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1話 高級料理デリバリーピザ





ねぇ……













私のこと……好き?












※ ※ ※



目の前に人が立っている。



言葉はなく、こちらを見つめてきている


見下ろす台にはカゴが置かれており、中には缶コーヒー数本といくつかの弁当が入っている。


それを見た瞬間、何を考えるでもなく、長い間繰り返され身体に叩き込まれた感覚、その癖そのままに



「いらっしゃいませ!」



俺はそのありふれた接客用語を何の感情もこもっていない笑顔で発した。





「ありがとうございましたー」



ピロリロリロとチャイムを鳴らし、客が店を出て行く。


俺はしっかりと相手に届くように声を出しそれを見送った。


レジのドロアを閉め一息つく。


まさか立ったまま眠ってしまうとは……。



昔学生の頃通学の電車の中で何度か同じことがあったが、ここでは初めてのことだ。


疲れが溜まっているのか、それか単純に睡眠が足りなかったか、いずれにせよこれはよくない。



クレームにでもなったら大変だ。


何よりも健康に悪い。


ただ、目覚めた瞬間戸惑うこともなく自然に即接客出来たことには我ながら少し感心する。


別に褒められたことではないのだが。



何か夢を見ていたような気もするが思い出せない。


頭の中に何かの残り香があるのだが、その実態はなく、どこかへと消え去ってしまっている。


少しだけ思い出そうとし、すぐに諦めた。


消えてしまったのでは仕方がない。


それにこういう時たいていは思い出せない。追うだけ無駄というものだ。



店内を見回すが人の姿は見当たらない。


時計を見ると午前三時。深夜だ。


コンビニの夜勤は正直暇だ。


来客がないとは言わないし、やることがないわけでは決してないが、日中のそれに比べればやはりずっと少ない。


店内にスタッフ以外誰もいないなんてこともざらだ。


人の多い都心などはどうだか分からないが、ここのような地方のコンビニではそんなものだ。



人気のない店内を人気のあるバンドグループの曲が流れている。


それを聞き流しながら俺は大きく欠伸をする。


商品の陳列が終わってしまえばあとしばらくは掃除くらいしかやることがないのだ。



暇だ。



退勤まで後三時間ほど。


バックルームに引っ込んでいても問題ないところだが、給料が発生していることもあり、どうにも後ろめ

たい。


最低限給料分は働きたいところだ。


少し考えた後、俺は大きく伸びをするとレジを出て商品棚へと向かった。


お客様の購買意欲促進のため商品整理でもするとしよう。


手を動かしていれば多少暇潰しにもなるだろうし、少なくともレジ内にぼさっと立っているよりはずっと有意義なはずだ。



棚の前にしゃがみ商品に手をかける前、チラッと伺った窓の外にはまだ朝陽の気配は感じられなかった。








「お先に失礼します」



そう一声かけると俺はバックルームを出た。


あの後、商品整理や店内清掃、朝刊出し等を行っているうちに気づけば夜が明けており、やがて退勤時間

となった。


交代する朝勤さんに軽く引継ぎをし、タイムカードを押す。


手早く着替えを済ますと、リュックを背負い売り場の飲料ケースへと向かった。


缶ビールと缶チューハイをいくつか取ってレジへと持って行くと、二人いる朝勤さんの片方である女子高生スタッフが「いらっしゃいませー」と冗談めかしたように言ってくる。


学生の彼女がこの時間帯シフトに入っていることから、今更ながらに今日が土曜日であることを思い出した。


ここのところどうも曜日の感覚が狂っている。



「先輩、この後帰ったらどうするんですかー?」


「んーー……?」



商品をスキャンしながらそう尋ねてくる彼女に、財布をあさりながら応える。



「酒飲んで寝る」


「ええーー!それだけですかーーー」



俺の答えに満足いかなかったようで彼女はうぇぇーと顔を歪める。



「何だよ、その反応」



別に良いだろ?飲酒に睡眠。


どちらも身体が、脳が欲することであり、その欲求を満たすことはこの世の幸せの一端を味わうことである。


控えめに言って最高だ。


まぁ、飲酒に関しては高校生が同意してはいけないだろうが……。



「遊びに行ったりしないんですかー?」


「俺今まで一晩働いてたんだよ?睡眠取らなきゃ倒れるよ?」



夜中ぐっすり寝られる学生とは違う。こっちは昼夜逆転の生活をしているのだ。


日中は大人しく眠るに限る。というよりそうしないと本当にもたない。冗談ではなく倒れかねない。


今よりもう少し若い頃。夜勤バイトあけにもかかわらずコーヒーとエナジードリンク片手に遊びまわっていたこともあるが、今やその元気はもうない。



本当に馬鹿だったと反省している。



とは言えほんの数年前のことではあるが。



「帰って、酒飲んで、寝る。それに限る」


「えーー……でもー……」



それでも彼女は未だ不満そうだ。なぜ……?



「先輩、彼女さんとデートとかしないんですかー?」


「いや……彼女とかいないけど」



そう言った俺に対して彼女は「あれ?」といったふうに首を傾げる。



「え……けど確か同じ学校だった人と付き合っているんじゃ……?」



彼女の言葉によって心臓がドクンと脈打つ。そして自分の脳裏に一人の女性の姿が浮かび上がる。



その顔を見ようとし、けれどそこで俺は軽く首を振りその像を霧散させた。


もう済んだことだと心の中で自分自身に言い聞かせる。


大体何でそのことをこの娘が知っているのだろうか?話したことは一度もないはずなのだが。そう疑問に思ったが、前に一度そんな話を別の人間に話したことがあったような気がした。そこから伝わったのかもしれない。


