
「…………………………あ?」
思わず素の声が出てしまった。
え……?悩みってそんなこと?
俺の反応からシラケたのが伝わったのだろう。彼は「いやいや!」と手を振りながら再び身を乗り出してくる。
顔を近づけるな。
手を止めるな。
「今そんなことかって思ったでしょ?コレなかなかバカに出来ないんスよ!?」
「真面目な話なんス!」と言って鼻息を荒くする彼を片手で押し返しながら俺は溜息を吐く。どうでもいい話だがやはり最後まで聞かなければ治まらないらしい。
今更ながら話を聞いてやったことを後悔した。
「何……実際彼女モテるの?」
「モテるっス!美人なんで!」
そういうなり後輩男子はポケットからスマホと取り出し操作すると「これが彼女っス」と言って画面を突き出してきた。
ていうか何スマホ持ち歩いてんだよ、ロッカーに仕舞っておけ!
目の前に突き出されたスマホの画面にはこちらに向かってピースをする女性が写っている。どこかの飲食店のようで、片手にはフォークが握られパスタか何かが巻き付いている。色が黒いところを見るとイカスミか?歯が真っ黒だ。
女性の容姿は……まぁ…………可もなく不可もなく、といったものだろうか。
美人
美人かー……
「えっと……何……彼女モテるの?」
「モテるっス!美人なんで……て、さっきも言ったじゃないっスか」
「あ……うん……そうね、そうだった……」
まぁ……人の好みは人それぞれだ。
彼の目には美人に写っているのだろう。
それに外見だけで判断するものでもないだろう。内面がものすごく良い子でそれに惹きつけられるのかもしれない。
きっとそうだ。
そういうことにしておこう。
そうして俺は自己完結し、頭に浮かんだ失言の数々を飲み込んだ。
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