12話 光の道標 2
この学校の図書室は校舎の最上階、グラウンドを丸々見下ろせる位置にある。
そのため学校の敷地内は勿論、その外の街並み、連なる山々、それを跨ぐように建ち並ぶ鉄塔、そしてそれらを見守り大きく包み込むような空と、広く遠く景色を見渡すことが出来る。
グラウンドではサッカー部や野球部といった運動部が練習の準備を始めている。じきに騒がしくなるだろう。
そんな様を眺めていた目を前へと戻すと、机の向いに座っている彼女と目が合った。
彼女は両手で頬杖を突き、俺のことをジッと見つめてくる。
「え……何?どうしたの?」
変にドギマギしてしまいそう訊ねると彼女は「んーーん。何でもないよ」と言って微笑んだ。
何でもないという割には妙に楽しそうで、どうにも気になる。微笑みもどこか意味深に感じてしまう。俺の考え過ぎだろうか?
「部活、やっぱり気になる?」
彼女もグラウンドの様子を見下ろしながら訊いてきた。
「うーん……そうだね。気にならないって言ったら嘘になるかな」
「これが最後の大会だもんね」
そう、最後。
今度の大会を最後に俺の高校でのバスケは終わりを迎える。
中学から始めて六年間、自らの逃避に利用してきたところもあるが、俺なりに真摯に取り組んできたことも確かだ。
部の皆で、時には一人きりで、最近は二人で、ゴールを見据えて数えきれないほどのシュートを放ってきた。
それがついに終わりを迎えるのだ。
それなりに感慨深いものがある。
「どうしても落ち着かなくてさ……。今日もこんなところでこんなことしていていいのかなって、思うんだよね。本当なら今すぐにでも体育館に行って軽く身体を動かすぐらいのことはしたいぐらいなんだよ」
「あはは。やっぱりそうなんだね。けど駄目だよー?休むのも練習なんだから」
「うん……分かってるんだけどね」
それでも落ち着かないのだから仕方がない。彼女の言うことは正しく、かつ受験のことを考えたらこれで正しいのは言うまでもないのだが、それでも割り切れないものもある。
これまでロクな結果の残せていないバスケだ。他の運動部が多かれ少なかれ結果を残している中、我が部の実績と言ったらひどいもんだ。ほとんど勝てないのだから。
今度の大会も。
「勝てるかな……?」
彼女がポツリと彼女にしては小さな声で呟いた。
俺のことを見つめてくる彼女の眼差しには多分の期待の中にほんの少しの不安を滲ませている。
いつも元気な彼女。
そんな彼女ですらほんの少しでもその顔に陰りがさす。皆不安なのだ。俺と同じように。
だから俺は彼女の目を見返しながらそれに答える。
「まぁ十中八九負けるだろうね」
その現実な一言を。
「もうっ!最後くらい勝つって言えないのかな!?」
俺の言葉に彼女がプリプリと憤慨し、両手で机をバンバン叩く。
図書室なんだから静かにしてほしい。ほら、現に図書委員がこちらを睨んでいる。
俺はそちらに謝罪の意味を込めて頭を下げると彼女をなだめた。
「実際そうなんだから仕方ないだろ。相手が悪いよ」
相手はすでに分かっている。格上だ。
そんなのを相手に堂々と勝利宣言できるようなら、そもそも自分の進路選択でこんなにもウジウジ悩んだりはしない。
俺たちはドへたくその弱小バスケ部だ。それが現実。十分に理解している。
「けどさぁっ!」
「まぁ、それでも……」
それでも諦めず、投げ出さずここまでやってきた。みっともなく思い、思われてきたところもあるが、それでも続けてきた。
だから、せめて最後は有終の美を飾りたい。
そういう思いは、ある。
俺にはハッキリとしいていないこと不確定なことは言えない。無責任に耳に優しいことを大口叩いて語ることなんてできない。
だから
「精一杯やるよ。勝てるようにね」
だから俺に言えるのはこれくらいだ。
精一杯やる。
これまでしてきたことだ。そしてそれは最後まで変わらない。
甘いと言われても、みっともなく思われたとしても、俺はこれまでの自分たちを否定するつもりはない。だから何も変わらない。
最後まで必死に、真摯に、精一杯やる。
そんな俺に対し、不満そうに頬を膨らませていた彼女ではあるが、やがてふっと緊張を解くと
「…………ふふ」
小さく笑みをこぼした。
「ま、前向きなだけ良しとしてあげよう」
「それはどうも」
どうやら俺の言葉は彼女のお気に召したらしい。
なおも俺のことをニコニコと笑顔で見つめてくる彼女に照れくささを感じて、俺はそれから逃げるように顔を彼女から窓の外へと逸らすと、直後、直射日光が俺の目を眩ませた。
まるで「照れるな、照れるな」と揶揄われているように感じる。
照らしておいて何を言うか!