それでも大分前のことなのだが。


何も言わない俺の様子に何事か察したのだろう。彼女は「あーー……」と気まずそうに顔を歪めている。



「えーーと……そのーー……」



言葉を掛けようにも何と言っていいのかわからないようで、落ち着きなく視線を彷徨わせる彼女に俺は

「気にするな」と声を掛けた。



「もう済んだことだよ」



そう声にしながら同時に心の中でも改めて「もう済んだことだ」と呟く。そうして自分に言い聞かせる。



「なんかごめんなさい……」


「だから気にするなって。この話はこれでおしまい!はい、千円でお願いね」



そう言ってなおも引っ張ろうとする彼女に会計を促し話題を逸らす。


こちらが済んだと言ったのだからこれ以上は触れないでほしい。謝られたところでどうしようもない。


それに今これ以上この話題を詮索されることは避けたい。これでも結構疲れているのだ。


早く帰りたい。



「今日はタバコはいいんですかー?」



商品を袋に入れながら何気なく彼女が訊いてきたことで、煙草が切れかけていたことに気づいた。



「あ、もらうもらう。番号は……」


「これですよねー」


「え……ああ、うん、そう」



俺が言うより先に彼女は煙草を取ると追加でスキャンした。



「よくわかったな」


「はい。いつもこれ吸ってますよね?あと、お酒も夜食べているお弁当もいつも同じものですよね?」



彼女の言う通りだった。


どうも俺は気に入ったものがあるとずっと同じものを選ぶ傾向にあるようだ。


それは煙草や飲食物に限らず、衣服や音楽、通勤する道に至るまであらゆることにわたる。


新しいものにはたとえ興味があったとしてもあまり手は出さない。


冒険しようとは思わない。



「なんか一方的に自分のことを知られているのも落ち着かないものだな」



俺がそう言って顔を歪めていると彼女はレジを操作する手を止めて笑顔で言う。



「じゃあ私のことも教えてあげますねー」


「いや、いいよ……それよりお会計……」


「私はピザとカニが好きですー」



聞いちゃいない……。



「うわぁ……贅沢なやつ」



ますますげんなりした顔でそう返すと彼女は納得いかないように首を傾げる。



「えーーカニはともかく、ピザって贅沢ですかー?電話一本ですぐに届けてくれますよー」



コイツ……。



「……お前、実家暮らしだよな?」


「?……そうですけど?」


「そのピザの代金、いつも誰が出してくれている?」


「ママですー」


「自分で金出さないからそんなことが言えるんだよ」



時折家のポストにデリバリーピザの広告が入っているが、その金額を見て驚いたものだ。

一番大きいサイズともなるともうある種の高級料理である。

一人暮らしの貧乏人にはとても手が出せない。


電話一本でそんな高級料理が運ばれてきてしまうのだ。


むしろ恐ろしくて仕方がない。


俺にとってのピザはパン屋にあるワンピースずつのものかスーパーなどに売っている冷凍のものだ。



「お前今度自分で金出してみろよ」



「えーー!嫌ですよぉー。欲しいもの買えなくなるじゃないですかー」



