10話 やかましいけれど、可愛い後輩 2
「お前さ……四月から三年生だっけ?」
「そうですよー…………あ!お祝いしてくれるんですか?」
「いや、しないけど」
「私ピザがいいです!」
「いや、だからしないって」
「シーフードのがおすすめですよ」
「話聞けよ……」
俺たちの会話は基本噛み合っていない。
主な理由はこの後輩女子が俺の話を聞かないということだ。
まったく聞いていないというわけではなく、自分にとって都合の良いことは聞き、都合の悪いことは聞かないということだ。
何コイツ。引っ叩いてやりたい。
ただ、噛み合ってはいないが会話自体は成立する。
お互い勝手を知っていると言うか、相手がどういった人間であるかということがある程度分かっているからかもしれない。
そのため今相手が言っていることが冗談なのか真面目なことなのかそれが理解できる。
冗談には冗談で返し、真面目な話では決して冗談めかすようなことはしない。そこら辺の分別がしっかりとつけられている。
それ故に噛み合わない会話であっても噛み合わない会話なりに成立する。そういうものとして許すことが出来る。
まぁ、イラっとはするけれど。
ある程度の信頼関係が築けているということであり、恐らくそれは良いことなのだろうと思う。
イラっとはするけれど。
「お祝いの話じゃあなくてさ、お前高校卒業したらどうするの?」
「えーー……学校の話ですかーー?先輩つまんなーい」
「うるさいよ。そんな高校生女子の好みそうな会話なんて知るかよ」
今流行りのものなんて知らないしそんなものについて話したくもない。
「例えばーー…………恋バナとか?」
「それこそお前と話してどうするんだよ……」
恋愛相談にでも乗ればいいのだろうか?一日で二人は流石の俺もお断りだ。
一人だけでも心底ウンザリしたというのに。
自分の恋愛観の話?
もっとお断りですね。
「他の話題にしてくれ」
「えー?先輩の好みのタイプとか訊きたかったのにー?」
「絶対、話さない」
「あれ~?なんでそんなにムキになるんですかー?……もしかして先輩の好みってー……私とか~?」
「……帰るぞ」
「いやあああ!ごめんなさい!調子乗りました!やめるから帰らないで下さいよー!」
立ち上がり帰ろうとする俺の腕を慌てて掴みそのまま再び椅子に腰かけさせてくる。
あまり簡単に身体に触って欲しくない。彼女に対して特別な感情を抱くようなことはないが、それでも女子に触れられるのはどうも落ち着かない。こればかりはどうしても慣れないのだ。
俺が内心の落ち着きのなさを隠しながら大人しく背もたれに身体を預けると、彼女自身も椅子に座り直しンンっと咳払いをすると話し始めた。
「私は大学進学したいと思っていますよ」
「まぁ……そうだよな」
こう見えて学業に関しては彼女は成績優秀らしい。
彼女はここの近所の高校に通っている。ここら辺では進学校のひとつとして名が通っており生徒のほとんどが進学を希望するそうだ。
彼女もその例にもれずということで、何の不思議もなく自然なことに思えた。
普段の言動に目をつぶれば……。
「なんで大学進学したいの?」
だからそのうえで口から出たその質問はただの興味本位だ。
「え?」
「大学進学を選んだ理由だよ。なりたいものがあってその勉強をしたいとか、将来就職を有利にするためとか」
少しでも長く学生という身分に留まり、社会に出るのを遅らせたいとか。
まぁ理由は人それぞれあるだろう。
この後輩女子はどんな理由で大学進学を選択したのか、それが少し気になった。
「私将来やりたいことがあるんですよ」
そんな俺の質問に後輩女子は迷いなく答え始めた。
「それはすごく専門的な知識が必要で、資格も必要なものだからなるためにはどうしても大学に行って勉強しないといけないんです」
そう語る彼女にいつものふざけた様子は一切見られず、その目は真剣な色を帯びている。普段が普段だけに随分と珍しいものを見ているような気がする。
「別に超名門大学とかでなくてもいいから希望する学部に入りたいんです」
「へぇ……」
思っていたより随分とまっとうな理由だ。
言っていることは特別なことではなく、本来そうあるべきということなのではあるが、現状皆が皆そういう志のもとに大学進学しているかと言えば決してそうではない。
少なくとも俺は違った。
やりたいことなんて明確に見えてなんていなかった。そしてそれは未だに変わらない。
その点彼女はこの年ですでに将来やりたいことを見つけそれに向かって動き出そうとしているのだからたいしたものだ。
何も考えず俺にたかっているだけでは決してないということだ。
そんな彼女を羨ましく思う。同時に劣等感も。
年も学歴も先を歩いているはずの俺がものすごく後れを取っているように感じる。
ただただ漫然と道を歩いただけの俺と目標に向かってしっかりと道を踏みしめて歩いて行こうとする彼女。
俺の前、遥か先に彼女の背中が見えているような気がしてならない。
後輩男子といい、俺の周りの年下は皆俺のずっと先を行っている。
俺だけが一歩も前へと進めていない。
「けど多分無理ですねー」
……………え?