そんな俺の視線を追いかけるように彼女も窓の外へと視線を向けた。
春の昼下がり、晴れた空は穏やかな色をたたえている。
「この大会が終わったら引退、そしたら本格的に受験だねー」
指でペンをくるくる回しながら彼女は窓の外を見上げている。
夕暮れに染まるにはまだ早く、水色の空がひろがる中、溶け残った氷のように白い雲が浮かんでいる。机に落ちる窓枠の影は薄く、日射しは優しくやわらかだ。
彼女の声色はそんな景色に似ていた。
けれどそれと同時に寂しさのようなものを感じた。哀愁が漂っているだとかそういうことではないのだが、どこか希薄で、まるで消えてしまいそうで、何となく普段の彼女の印象とは異なる。普段と違うこと見慣れないものというのは気になる。
そんな彼女の横顔を見ていると心がざわつき落ち着かず、何でもいいから何か話題を振れないものかと考えていると、彼女は一転してコロッと表情を変えた。
「で・も・・・まだ体育祭もあるしー、夏休みもあるしー、文化祭もあるよね!まだまだお楽しみ一杯だ」
そう言ってクフフと笑みをもらす。
さっきの彼女はどこへ行ったのだろうか?本当に切り替えが早い。おかげで俺は反応に困る。その表情の変化には付いていけない。
「いずれにせよ夏休みは勉強でしょ?」
「水差さないの!」
それでもいつもの彼女であることに安心する。
聞き慣れた声、微かに香るお馴染みの香水の香り、見慣れた笑顔、そのいつも通りが俺に安心を、平穏な日常をくれる。
それが俺の望むもの。
それを大事に大事に愛でながら、俺はずっと生きていきたいのだ。
そうやってずっと一緒にいられたら、そう思うのだ。
言葉には出来ないだろうが。
それからはしばらく二人で勉強に集中した。
お互い話すこともなく無言で教科書と参考書を眺め、ノートにペンを走らせる。
静かなものだった。
図書室という場所なこともあり、人はいるが言葉はない。本のページを捲る音、上履きが床を踏む音、窓の外から響いてくる運動部の掛け声、僅かばかりの音に限られたその空間は静かなものだった。
俺たち二人の間にあるものも参考書を捲る音と、ペンを走らせる音、互いの息遣いだけだ。
けどそれで十分だった。
お互い顔を合わせなくても、会話がなくても、『相手がそこにいる』それだけで十分だった。
目には見えないものだが、確かにそこに存在するものがある。それを感じる。
開いた窓から吹き込む温かい風に頬を撫でられ、やわらかな光に照らされるこの場所はとても心地よい。
静かで穏やかな時間が流れていた。
顔を上げて前に座る彼女を見る。
ノートにペンを走らせる彼女。前髪でその表情は見えないが、心なしか機嫌は良いように見える。いつも大抵機嫌が良いが、今日は特別良いように感じる。
その時窓から一際強い風が吹き込んだ。
風はカーテンを大きくはためかせ、参考書のページをパラララ……と捲る。そして彼女の髪をふわりとなびかせた。
そのなびく髪を片手で抑えた彼女が不意に目をこちらに向けたため、お互いの視線がぶつかり合った。
俺は慌てて視線を逸らす。
こちらの視線に気づいたのか、見つめていたのがバレたかもしれない。
そう思うと恥ずかしくて彼女の顔が見れず、俺は必死に参考書を読むフリをする。当然内容なんてまったく頭に入ってこない。
「ふふ……」
視界の外の彼女が笑ったような気がした。
俺はますます顔を上げられず、そのまま参考書の同じページを何往復もなぞった。
ご覧いただきありがとうございました。
何かを感じていただけたら幸いです。
次回の更新は10/14(土)の予定です。
またお会いできることを願っております。