「……」



引っ叩いてあげたい。



「と、いう訳で、ピザかカニ奢ってくださいよー」


「何がと、いう訳なんだよ……。それこそ嫌だよ。高いのに。大体何でお前にそんな高級料理奢らなきゃならないんだよ」


「私四月から三年生なんですよ。だから進級祝いってことでどうですかー?」


「知らんよ。そんなの親にでもやってもらいなさいよ」


「親は祝ってくれないんですよー」


「じゃあ、友達とかとやんなさいよ。いるんだろ?そういうこと一緒にする友達」


「そりゃあ、いますけどー」



そう言うものの彼女は不服そうだ。


そんな顔をされても困る。仮に祝ってやりたいと思ったところで、俺に経済的余裕はないのだ。



「ほんと勘弁して。今月もギリギリの生活なんだよ」


「お酒とタバコ買ってるじゃないですかー」


「俺にもそれくらいの楽しみは必要なんだよ」



酒と煙草は我が人生においての数少ない楽しみだ。


だからこれに関しては限度はあれど金を使うようにしている。そしてそれくらいのことにしか進んで金は使わない。

物欲はないしこれといって趣味もない。

むしろ財布のひもは固く締められていると言っていいだろう。


それでも生活はギリギリだ。


支払わなくてはいけないものというのは意外と多い。


一人暮らしを始めて実感したことの一つだ。


家賃、生活費に加え、年金や各種税金、奨学金の返済、その他諸々を考えると手元にはわずかな金しか残らない。

自由に使える金などほとんどないのだ。そこに急な医療費でも上乗せされようものなら困窮を極める。


そのため体調管理には特別気を付けなければならない。


酒、煙草くらいで他に物欲がないが故に辛うじて生活出来ている。


後輩女子に御馳走をふるまうような余裕などないのだ。



「深夜帯ってお給料良いんですよね?それでも大変なんですか?」


「一人暮らししてみればわかるよ……」



彼女はふーーんと興味なさそうにしている。かと思ったら突然「あ!」と何かをひらめいたように声を上げた。



「じゃあ店長になったらいいんじゃないですかー?」


「……は?」



彼女は名案とでも言うように顔をほころばせた。対する俺は当然苦い顔だ。



「何を言い出すか……」


「店長になったらお給料upですよ!それで私にカニを奢ってください」



分かってはいたが結局自分のことしか考えてないじゃねえか。



「今の店長の手前そういうこと言うんじゃないよ」


「革命を起こしましょう!」


「アホ」



俺は話を打ち切ると商品の入った袋を掴み「じゃあな、お疲れー」と言って出入り口へと向かう。


「ちょっとー!」と不満そうに声を上げる彼女に振り返る。



「お釣りあげるよ。進級祝い」


「え!マジですか!」



彼女が喜んでレジを操作する隙に外へと出た。



扉が閉まる直前に「ジュース一本しか買えないじゃないですかー!」という彼女のやかましい声が聞こえた。







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