俺がそんなことを内心でウジウジ考えていると彼女が突然そんな事を言い出した。
つい今まで将来やりたいことに向かって進んで行きたいという話をしていたのではなかったのか?なのに何で諦めるようなことを言っているのだろう。
せっかくやりたいことがあるというのに。
俺にはないものを持っているというのに。
「は……無理?なんで?」
だからだろうか。意図していたわけではなかったが、自分の口から出た言葉には少し怒気が含まれているように感じた。
自分には出来なかったことが出来る彼女のその諦めるかのような言動に腹が立ったからかもしれない。
そんな俺に対して彼女は苦笑いをした。それから俯き、黙って何かを考える素振りを見せたが、小さく「まぁ、先輩ならいいか……」と呟くと、顔を上げまたも苦笑いした。
「ウチ、お金ないんですよ」
彼女の口から出たその理由はありふれたもので
「私の両親離婚してるんです」
けれどかなり大きな問題を含んだものだった。
「え……」
「一年くらい前ですね」
彼女のそんな話を聞いたのはこれが初めてだ。普段家の、家族のことなんて話題にしないため当然ではあるのだが。
「私はママに引き取られて、今は二人で暮らしてるんですけど、ママの稼ぎだけじゃ十分とは言えなくて生活はキツキツで余裕ないんですよ」
彼女に限らずこの手の話を聞くこと自体これまでの俺の人生においてはなかった。そのためこんな時になんて言って返せばいいのか俺にはわからない。
「けど、そうだ!ピザ!ピザとって食べるくらいのことは出来るんだろ?」
つい昨日そんな話をしたことを思い出しながら訊ねる。
「まぁ……それはそうですけどー。それも頻繁にってわけじゃないですし―。大学の学費ってなると話が違いますよ」
それはそうなのだが。彼女の印象とあまりにもズレのある内容に動揺してしまって自分でも何を言っているのかわかっていない。
「奨学金とかだってあるんだぞ?実際俺も大学では貰っていたし」
「知ってますよ。けど……それだって限度があるじゃないですか」
「それは、そうかもしれないけどさ……」
「使えるお金があるのなら、私は自分たちのウチのことに使いたいです」
そう言って彼女はもう一度苦笑した。
けど、と言いかけて俺はその言葉を飲み込む。
彼女の家庭の事情だ。
何にも知らない俺が勝手なことを言っていいものではない。
それでも何か言おうと言葉を探すのだが、思い浮かぶのは体のいい、当たり障りのない、無責任な言葉ばかり。そんな言葉いくらかけられたところで彼女のためにはならないだろう。問題の解決にはならない。
何とかしてやりたいとは思う。
けれど、では具体的に俺に何ができるというのだろうか?
俺に出来ることなんてあるのだろうか?
自分のことすらままならないのに?
「先輩!」
自身の無力さに嫌気がさしていたところに彼女が一転して大きな声で俺を呼んだ。
ハッとして顔を上げると彼女が申し訳なさそうに顔を歪めてこちらを見ていた。
「ごめんなさい。こんな話、するつもりなかったんですけど……。なんか変な空気になっちゃいましたね」
バックルームの中は何とも言えない重苦しい空気に包まれている。この居心地の悪い空気を換えたくて、そして何よりも彼女のために何か言ってやりたいのだがやはり何の言葉も思い浮かばない。それどころか彼女にこんな顔をさせてしまっている。
「気にしないで下さいね。私のウチのことですから」
おまけに気まで使わせてしまう始末だ。
本当に何やってるんだ俺は……。
ここは俺の方が気を配るところだろう?
「本当に、気にしないで下さいよー」
「そうは言ってもな……」
こんな話を聞いて気にするなというのは無理な話だ。
「お金がなくて進学諦めるなんてそんなに珍しいことでもないですよ。私なんかよりももっと大変な人だってきっといます。高校行けてるだけ私はマシかもしれませんねー」
彼女の言うように実際もっと深刻な問題のある家庭はあるのだと思う。彼女以上に諦めと我慢を強いられている者もきっといるだろう。
けれどだからと言って彼女は我慢しなければいけないのか?
「自分より大変な人たちがいるのだから」と当たり前に諦め、我慢しなければいけないのだろうか?
辛いことに変わりはないのに。
「あ!レジ混んできてる!」
彼女が上げた声につられモニターを見るとレジの前に結構な人数の列が出来ていた。
「じゃあ私仕事に戻りますねー。お話付き合ってくれてありがとうございましたー」
先程とは一転して明るいいつもの彼女の調子で言うと、後輩女子は椅子から立ち上がり店へと飛び出していく。
外に出る直前こちらに振り返り
「それではお疲れ様でーす。またお話しましょー」
そう言って手を振ると、店へと出て行った。
誰もいなくなった部屋の中で俺は彼女の出て行った扉を眺めながらパイプ椅子の背もたれにもたれかかった。
椅子がきしみギシっという音をたてる。
部屋の外、店の方からは接客する彼女の明朗で大きな声が聞こえてくる。
悩みなんてなさそうな元気な声。
人によって進学する理由は様々だ。
なりたいものがあってその勉強をしたいとか、将来就職を有利にするためとか、少しでも長く学生という身分に留まり、社会に出るのを遅らせたいとか、様々だ。
進学に限らず、自分の将来を見据え真面目に努力する者がいる一方、せっかく有意義に過ごせる時間を手にしたにもかかわらず、その時間をただただ無為にし、遊び惚ける者もいる。
そして自分の将来を見据え、高い志とモチベーションを持ちながらも何らかのどうしようもない理由で諦めなければならない者もいる。
不公平だ。
そう思う。
報われるべき者が報われず、愚か者が甘い蜜を吸う世界。
そんな世界に生きている俺は果たしてどちら側の人間だろうか?
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次回の更新は10/7(土)の予定です。
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